著者のツッコミが面白い『マニ教』 ― 2023年01月30日
ひょんなきっかっけから、次の本を古書で入手して読んだ。
『マニ教』(青木健/講談社選書メチエ/2010.11)
なぜ、マニ教の本を読んだのか。ギボンのせいである。実は、少し以前から数人で『ローマ帝国衰亡史』の輪読をしている。ちくま学芸文庫版全10巻の8巻目に入っているが、のんびりした蝸牛の歩みなので先は見えない。で、これから差し掛かる第54章が異様なのである。その章題は以下の通りだ。
「第54章 パウロ派の起源と教義――歴代ギリシア皇帝の彼らへの迫害――アルメニアその他の地域での彼らの反乱――トラキアへの彼らの移住――西方世界での普及――宗教改革の種子、性格と結果」
ここで言う「パウロ派」とは、7世紀にアルメニア地方で起こったキリスト教異端の一派を指す。一般の概説書には出てこないマイナーな存在で、もちろん私も知らなかった。ウィキペディアには載っているが、日本語の一般向け資料はなさそうだ。ギボンは、このマイナーな異端に1章を費やし、7世紀に起こった異端が16世紀の宗教改革の種になったと述べているようなのである。本当だろうかと耳を疑う。
パウロ派に関する資料を探していて、マニ教関連の本にパウロ派への言及があるとわかった。2年前に読んだブックレット『マニ教とゾロアスター教』は欄外の「注」でパウロ派を4行で解説している。で、本書を入手、パラパラとめくると「アナトリアのパウロ派」という小見出しがあり、本文14行で解説している。そこには、9世紀に崩壊したとある。その先の宗教改革には触れていない。
とりあえず、パウロ派に関する多少の情報を得たので満足したが、14行だけの拾い読みでは何か見落としがあるかと思い、本書全文を読むことにした。
思った以上に面白い本で、マニ教研究の現状を把握できた。著者は本文では原音に近い「マーニー教」「マーニー」を使い、書名のみを慣用の「マニ教」としている。学者らしいこだわりだ。この著者の語り口には独特の芸がある。著者が紹介するマーニーや周辺の人物の様子が面白く、しかも随所に著者のツッコミが入っていて飽きさせない。新興宗教勃興期のドタバタ劇を観ている趣もある。多才で周到なマーニー(216-277)という人物は十分に魅力的で、その父親の軽挙妄動(?)が楽しい。
それはともかく、本書を通読してわかったのは、マニ教に関しては「わかっていないことが非常に多い」ということである。9世紀に消滅したマニ教の研究が始まったのは18世紀(ギボンの生きた時代)で、本格的な研究が進展したのは20世紀になってからだそうだ。
先に挙げた7世紀のパウロ派がマニ教の影響を受けていたかどうかも不明のようだ。当時のキリスト教は異端に対して「マニ教」というレッテル貼りをしていたらしい。
というわけで、本書によってマニ教な関する興味深い知見は得られたが、パウロ派に関しては依然として霧の中だ。これから、ギボンの54章をのんびりと精読し、18世紀の啓蒙家がどう考えていたかをたどってみたい。
『マニ教』(青木健/講談社選書メチエ/2010.11)
なぜ、マニ教の本を読んだのか。ギボンのせいである。実は、少し以前から数人で『ローマ帝国衰亡史』の輪読をしている。ちくま学芸文庫版全10巻の8巻目に入っているが、のんびりした蝸牛の歩みなので先は見えない。で、これから差し掛かる第54章が異様なのである。その章題は以下の通りだ。
「第54章 パウロ派の起源と教義――歴代ギリシア皇帝の彼らへの迫害――アルメニアその他の地域での彼らの反乱――トラキアへの彼らの移住――西方世界での普及――宗教改革の種子、性格と結果」
ここで言う「パウロ派」とは、7世紀にアルメニア地方で起こったキリスト教異端の一派を指す。一般の概説書には出てこないマイナーな存在で、もちろん私も知らなかった。ウィキペディアには載っているが、日本語の一般向け資料はなさそうだ。ギボンは、このマイナーな異端に1章を費やし、7世紀に起こった異端が16世紀の宗教改革の種になったと述べているようなのである。本当だろうかと耳を疑う。
パウロ派に関する資料を探していて、マニ教関連の本にパウロ派への言及があるとわかった。2年前に読んだブックレット『マニ教とゾロアスター教』は欄外の「注」でパウロ派を4行で解説している。で、本書を入手、パラパラとめくると「アナトリアのパウロ派」という小見出しがあり、本文14行で解説している。そこには、9世紀に崩壊したとある。その先の宗教改革には触れていない。
とりあえず、パウロ派に関する多少の情報を得たので満足したが、14行だけの拾い読みでは何か見落としがあるかと思い、本書全文を読むことにした。
思った以上に面白い本で、マニ教研究の現状を把握できた。著者は本文では原音に近い「マーニー教」「マーニー」を使い、書名のみを慣用の「マニ教」としている。学者らしいこだわりだ。この著者の語り口には独特の芸がある。著者が紹介するマーニーや周辺の人物の様子が面白く、しかも随所に著者のツッコミが入っていて飽きさせない。新興宗教勃興期のドタバタ劇を観ている趣もある。多才で周到なマーニー(216-277)という人物は十分に魅力的で、その父親の軽挙妄動(?)が楽しい。
それはともかく、本書を通読してわかったのは、マニ教に関しては「わかっていないことが非常に多い」ということである。9世紀に消滅したマニ教の研究が始まったのは18世紀(ギボンの生きた時代)で、本格的な研究が進展したのは20世紀になってからだそうだ。
先に挙げた7世紀のパウロ派がマニ教の影響を受けていたかどうかも不明のようだ。当時のキリスト教は異端に対して「マニ教」というレッテル貼りをしていたらしい。
というわけで、本書によってマニ教な関する興味深い知見は得られたが、パウロ派に関しては依然として霧の中だ。これから、ギボンの54章をのんびりと精読し、18世紀の啓蒙家がどう考えていたかをたどってみたい。
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