『ビザンツ皇妃列伝』は秀逸なビザンツ史概説書2022年11月18日

『ビザンツ皇妃列伝:憧れの都に咲いた花』(井上浩一/筑摩書房/1996.3)
 ネット古書店で入手した次の本を読んだ。

 『ビザンツ皇妃列伝:憧れの都に咲いた花』(井上浩一/筑摩書房/1996.3)

 ネット検索で「白水Uブックス」版の本書を見つけ、それを注文したつもりだったが、届いたのは原著初版のハードカバーだった。Uブックスには新たな「あとがき」が付加されているようだが、どちらでもかまわない。ネットで古書を注文すると、こういうことも起こるのだ。

 このところビザンツ史の概説書を何冊か読んでいる私にとって、ビザンツの8人の皇妃を描いた本書はとても面白かった。私の頭にはビザンツ史に登場する有名な皇妃の印象は残っている。だが本書には、私の記憶にない皇妃が何人も登場する。8人の皇妃は以下の通りだ。

 1 アテナイス=エウドキア (401-460年)
 2 テオドラ (497頃-548年)
 3 マルティナ (605?-641年以降)
 4 エイレーネー (752頃-803年)
 5 テオファノ (941頃-976年以降)
 6 エイレーネー・ドゥーカイナ (1067-1133年?)
 7 アニェス=アンナ (1171/2-1204年以降)
 8 ヘレネ・パライオロギナ (?-1450年)

 この生没年からわかるように5世紀から15世紀までの千年の歴史から各時代の皇妃を抽出している。皇妃列伝という艶やかなタイトルだが、著者は皇妃たちの生涯に重ねて、実はビザンツの千年史を描いているのだ。

 ビザンツの皇妃の多くは史料の記録がわずかしか残っていない。著者は歴史小説家ではなく歴史研究者だから、記録にない部分を想像力で自由奔放に補うわけにはいかない。本書冒頭で著者は次のように述べている。

 「私は限られた史料にのみ拠りつつ皇妃たちの伝記を書くことにした。もちろん想像をめぐらせることをいっさい拒否したわけではない。そんなことはできるはずもないし、したならば、歴史は干涸びたものになってしまうだろう。歴史学においても想像力は不可欠である。しかし歴史学における想像は史料に基くものでなければならない。」

 本書を読み進めていて、歴史学者の想像力とはどんなものか、多少はわかった気がした。そして、歴史学者の想像力に感服した。

 本書の列伝の多くは、前半で史料に基づいた生涯を描出し、後半ではより広範な史料を批判的に検討し、前半で描いた皇妃とは別の姿を提示している。鮮やかなドンデン返しミステリーの趣もあり、惹きつけられる。

 やや乱暴にまとめれば、本書はどの皇妃も「時代の子」だったということを「証明」している。時代背景から皇妃たちの生涯を読み解いている故に、ユニークで見事なビザンツ史概説になっているのだ。