満洲史を描いた『地図と拳』は地図と建築の物語2022年12月24日

『地図と拳』(小川哲/集英社)
 今年の山田風太郎賞受賞作、来月(2023年1月)発表の直木賞候補にもなっている話題の長編小説を読んだ。

 『地図と拳』(小川哲/集英社)

 小川哲氏の長編SFは以前に『ゲームの王国』『ユートロニカのこちら側』を面白く読み、その筆力に感心した。本書のオビには「日露戦争前夜から第2次大戦までの半世紀、満洲の名もない都市で繰り広げられる知略と殺戮。」とある。SF的要素は少なそうだが、満州史も面白そうだと思い、この小説に取り組んだ。

 序章は「1899年、夏」、終章は「1955年、春」、56年の時間を描いた分厚い小説である。と言っても、パール・バックの『大地』や山崎豊子の『大地の子』のような大河小説的な面白さは感じない。主人公と思しき人物はいるが、群像劇に近く、時代ごとに点描を積み重ねていく小説である。主要な役割を担いそうな雰囲気で登場した人物があっさり死んでしまうケースも多い。歴史の非情を描いているのだ。

 小説のメイン舞台は奉天の東にある李家鎮と呼ばれる架空の「村」である。そこに都市が出現し、やがては消滅していく物語である。さまざまな史実を織り込んでいるので、史実と創作の境界線が判然としない。そこが興味深い。建築に関する書き込みにも惹かれた。

 都市の建築にウエイトを置いたこの小説の主人公は誰か。それは「地図」、あるいは地図作成に憑かれた人々の情念である――私にはそう思えた。副主人公は「拳」、つまり戦争という暴力だ。まさに、表題通りの小説なのだ。人間の歴史のなかで地図と拳は深く絡み合っている。

 人間の作る地図は多様だ。地図は現実世界を写し取ろうとする努力の成果だが、現実を正しく表現しているわけではない。時には、現実に存在しない場所が書き込まれ、そこに何かが込めれていることもある。本書を読んで、地図とは小説のようなものだと思えてきた。

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