『暁の宇品』は、やはり傑作だった2022年02月07日

『暁の宇品:陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』(堀川恵子/講談社)
 大佛次郎賞を昨年末に受賞した次の作品を読んだ。

 『暁の宇品:陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』(堀川恵子/講談社)

 作者の堀川恵子氏はノンフィクション賞総ナメの作家である。私は10年近く前に『永山則夫:封印された鑑定記録』を読んで感動したが、他の作品は未読で、本書が2冊目になる。評判通りの傑作だった。

 本書を読むまで「宇品」という地名も「陸軍船舶司令部」の存在も「暁部隊」なる名称も知らなかった。本書によってこれら未知の事項を知った。だが、新たな知見を得たのが収穫ではない。そんなことを超えた面白さが本書にある。

 かつての陸軍には兵士・兵器・物資の海上輸送を担当する部署があった。海軍は輸送の護衛をするだけで、船舶の調達・輸送・上陸作戦などは陸軍の仕事だった。海外に兵士を送り出す拠点が広島市の港湾地区・宇品で、輸送を統括したのが陸軍船舶司令部である。陸軍の船舶部隊は暁部隊と呼ばれていた。

 この船舶部隊を扱った本書は日本軍の弱点と言われた兵站の話であり、日本軍の失敗の記録である。失敗の事情や原因を指摘する本は多い。本書もその一つかもしれないが、失敗を避けようと奮闘した忘れられた人物を掘り起こした物語である。かなり感動する。それだけでなく、この物語は「なぜ原爆は広島に落とされたのか」という問いへのひとつの回答になっている。さらに、原爆投下直後の宇品の司令官の「異常に適格な救援活動」の謎も解明している。何重にも絡まった謎を解き明かすスリリングなノンフィクションである。

 本書を読んであらためて認識したのは、戦争とはとてつもなく大変で複雑な巨大プロジェクトであり、それを遂行するには入念で詳細な段取りが必要だということである。安易に始めてナントカナルものではない。もちろん、入念に準備をすれば開戦していいという話ではない。戦争遂行の詳細を冷静に推測すれば、おのずと戦争を避けるという選択になると信じたい。それが理性だと思う。