『ビサンツ 驚くべき中世帝国』は偏見を正す書2022年11月10日

『ビサンツ 驚くべき中世帝国』(ジュディス・ヘリン/井上浩一監訳/白水社)
 今年の7月以降、ビザンツ史の概説書を7冊ほど読んだ。ほとんど知らなかったビザンツの姿が多少はイメージできるようになった。で、書店の棚で見つけた次のハードカバーに挑戦した。

 『ビサンツ 驚くべき中世帝国』(ジュディス・ヘリン/井上浩一監訳/白水社)

 著者は1942年生まれの英国のビザンツ史研究者である。本書は一般向けの概説書だが入門書ではない。ビザンツ史を28のテーマに分けて解説している。ビザンツ史の基本知識がないとわかりにくい。私は「皇帝表」と「年表」を参照しながら読み進めた。興味深い話を多く盛り込んだ面白い本だ。

 一言で言えば、本書は西欧人のビザンツへの偏見を正す書である。ビザンツがなければ現在の西欧はなかった(イスラム世界になっていた)にもかかわらず、西欧のビザンツ観は偏っている。著者は終章で次のように述べている。

 「彼ら(啓蒙思想家など)がビザンツを正しく評価できなかった理由を、私は本書で論理的に説明したと思っている。」

 ビザンツへの偏見とは何か。英語の Byzantine には「迷宮のように入り組んだ」「もつれた」「権謀術数の」、ドイツ語の Byzantiner は「お追従者」「曲学阿世の徒」という意味があり、ビザンツ主義は「些末主義」を指す。著者は紋切り型のビザンツ観として、画一的、官僚的、軟弱、頽廃、複雑怪奇、無能などをあげ、それらはすべて誤解だとしている。

 そのような偏見が生まれた理由はいろいろ考えられるが、著者は1204年の第4回十字軍によるコンスタンティノープル攻撃に着目している。異教であるイスラムを攻撃するはずだった十字軍がキリスト教国を攻撃したのである。このとんでもない事態を正当化するためにビザンツを貶める言説、つまり偏見が広まったという見解である。

 本書で初めて知ったのだが、第4回十字軍から800年目の2004年、教皇ヨハネ・パウロ2世がこの事件について謝罪したそうだ。

 本書を読んでいると、ビザンツへの偏見とは野蛮(西欧)の文明(ビザンツ)への偏見にも思える。戦争を回避するための敵との交渉、戦争を始めるための法的根拠の検討などが野蛮の眼には軟弱で臆病な官僚的行為に見えたのかもしれない。

 ビザンツは1204年の後も200年以上継続するが、かつての栄光は失われ、小国に分裂した状態になる。著者はこの200年もビザンツは依然として「帝国」だったと見なし、この時代の文化なども詳述している。

 本書は私の知らない事柄も多く取り上げていて、ビザンツの概要を全体的に把握するのは大変だと感じた。いつか、じっくりと整理してみたい。