ポルポト時代をSFに仕立てた『ゲームの王国』は怪作2020年11月19日

『ゲームの王国(上)(下)』(小川哲/早川書店)
 2017年刊行の次の長編を読んだ。日本SF大賞と山本周五郎賞をダブル受賞した作品と知り、読みたくなったのだ。

 『ゲームの王国(上)(下)』(小川哲/早川書店)

 作者は1986年生まれの若手、私には未知の作家である。上下2冊のハードカバーの上巻を読み終えた時点で、予想外の物語に感心すると同時に戸惑いを憶えた。面白いがSF的ではない。

 舞台はカンボジア、時代(上巻)は1956年から1978年までの約20年間、シハヌークやロン・ノル政権下での秘密警察の苛酷な左翼弾圧の時代からポルポト率いるクメール・ルージュの革命と国民虐殺の恐怖政治時代までを点描風に描いている。ヒトラーやスターリンの時代、あるいは文化大革命を連想させるシビアな現代史小説の趣があり、多くの登場人物が理不尽に殺されていく。馴染みのないカンボジアの現代史に引き込まれる。

 ロベーブレソンという農村の歴史にマルケスの『百年の孤独』に似たマジックリアリジムのかすかな匂いを感じるが、この現代史小説がどうSFに展開するのだろうと心配になる。

 心配は杞憂で、下巻はいきなり2023年の近未来から始まる。約50年のタイムワープである。上巻で子供だった人物たちが政治家、脳科学者、ゲーム制作会社の経営者などになっている。ポルポト時代を生き延びた数少ない上巻の人々に新たな世代の人物たちが加わり、SF的な物語が展開される。

 下巻では奇怪なゲーム世界が出現する。そこで大きな位置を占めるのがプレイヤーたちの脳内の記憶であり、上巻の現代史物語全体が下巻で「記憶」の源泉になる。見事な構図である。記憶のメカニズムという先端的な脳科学をふまえた物語に感嘆する。干からびた私の脳ではついて行けない展開も多く、得心できたとは言い難い。と言っても、この小説が「近現代史」「呪術世界」「脳科学」「オンラインゲーム」を強引に撹拌した怪作・傑作なのは確かである。

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