中央ユーラシアのエネルギーが歴史を動かした2020年08月16日

『宋と中央ユーラシア(世界の歴史7)』(伊原弘・梅村坦/中央公論社)
 頭の中でゴチャゴチャしている中央アジア史の整理のため『内陸アジア』(間野英二・他)に続いて次の歴史概説書を読んだ。

 『宋と中央ユーラシア(世界の歴史7)』(伊原弘・梅村坦/中央公論社)

 第1部「宋と高麗」を伊原弘氏、第2部「中央ユーラシアのエネルギー」を梅村坦氏が執筆している。私の当面の関心は中央アジア史なので、後半の第2部を読むだけでいいかとも思ったが、1冊の本にまとまっているのだから第1部をふまえての第2部だろうと考え直し、頭から読んだ。

 第1部を読み始めてすぐ、これは一定の知識がある人を対象にしたエッセイに近いと気づき、大急ぎで高校世界史参考書の宋の部分に目を通し、そのうえで第1部にとりかかった。

 第1部の語り口は独特である。宋の歴史の解説・説明というよりは、宋の歴史をどう見るかを論じたエッセイに近い。見解への疑義や研究課題の提示もあり、想定読者は史学科の学生レベルに思える。私はついて行くのがしんどく、少し面食らたが、慣れてくると高級座談を拝聴している気分になり、それなりに楽しめた。

 宋は読書人(士大夫)の時代だそうだが、そんな時代を語るのに呼応した叙述に思えてきた。

 第2部「中央ユーラシアのエネルギー」は記述対象を絞り込むことによって全体の見晴らしがよくなる歴史概説である。わかりやすく、勉強になった。

 昨年の夏、間野英二氏の 『中央アジアの歴史』 に続いて梅村坦氏の 『内陸アジア史の展開』 を読んだが、はからずも今夏も間野氏の著作(『内陸アジア』)に続けて梅村氏の本書を読む巡り合わせになった。

 第2部は宋(南宋も含む)の時代(10世紀~13世紀)に、宋の周囲で活躍した4つの遊牧民の国をメインに叙述している。その4つとは天山ウイグル王国、キタン=遼、ジュシェン=金、タングート=西夏である。宋を含めて5つの国(人間集団)の絡み合いと興亡を、中央ユーラシア全域を見渡す視野と、唐の時代からフビライの時代までを見通す時間スパンで眺めている。

 中央ユーラシアを視座に「中華」を相対化した歴史の見方を提示するのが本書の眼目で、中央ユーラシアのエネルギーによって歴史が動くさま描いている。

 終章は「現代からの視点」というタイトルでいくつかの課題を提示している。20世紀になって復活したウイグルの「民族」名称についても論じている。15世紀以降にウイグルというアイデンティティが徐々に消えていった原因を分析したうえで、著者は次のように述べている。

 「新疆の現在のウイグル人たちにとって、自民族の歴史は一貫していなければならないものであろう。たとえ各種「民族」集団の混交などがあっても、また確たる証拠が少なくても、遠い過去へ、学問的に立証されているよりも前の時代にまでさかのぼって自民族の歴史を認識しようとする傾向がある。それは、ときに民族分裂主義と中国政府当局から批判されながらも、現代のの民族のアイデンティティを求めようとして潜在しつづける。わかりやすい例としてウイグルをみたが、「民族」の問題が、それにかぎったことではないことは、いうまでもない。」

 まことに、近代が生み出した「民族」とはやっかいなものである。