『新・哲学入門』は頭が疲れる本2023年03月30日

『新・哲学入門』(竹田青嗣/講談社現代新書/2022.9)
 年初に読みかけて挫折し、何度も中断していた次の新書をやっと読了した。

 『新・哲学入門』(竹田青嗣/講談社現代新書/2022.9)

 本書を中断している間に、同じ著者による少し読みやすそうな『哲学は資本主義を変えられるか』『哲学とは何か』を読んだ。そのおかげで著者の思考法や用語に多少は慣れたので、何とか本書を読了できた。

 本書は哲学の解説書ではなく、著者による「竹田哲学」の概説書である。哲学史のビッグネーム(プラトン、カント、ニーチェ、ヘーゲル、フッサール、ハイデガーなど)の引用・検討がふんだんに盛り込まれていて、哲学の勉強をした気分にもなる。

 前著『哲学とは何か』は世界の現状に警鐘を鳴らすメッセージ性が強く、それなりに読みやすかった。本書はより思弁性が高く、読み進めると頭が疲れてくる。

 「第1章 哲学の本質」「第2章 本体論的転回と認識論の解明」は先に読んだ二著と重なる部分も多く、比較的理解しやすい。第1章冒頭の「マニュフェスト」はテキパキした簡潔な文章である。当初は独断的呪文にも感じられたが、本書全体を見渡した上でくり返し読むと、竹田氏の構想や主張がわかってくる。概ね納得できる考え方だ。

 竹田氏は「普遍認識などはない」というポストモダン的な考えを、ニーチェやフッサールを援用して論理的に否定し、「普遍洞察」という方法による世界説明による「普遍認識」を追究している。竹田氏の相対主義批判、懐疑主義批判は魅力的である。

 歴史書を読んでいて何が「史実」かを考えることがある。誰も「本当の史実」を知ることはできないのだから、歴史は解釈とも言える。歴史とは歴史家たちが紡ぐ個別の多様な物語であり、小説と変わらない、という考えもあるらしい。だが、それは、やはりヘンだと思う。本書を読んで、その「ヘンだと思う」の根拠を得た気がした。

 「第3章 欲望論哲学の開始」以降は「竹田哲学」の「欲望論」になる(竹田氏の「新しい哲学」とは「欲望論哲学」のようだ)。「幻想的身体」「無意識」「芸術の発生」などを論じた個別の話題は興味深く読めた。だが、それが「欲望論」全体とどうつながっているか、いまひとつ把握できない。隔靴搔痒の感がある。

 人文領域では自然科学における普遍認識の方法を採ることができず、新たな方法概念として欲望論哲学が必要だそうだ。キー概念は「欲望相関性」のようだが、これが私には少々難解である。竹田氏の文章を引用する。

 「このニーチェの力相関性の構図による認識論的 - 存在論的転回を、私は「欲望相関性」の概念へと転移し、「価値の哲学」の権利的始発点として設定しよう。その根本テーゼは、「世界は欲望の相関者としてのみ分節される」となる。/欲望相関性の概念は、「内的体験」、「エロス的力動」、「世界分節」の三契機によって構成される。」

 存在論の土台に「価値の哲学」があり、その始発点に欲望相関性があるらしい。くり返し読み込めば、少しは理解が深まるだろうか。

 竹田氏は文芸評論から哲学に転進した人だそうだ。本書終盤の「第11章 芸術美」「第12章 芸術の本質学」「終章 芸術の普遍性について」は文芸評論として読んでも面白い。

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