皇帝ハインリッヒ4世は頑張っている ― 2026年02月16日
十字軍関連の本をボチボチ読んでいる流れで次の冊子を読んだ。
『ウルバヌス2世と十字軍:教会と平和と聖戦と』(池谷文夫/世界史リブレット人・山川出版社)
クレルモン宗教会議で十字軍を提唱した教皇ウルバヌス2世の事績解説がメインで、第1回十字軍についても概説した96頁のブックレットである。
イェルサレムを占拠した第1回十字軍の実態については、参加者が残した当時の書簡などを紹介している。襲来した側の記録からも、十字軍とは「蛮族の襲来」に他ならないと見えてくる。書簡は異教徒虐殺を誇らしげに語り、「わが兵たちは馬の膝まで浸るサラセン人の血の海に乗り入れました。」と述べている。
著者は「史料に嬉々として記述されている聖戦の暗黒面は、後世に作成された種々の書物や写本の挿絵においては描かれることがなかった」と指摘している。
本書によって、十字軍提唱の背景に教皇と皇帝の攻防があったとの認識を新たにした。司教叙任権に絡んだ「カノッサの屈辱」は1076年の事件、第1回十字軍によるイェルサレム陥落は1099年である。この二つの事象の間の23年にわたる教皇と皇帝との攻防が興味深い。
皇帝ハインリッヒ4世が教皇グレゴリウス7世に謝罪した「カノッサの屈辱」発生時、ハインリッヒは27歳、グレゴリウスは57歳ぐらいだった。この事件、ハインリッヒの敗北というよりは戦略だったように思える。その後、ハインリッヒは巻き返し、グレゴリウスはローマ脱出後に65歳ぐらいで憤死する。
グレゴリウスの後継者がウルバヌス2世である。教皇ウルバヌスと皇帝ハインリッヒの一進一退の攻防はグレゴリウス没後も継続する。
本書を読んでいて、ハインリッヒは頑張っているなあとの感を強くした。共治帝にした長男は教皇側に寝返り、皇后(2番目の妻)も教皇のもとに走る。教皇はハインリッヒの長男や妻らを巧みに利用する。それでもハインリッヒは巻き返す。
教皇と皇帝の攻防に関しては、最終的に司教叙任権は教皇のものになるので教皇側の勝ちとされている。だが、ウルバヌス対ハインリッヒで見ると、そうは言い切れないようだ。ウルバヌスはイェルサレム陥落の年に没する。その頃、ハインリッヒは長男を廃位し、次男(ハインリッヒ5世)をドイツ王に戴冠させていた。
著者は次のように述べている。
「ウルバヌス最晩年の年、帝国内の情勢はまたも皇帝優位へとゆりもどされていたのである。叙任権闘争の最終決着に至るまで、後継教皇たちの苦闘は続く。」
本書の範囲からは外れるが、その後、ハンリッッヒは次男にも裏切られれる。
『ウルバヌス2世と十字軍:教会と平和と聖戦と』(池谷文夫/世界史リブレット人・山川出版社)
クレルモン宗教会議で十字軍を提唱した教皇ウルバヌス2世の事績解説がメインで、第1回十字軍についても概説した96頁のブックレットである。
イェルサレムを占拠した第1回十字軍の実態については、参加者が残した当時の書簡などを紹介している。襲来した側の記録からも、十字軍とは「蛮族の襲来」に他ならないと見えてくる。書簡は異教徒虐殺を誇らしげに語り、「わが兵たちは馬の膝まで浸るサラセン人の血の海に乗り入れました。」と述べている。
著者は「史料に嬉々として記述されている聖戦の暗黒面は、後世に作成された種々の書物や写本の挿絵においては描かれることがなかった」と指摘している。
本書によって、十字軍提唱の背景に教皇と皇帝の攻防があったとの認識を新たにした。司教叙任権に絡んだ「カノッサの屈辱」は1076年の事件、第1回十字軍によるイェルサレム陥落は1099年である。この二つの事象の間の23年にわたる教皇と皇帝との攻防が興味深い。
皇帝ハインリッヒ4世が教皇グレゴリウス7世に謝罪した「カノッサの屈辱」発生時、ハインリッヒは27歳、グレゴリウスは57歳ぐらいだった。この事件、ハインリッヒの敗北というよりは戦略だったように思える。その後、ハインリッヒは巻き返し、グレゴリウスはローマ脱出後に65歳ぐらいで憤死する。
グレゴリウスの後継者がウルバヌス2世である。教皇ウルバヌスと皇帝ハインリッヒの一進一退の攻防はグレゴリウス没後も継続する。
本書を読んでいて、ハインリッヒは頑張っているなあとの感を強くした。共治帝にした長男は教皇側に寝返り、皇后(2番目の妻)も教皇のもとに走る。教皇はハインリッヒの長男や妻らを巧みに利用する。それでもハインリッヒは巻き返す。
教皇と皇帝の攻防に関しては、最終的に司教叙任権は教皇のものになるので教皇側の勝ちとされている。だが、ウルバヌス対ハインリッヒで見ると、そうは言い切れないようだ。ウルバヌスはイェルサレム陥落の年に没する。その頃、ハインリッヒは長男を廃位し、次男(ハインリッヒ5世)をドイツ王に戴冠させていた。
著者は次のように述べている。
「ウルバヌス最晩年の年、帝国内の情勢はまたも皇帝優位へとゆりもどされていたのである。叙任権闘争の最終決着に至るまで、後継教皇たちの苦闘は続く。」
本書の範囲からは外れるが、その後、ハンリッッヒは次男にも裏切られれる。
『フランス史10講』は歴史解釈の講義だった ― 2026年02月11日
講談社現代新書の『カペー朝』を読み、これまで馴染んでこなかったフランス史への多少の関心がわき、次の新書も読んだ。
『フランス史10講』(柴田三千雄/岩波新書)
本書の刊行は20年前の2006年5月、私が入手したのは2025年7月の23刷である。ロングセラーの定番本だろう思って読み始めた。
ガリアと呼ばれた古代ローマ時代からシラク大統領(1995年就任)までの長い歴史を10回の講義で語っている。前半の5講がフランス革命直前まで、後半の5講でフランス革命から現代までを語っている。
フランス史の入門書のつもりで読み始めたが、少し勝手が違った。歴史的事象の背景や構造を考察する歴史解釈への言及が多く、大学の講義のような雰囲気である。高校世界史程度の知識がある読者を想定しているようだ。フランス史に暗い私の知らない史実が説明抜きで出てくる。そのいくつかをネットや事典で調べながら読み進めた。思った以上に読了に時間を要した。
本書を半分まで読んだ時点で、この著者の『革命と皇帝(大世界史14)』を3年前に読んだことを思い出した。私の頭の中に断片的に残っているフランス革命に関する知識はあの本に負っている。あの本に続けて岩波新書の『ナポレオン』なども読んだが、3年前に読んだ本の内容はすでに霞んでいる。
本書によってヘェーと思った事象はいくつかある。その例を二つ挙げる。
15世紀のジャンヌ・ダルクが歴史的に注目されたのは19世紀半ばで、それまでは忘れられた存在だった。そもそも、同時代のフランス王にとって彼女は有難迷惑で警戒すべき存在だったらしい。近代になって、国民国家の発生と結びついて「救国の乙女」と神話化されたのだ。
ヒトラーに敗れたフランスに誕生したヴィシー政府の国家主席ペタン元帥は、当時の大多数のフランス国民にとって「救世主」であり、彼への国民の信頼は消えなかった。米国やソ連はヴィシーに大使館をおいていた。
著者は「第8講 共和主義による国民統合」で1871年のパリコミューンについて、次のように述べている。
「(…)コミューンのプログラムは、いっときの解放感に浸った民衆の願望を集約したものであり、実行する時間もないユートピアに終わった。このリベルテール(絶対自由主義)政治文化は、約1世紀後の「五月革命」に蘇生することになる。」
そして「第10講 変貌する現代フランス」では、1968年の「五月革命」を次のようにまとめている。
「それは、あらゆる意味で「栄光の30年」の産物であり、当事者自身がそのユートピア性を自覚する「祭り」であった。「五月革命」は直接的な政治成果をほとんど残さなかったが、社会、文化の深部で大きな変化を残した。」
「五月革命」は、私のような団塊世代とって、学生時代に接した同時代の懐かしくも生々しい事象である。本書のような歴史概説書で「五月革命」に接すると、自分が古老になった気がするる。
『フランス史10講』(柴田三千雄/岩波新書)
本書の刊行は20年前の2006年5月、私が入手したのは2025年7月の23刷である。ロングセラーの定番本だろう思って読み始めた。
ガリアと呼ばれた古代ローマ時代からシラク大統領(1995年就任)までの長い歴史を10回の講義で語っている。前半の5講がフランス革命直前まで、後半の5講でフランス革命から現代までを語っている。
フランス史の入門書のつもりで読み始めたが、少し勝手が違った。歴史的事象の背景や構造を考察する歴史解釈への言及が多く、大学の講義のような雰囲気である。高校世界史程度の知識がある読者を想定しているようだ。フランス史に暗い私の知らない史実が説明抜きで出てくる。そのいくつかをネットや事典で調べながら読み進めた。思った以上に読了に時間を要した。
本書を半分まで読んだ時点で、この著者の『革命と皇帝(大世界史14)』を3年前に読んだことを思い出した。私の頭の中に断片的に残っているフランス革命に関する知識はあの本に負っている。あの本に続けて岩波新書の『ナポレオン』なども読んだが、3年前に読んだ本の内容はすでに霞んでいる。
本書によってヘェーと思った事象はいくつかある。その例を二つ挙げる。
15世紀のジャンヌ・ダルクが歴史的に注目されたのは19世紀半ばで、それまでは忘れられた存在だった。そもそも、同時代のフランス王にとって彼女は有難迷惑で警戒すべき存在だったらしい。近代になって、国民国家の発生と結びついて「救国の乙女」と神話化されたのだ。
ヒトラーに敗れたフランスに誕生したヴィシー政府の国家主席ペタン元帥は、当時の大多数のフランス国民にとって「救世主」であり、彼への国民の信頼は消えなかった。米国やソ連はヴィシーに大使館をおいていた。
著者は「第8講 共和主義による国民統合」で1871年のパリコミューンについて、次のように述べている。
「(…)コミューンのプログラムは、いっときの解放感に浸った民衆の願望を集約したものであり、実行する時間もないユートピアに終わった。このリベルテール(絶対自由主義)政治文化は、約1世紀後の「五月革命」に蘇生することになる。」
そして「第10講 変貌する現代フランス」では、1968年の「五月革命」を次のようにまとめている。
「それは、あらゆる意味で「栄光の30年」の産物であり、当事者自身がそのユートピア性を自覚する「祭り」であった。「五月革命」は直接的な政治成果をほとんど残さなかったが、社会、文化の深部で大きな変化を残した。」
「五月革命」は、私のような団塊世代とって、学生時代に接した同時代の懐かしくも生々しい事象である。本書のような歴史概説書で「五月革命」に接すると、自分が古老になった気がするる。
カペー朝の歴史は意外に面白い ― 2026年02月07日
かなり以前に入手して積んだままだった次の新書を読んだ。
『カペー朝:フランス王朝史1』(佐藤賢一/講談社現代新書)
私はフランス史に暗い。フランス革命以降の歴史はある程度イメージできる。ローマ史の本を多少読んできたので、その延長のフランク王国三分割あたりまでも何となくイメージできる。だが、フランク王国が分裂した西フランク王国(フランスの原型)からフランス革命までの千年近い歴史は頭の中でぼんやりしている。
この数年、世界史関連の本を読むことが多いが、自分の興味がおもむくままの気ままな読書である。受験生ではないので、すべてをカバーせねばという切迫感はない。これまでさほど食指が動かなかったフランス史に関心が向いたのは、ギボンのせいである。ボチボチ再読中の『ローマ帝国衰亡史』の終盤にユーグ・カペーが登場し、フランス史が気がかりになったのだ。
佐藤賢一氏の『カペー朝』は想定以上に面白く、退屈することなく一気に読了できた。歴史の実相も興味深いが、佐藤氏の洒脱な語り口がいい。さすが、西洋史に造詣の深い小説家だ。
本書は、ユーグ・カペー(在987ー996)からシャルル4世(在1322ー1328)まで約300年間の14人のフランス王の姿を鮮やかに描き出している。国王たちの何人かは、その一代記が面白い小説になりそうな気がする。そう思わせるのは著者の描写力のせいだが。
ユーグ・カペーが諸侯からフランス王に選出された時、かつての西フランク王国は群雄割拠の無政府状態だった。フランスという国があったわけではない。フランス王とは「名ばかりの王」で、一地方領主に過ぎなかった。カペー朝の歴史は「名ばかりの王」が300年の時間をかけて「本当のフランス王」になっていく物語である。著者はそれを、自転車操業の個人商店が大店に成り上がっていく奮闘日記になぞらえている。
本書を読んでいて、以前に読んだ塩野七生の『十字軍物語』や『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』との接点に出会い、歴史を多面的に眺める楽しさを感じた。
「花の十字軍」と言われる第3回十字軍に参加したカペー朝のフィリップ2世は、早々に遠征先から引き返してフランスの領土拡張を画策した狡い王のイメージがある。華やかな活躍で知られる獅子心王リチャードとの対比で、その悪役ぶりが際立つ。
本書は、そのフィリップ2世を名君と描いている。あだ名は尊厳王である。フィリップ2世の側に立てば彼の行動や心情も得心できる。
フランス視点の本書はリチャードをリシャールと表記する。獅子心王リチャードにはイギリス王のイメージが強いが、イングランド王兼ノルマンディー公兼アンジュ―拍 なので、フランス王から見れば封臣でもある。リシャールは、イギリス人というよりは南フランス人なのだ。著者はフィリップ2世の心情を次のように推測している。
「リシャールという男は(…)派手好き、賑やか好き、贅沢好きの浮かれた南フランス気質であり、(…)フィリップ2世も好きになれなかったに違いない。華やかに着飾られたり、貴婦人と浮名を流されたり、あるいは雅な詩文を綴られたりするだけなら、まだしも無害というものだが、南フランス気質は戦場にあっては、勇猛果敢な豪胆となって現れるのだ。獅子心王は戦をさせれば、やたら滅法強いのだ。まったく面白くない。」
本書によって北フランスと南フランスの気質の違いを知った。古くからローマ化されていた地中海世界の南フランスは北よりオシャレだったようだ。カペー朝の歴史は、生真面目が取柄の北の王が南を併合してフランスいう国を形作っていく物語である。
『カペー朝:フランス王朝史1』(佐藤賢一/講談社現代新書)
私はフランス史に暗い。フランス革命以降の歴史はある程度イメージできる。ローマ史の本を多少読んできたので、その延長のフランク王国三分割あたりまでも何となくイメージできる。だが、フランク王国が分裂した西フランク王国(フランスの原型)からフランス革命までの千年近い歴史は頭の中でぼんやりしている。
この数年、世界史関連の本を読むことが多いが、自分の興味がおもむくままの気ままな読書である。受験生ではないので、すべてをカバーせねばという切迫感はない。これまでさほど食指が動かなかったフランス史に関心が向いたのは、ギボンのせいである。ボチボチ再読中の『ローマ帝国衰亡史』の終盤にユーグ・カペーが登場し、フランス史が気がかりになったのだ。
佐藤賢一氏の『カペー朝』は想定以上に面白く、退屈することなく一気に読了できた。歴史の実相も興味深いが、佐藤氏の洒脱な語り口がいい。さすが、西洋史に造詣の深い小説家だ。
本書は、ユーグ・カペー(在987ー996)からシャルル4世(在1322ー1328)まで約300年間の14人のフランス王の姿を鮮やかに描き出している。国王たちの何人かは、その一代記が面白い小説になりそうな気がする。そう思わせるのは著者の描写力のせいだが。
ユーグ・カペーが諸侯からフランス王に選出された時、かつての西フランク王国は群雄割拠の無政府状態だった。フランスという国があったわけではない。フランス王とは「名ばかりの王」で、一地方領主に過ぎなかった。カペー朝の歴史は「名ばかりの王」が300年の時間をかけて「本当のフランス王」になっていく物語である。著者はそれを、自転車操業の個人商店が大店に成り上がっていく奮闘日記になぞらえている。
本書を読んでいて、以前に読んだ塩野七生の『十字軍物語』や『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』との接点に出会い、歴史を多面的に眺める楽しさを感じた。
「花の十字軍」と言われる第3回十字軍に参加したカペー朝のフィリップ2世は、早々に遠征先から引き返してフランスの領土拡張を画策した狡い王のイメージがある。華やかな活躍で知られる獅子心王リチャードとの対比で、その悪役ぶりが際立つ。
本書は、そのフィリップ2世を名君と描いている。あだ名は尊厳王である。フィリップ2世の側に立てば彼の行動や心情も得心できる。
フランス視点の本書はリチャードをリシャールと表記する。獅子心王リチャードにはイギリス王のイメージが強いが、イングランド王兼ノルマンディー公兼アンジュ―拍 なので、フランス王から見れば封臣でもある。リシャールは、イギリス人というよりは南フランス人なのだ。著者はフィリップ2世の心情を次のように推測している。
「リシャールという男は(…)派手好き、賑やか好き、贅沢好きの浮かれた南フランス気質であり、(…)フィリップ2世も好きになれなかったに違いない。華やかに着飾られたり、貴婦人と浮名を流されたり、あるいは雅な詩文を綴られたりするだけなら、まだしも無害というものだが、南フランス気質は戦場にあっては、勇猛果敢な豪胆となって現れるのだ。獅子心王は戦をさせれば、やたら滅法強いのだ。まったく面白くない。」
本書によって北フランスと南フランスの気質の違いを知った。古くからローマ化されていた地中海世界の南フランスは北よりオシャレだったようだ。カペー朝の歴史は、生真面目が取柄の北の王が南を併合してフランスいう国を形作っていく物語である。
精神世界の大転換を考察した『地中海世界の歴史』最終巻 ― 2026年02月04日
ローマ史家・本村凌二氏の『地中海世界の歴史(全8巻)』の最終巻を読了した。全8巻を読み終えてホッとした気分だ。前半4巻はボチボチと気ままに読み、後半4巻は続け読みだった(4冊で約2週間)。
『人類と文明の変容:地中海世界の歴史8 「古代末期」という時代』(本村凌二/講談社選書メチエ)
本村氏は本書のなかで、シリーズ全体について次のように述べている。
「本シリーズでは、「心性史」を基軸とする「社会史」を重視する歴史叙述に注目する立場をとってきた。だが、それを掘りおこす歴史叙述はかんたんではないのだ。」
あらためて、なるほどやはりそうであったのかと感じた。
本書が扱う時代は、3世紀の軍人皇帝マクシミヌスから6世紀の東ローマ皇帝ユスティニアヌスまでである。ローマ帝国は軍人皇帝時代の混乱からディオクレティアヌス帝の四分割統治(293年)を経て東西分裂が決定的(395年)となり、西ローマ帝国は滅亡(476年)し、東ローマ帝国が存続する。この間にキリスト教を公認(313年)し、国教とする(392年)。
心性史という観点では、キリスト教の普及が最大のポイントである。本村氏はそれを「多神教世界が一神教世界に転換するという人類史上の大事件」と捉え、その内実を考察している。それは、人間が個人として突き放され、それぞれが「自分で考える」ことを求められる精神世界の変化であり、「文明の変容」とも呼べるものだという。
面白く思ったのは、コンスタンティヌス大帝のキリスト教公認後に登場したユリアヌス帝の評価である。キリスト教嫌いで、古来の神々への回帰を推進し、「背教者」と呼ばれた皇帝だ。私は10年前に辻邦生の歴史小説『背教者ユリアヌス』を読んで、この皇帝に魅力を感じた。
本村氏は、ユリアヌスを時代の逆行者と見なしているのではなく、逆に「彼はある意味ではもっとも時代のムードを身におびていた人物であったかもしれない」としている。ユリアヌスは、人間の内面を見つめる一神教世界の精神性をおびていたが故に、権力に保護されて堕落したキリスト教を嫌悪したというのである。そういう見方もあるのかと驚いた。目から鱗だ。
本書の「はじめに」では、ピーター・ブラウンが1971年に著した『古代末期の世界』を、この半世紀あまりで最も影響力があった書と高く評価している。私は7年前、本村氏の概説書でこの本を知って読んだが、その内容はほとんど失念している。本書の結論めいた部分はブラウンの「古代末期」をふまえた考察になっていて、次のように述べている。
「古代末期をながめる視座も多様であるが、現在考えられるかぎりにおいては、もはや衰退・没落史観だけから見ない方に傾いているだろう。むしろ、禁欲思想に現れるような宗教や文化を中心としながら、その当時の民衆の心性に注目しているのである。3世紀から7世紀までの期間は、一つの新しい秩序・考え方・感じ方が生まれた時代と理解されるのではないだろうか。そのようにとらえるのが偏見のない見方であり、それは現在の主流になりつつあると言っていいだろう。」
========
『地中海世界の歴史(全8巻)』の既読分は以下の通り。
(1)オリエントの文明『神々のささやく世界』
(2)アッシリアとペルシア『沈黙する神々の帝国』
(3)エーゲ海とギリシアの文明『白熱する人間たちの都市』
(4)ヘレニズム文明『辺境の王朝と英雄』
(5)共和政ローマ『勝利を愛する人々』
(6)地中海世界帝国の成立『「われらが海」の覇権』
(7)パクス・ローマーナ『平和と繁栄の宿命』
『人類と文明の変容:地中海世界の歴史8 「古代末期」という時代』(本村凌二/講談社選書メチエ)
本村氏は本書のなかで、シリーズ全体について次のように述べている。
「本シリーズでは、「心性史」を基軸とする「社会史」を重視する歴史叙述に注目する立場をとってきた。だが、それを掘りおこす歴史叙述はかんたんではないのだ。」
あらためて、なるほどやはりそうであったのかと感じた。
本書が扱う時代は、3世紀の軍人皇帝マクシミヌスから6世紀の東ローマ皇帝ユスティニアヌスまでである。ローマ帝国は軍人皇帝時代の混乱からディオクレティアヌス帝の四分割統治(293年)を経て東西分裂が決定的(395年)となり、西ローマ帝国は滅亡(476年)し、東ローマ帝国が存続する。この間にキリスト教を公認(313年)し、国教とする(392年)。
心性史という観点では、キリスト教の普及が最大のポイントである。本村氏はそれを「多神教世界が一神教世界に転換するという人類史上の大事件」と捉え、その内実を考察している。それは、人間が個人として突き放され、それぞれが「自分で考える」ことを求められる精神世界の変化であり、「文明の変容」とも呼べるものだという。
面白く思ったのは、コンスタンティヌス大帝のキリスト教公認後に登場したユリアヌス帝の評価である。キリスト教嫌いで、古来の神々への回帰を推進し、「背教者」と呼ばれた皇帝だ。私は10年前に辻邦生の歴史小説『背教者ユリアヌス』を読んで、この皇帝に魅力を感じた。
本村氏は、ユリアヌスを時代の逆行者と見なしているのではなく、逆に「彼はある意味ではもっとも時代のムードを身におびていた人物であったかもしれない」としている。ユリアヌスは、人間の内面を見つめる一神教世界の精神性をおびていたが故に、権力に保護されて堕落したキリスト教を嫌悪したというのである。そういう見方もあるのかと驚いた。目から鱗だ。
本書の「はじめに」では、ピーター・ブラウンが1971年に著した『古代末期の世界』を、この半世紀あまりで最も影響力があった書と高く評価している。私は7年前、本村氏の概説書でこの本を知って読んだが、その内容はほとんど失念している。本書の結論めいた部分はブラウンの「古代末期」をふまえた考察になっていて、次のように述べている。
「古代末期をながめる視座も多様であるが、現在考えられるかぎりにおいては、もはや衰退・没落史観だけから見ない方に傾いているだろう。むしろ、禁欲思想に現れるような宗教や文化を中心としながら、その当時の民衆の心性に注目しているのである。3世紀から7世紀までの期間は、一つの新しい秩序・考え方・感じ方が生まれた時代と理解されるのではないだろうか。そのようにとらえるのが偏見のない見方であり、それは現在の主流になりつつあると言っていいだろう。」
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『地中海世界の歴史(全8巻)』の既読分は以下の通り。
(1)オリエントの文明『神々のささやく世界』
(2)アッシリアとペルシア『沈黙する神々の帝国』
(3)エーゲ海とギリシアの文明『白熱する人間たちの都市』
(4)ヘレニズム文明『辺境の王朝と英雄』
(5)共和政ローマ『勝利を愛する人々』
(6)地中海世界帝国の成立『「われらが海」の覇権』
(7)パクス・ローマーナ『平和と繁栄の宿命』
賢帝と愚帝が織りなすパクス・ローマーナ ― 2026年02月01日
ローマ史家・本村凌二氏の『地中海世界の歴史(全8巻)』の第6巻に続いて第7巻を読んだ。
『平和と繁栄の宿命:地中海世界の歴史7 パクス・ローマーナ』(本村凌二/講談社選書メチエ)
パクス・ローマーナと銘打った本巻は、ネロ皇帝殺害後から五賢帝時代を経て軍人皇帝時代になる直前までの約200年を扱っている。登場する主な皇帝は、ウェスパシアヌス、ドミティアヌス、ネルウァ、トラヤヌス、ハドリアヌス、マルクス・アウレリウス、コンモドゥス、セウェルス、カラカラ、エラガバルスなどである。ここに挙げた皇帝のなかには暴君・愚帝と呼ばれた皇帝が何人かいる。にもかかわらず、この時代のローマ帝国は平和と繁栄を維持できた。帝国を維持運営する仕組みが機能いていたのだと思う。感心すべきことだ。
本書は次の4章で構成されている。
第1章 新興家系の皇帝たち
第2章 比類なき賢帝と最大の過ち
第3章 薄闇に生きる人々の願望
第4章 「旅する皇帝」と辺境のローマ
通史的な記述は前半の2章までで、後半は少し趣が変わる。第3章は古代人の心性変遷の考察、第4章は広大なローマ属州の地歴紹介である。
前半を読んでいると、暴君・愚帝や賢帝が入れ替わり立ち代わり登場する大河ドラマを眺めている気分になる。最終段階で登場するエラガバルス帝を本村氏は「暴君愚帝のナンバーワン」としている。
14歳で即位したエラガバルスはシリア生まれの奇怪な太陽神崇拝の皇帝で、女装して男漁りにくれ「ふしだらな女」と噂されるのを好んだ。本村氏は「まことまことに、ローマ史にはなんでもありなのである。」と述懐している。5年前、この皇帝を扱ったアントナン・アルトーの『ヘリオガバルス:または戴冠せるアナーキスト』という怪作を読んだのを思い出した。奇怪過ぎる人物はそれだけで歴史に刻印される。
第3章は、ローマ世界にキリスト教という一神教が広まっていく背景を古代の人々の心性の変遷という視点で考察している。以前に読んだ本村氏の『多神教と一神教』に重なる内容だが、すでに6年前に読んだ内容の大半を失念しているので、ナルホドと思いながら読んだ。十分に理解できたわけではないが、興味深い領域だ。
第4章の「旅する皇帝」は、在位期間の大半を属州視察に費やしたハドリアヌスを指す。ハドリアヌスの足跡を辿りつつ、記述の時間幅はかなり広い。属州以前の状況から現代の遺跡巡りまでを語っている。カバーする地域はガリア、ブリタニア、ヒスパニア、シリア、ギリシア、エジプトと広大だ。私の知らない歴史が多く、勉強になった。
ガリアについてはカエサルの『ガリア戦記』の頃から述べている。『ガリア戦記』は10年近く昔に読んだが、登場するおびただしい部族名に頭が混乱した。私は、何となくそれらの部族をゲルマン人だと思っていたが、本書によってガリアにいたのはケルト人だと知った。勘違いを10年ぶりに是正でき、ささやかな安堵を得た。
========
『地中海世界の歴史(全8巻)』の既読分は以下の通り。
(1)オリエントの文明『神々のささやく世界』
(2)アッシリアとペルシア『沈黙する神々の帝国』
(3)エーゲ海とギリシアの文明『白熱する人間たちの都市』
(4)ヘレニズム文明『辺境の王朝と英雄』
(5)共和政ローマ『勝利を愛する人々』
(6)地中海世界帝国の成立『「われらが海」の覇権』
『平和と繁栄の宿命:地中海世界の歴史7 パクス・ローマーナ』(本村凌二/講談社選書メチエ)
パクス・ローマーナと銘打った本巻は、ネロ皇帝殺害後から五賢帝時代を経て軍人皇帝時代になる直前までの約200年を扱っている。登場する主な皇帝は、ウェスパシアヌス、ドミティアヌス、ネルウァ、トラヤヌス、ハドリアヌス、マルクス・アウレリウス、コンモドゥス、セウェルス、カラカラ、エラガバルスなどである。ここに挙げた皇帝のなかには暴君・愚帝と呼ばれた皇帝が何人かいる。にもかかわらず、この時代のローマ帝国は平和と繁栄を維持できた。帝国を維持運営する仕組みが機能いていたのだと思う。感心すべきことだ。
本書は次の4章で構成されている。
第1章 新興家系の皇帝たち
第2章 比類なき賢帝と最大の過ち
第3章 薄闇に生きる人々の願望
第4章 「旅する皇帝」と辺境のローマ
通史的な記述は前半の2章までで、後半は少し趣が変わる。第3章は古代人の心性変遷の考察、第4章は広大なローマ属州の地歴紹介である。
前半を読んでいると、暴君・愚帝や賢帝が入れ替わり立ち代わり登場する大河ドラマを眺めている気分になる。最終段階で登場するエラガバルス帝を本村氏は「暴君愚帝のナンバーワン」としている。
14歳で即位したエラガバルスはシリア生まれの奇怪な太陽神崇拝の皇帝で、女装して男漁りにくれ「ふしだらな女」と噂されるのを好んだ。本村氏は「まことまことに、ローマ史にはなんでもありなのである。」と述懐している。5年前、この皇帝を扱ったアントナン・アルトーの『ヘリオガバルス:または戴冠せるアナーキスト』という怪作を読んだのを思い出した。奇怪過ぎる人物はそれだけで歴史に刻印される。
第3章は、ローマ世界にキリスト教という一神教が広まっていく背景を古代の人々の心性の変遷という視点で考察している。以前に読んだ本村氏の『多神教と一神教』に重なる内容だが、すでに6年前に読んだ内容の大半を失念しているので、ナルホドと思いながら読んだ。十分に理解できたわけではないが、興味深い領域だ。
第4章の「旅する皇帝」は、在位期間の大半を属州視察に費やしたハドリアヌスを指す。ハドリアヌスの足跡を辿りつつ、記述の時間幅はかなり広い。属州以前の状況から現代の遺跡巡りまでを語っている。カバーする地域はガリア、ブリタニア、ヒスパニア、シリア、ギリシア、エジプトと広大だ。私の知らない歴史が多く、勉強になった。
ガリアについてはカエサルの『ガリア戦記』の頃から述べている。『ガリア戦記』は10年近く昔に読んだが、登場するおびただしい部族名に頭が混乱した。私は、何となくそれらの部族をゲルマン人だと思っていたが、本書によってガリアにいたのはケルト人だと知った。勘違いを10年ぶりに是正でき、ささやかな安堵を得た。
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『地中海世界の歴史(全8巻)』の既読分は以下の通り。
(1)オリエントの文明『神々のささやく世界』
(2)アッシリアとペルシア『沈黙する神々の帝国』
(3)エーゲ海とギリシアの文明『白熱する人間たちの都市』
(4)ヘレニズム文明『辺境の王朝と英雄』
(5)共和政ローマ『勝利を愛する人々』
(6)地中海世界帝国の成立『「われらが海」の覇権』
帝国になって行く姿を描いた『「われらが海」の覇権』 ― 2026年01月27日
ローマ史家・本村凌二氏の『地中海世界の歴史(全8巻)』の第5巻に続いて第6巻を読んだ。
『「われらが海」の覇権:地中海世界の歴史6 地中海世界帝国の成立』(本村凌二/講談社選書メチエ)
グラックス兄弟の悲劇に始まる内乱の1世紀からネロ帝までの約200年を描いている。主な登場人物は、グラックス兄弟、マリウス、スッラ、ポンペイウス、カエサル、アントニウス、アウグストゥス、カリグラ、ネロなどだ。ローマが帝国へと発展していく時期であり、ローマ史の最も華やかで面白い時代である。
本村氏の『地中海世界の歴史』シリーズは一般的な通史と言うよりは心性史に近い。だが、この巻は心性史的な記述のウエイトはさほど大きくない。前巻に引き続いて「父祖の遺風」が心性のキーワードだ。ローマ人の特異性は「父祖の遺風」を行動規範にした点にあり、それが世界帝国につながったとしている。似たような心性をもちながら帝国に発展しなかった国も多いのでは、という気もする。
概して本村氏の語り口は軽妙だが、特に本巻は肩の力を抜いてローマを語っているように感じた。人物描写のたとえにプレスリーや石原慎太郎が登場し、絶世の美女と言われたクレオパトラの容貌を「笑われてもいいが、少なくとも筆者の好みではない」と述べたりする。また、現代のローマ市街に残る古代ラテン語碑文巡りなど、史跡散策エッセイの趣もある。1960年のローマ五輪でアッピア街道を駆け抜けた裸足のアベベも登場する。著者と同世代の私には懐かしい話題だ。
本書を読んでいると所々にデジャブを感じる。本村氏には多くの著作があり、それらの記述と部分的に重なるからである。本村氏の考察の集成が本書なので当然だと思う。歴史概説書は一度や二度読んでも頭に定着しないので、こんな集成本は私にはありがたい。
本書を読みながら思い出したのは『教養としてのローマ史の読み方』や『古代ポンペイの日常生活』である。前者を読んだときにも思ったが、ネロのキリスト教徒迫害に関する本村氏の見解は興味深い。
本村氏は、ネロのキリスト教徒迫害は疑わしいと言う。「クレスト」というユダヤ人騒乱者の記録が「キリスト教徒」と誤伝されたとの説である。本村氏の解説に説得力を感じるが、史学の世界ではどう評価されているのだろうか。本村氏は次のように述べている。
〔「ネロのキリスト教徒迫害」という話がこれほど根強く残っているのは、中世以降、「ヨーロッパの歴史」は常に「キリスト教徒の歴史」として描かれ、そのなかで暴君ネロによる弾圧というドラマティックな物語には覆しがたい魅力があったからだろう。〕
西欧中心史観とは、ある意味ではキリスト教中心史観なのだと思う。
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『地中海世界の歴史(全8巻)』の既読分は以下の通り。
(1)オリエントの文明『神々のささやく世界』
(2)アッシリアとペルシア『沈黙する神々の帝国』
(3)エーゲ海とギリシアの文明『白熱する人間たちの都市』
(4)ヘレニズム文明『辺境の王朝と英雄』
(5)共和政ローマ『勝利を愛する人々』
『「われらが海」の覇権:地中海世界の歴史6 地中海世界帝国の成立』(本村凌二/講談社選書メチエ)
グラックス兄弟の悲劇に始まる内乱の1世紀からネロ帝までの約200年を描いている。主な登場人物は、グラックス兄弟、マリウス、スッラ、ポンペイウス、カエサル、アントニウス、アウグストゥス、カリグラ、ネロなどだ。ローマが帝国へと発展していく時期であり、ローマ史の最も華やかで面白い時代である。
本村氏の『地中海世界の歴史』シリーズは一般的な通史と言うよりは心性史に近い。だが、この巻は心性史的な記述のウエイトはさほど大きくない。前巻に引き続いて「父祖の遺風」が心性のキーワードだ。ローマ人の特異性は「父祖の遺風」を行動規範にした点にあり、それが世界帝国につながったとしている。似たような心性をもちながら帝国に発展しなかった国も多いのでは、という気もする。
概して本村氏の語り口は軽妙だが、特に本巻は肩の力を抜いてローマを語っているように感じた。人物描写のたとえにプレスリーや石原慎太郎が登場し、絶世の美女と言われたクレオパトラの容貌を「笑われてもいいが、少なくとも筆者の好みではない」と述べたりする。また、現代のローマ市街に残る古代ラテン語碑文巡りなど、史跡散策エッセイの趣もある。1960年のローマ五輪でアッピア街道を駆け抜けた裸足のアベベも登場する。著者と同世代の私には懐かしい話題だ。
本書を読んでいると所々にデジャブを感じる。本村氏には多くの著作があり、それらの記述と部分的に重なるからである。本村氏の考察の集成が本書なので当然だと思う。歴史概説書は一度や二度読んでも頭に定着しないので、こんな集成本は私にはありがたい。
本書を読みながら思い出したのは『教養としてのローマ史の読み方』や『古代ポンペイの日常生活』である。前者を読んだときにも思ったが、ネロのキリスト教徒迫害に関する本村氏の見解は興味深い。
本村氏は、ネロのキリスト教徒迫害は疑わしいと言う。「クレスト」というユダヤ人騒乱者の記録が「キリスト教徒」と誤伝されたとの説である。本村氏の解説に説得力を感じるが、史学の世界ではどう評価されているのだろうか。本村氏は次のように述べている。
〔「ネロのキリスト教徒迫害」という話がこれほど根強く残っているのは、中世以降、「ヨーロッパの歴史」は常に「キリスト教徒の歴史」として描かれ、そのなかで暴君ネロによる弾圧というドラマティックな物語には覆しがたい魅力があったからだろう。〕
西欧中心史観とは、ある意味ではキリスト教中心史観なのだと思う。
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『地中海世界の歴史(全8巻)』の既読分は以下の通り。
(1)オリエントの文明『神々のささやく世界』
(2)アッシリアとペルシア『沈黙する神々の帝国』
(3)エーゲ海とギリシアの文明『白熱する人間たちの都市』
(4)ヘレニズム文明『辺境の王朝と英雄』
(5)共和政ローマ『勝利を愛する人々』
共和政ローマは「祖国」を発明した ― 2026年01月23日
ローマ史家・本村凌二氏の『地中海世界の歴史(全8巻)』は2024年4月に刊行が始まり、先月(2025年12月)完結した。私は昨秋までに次の前半4巻を読んだ。
(1)オリエントの文明『神々のささやく世界』
(2)アッシリアとペルシア『沈黙する神々の帝国』
(3)エーゲ海とギリシアの文明『白熱する人間たちの都市』
(4)ヘレニズム文明『辺境の王朝と英雄』
年明けの月末になって、積んだままの後半4巻に取り組もうという気分になった。前半4巻はオリエント史、ギリシア史だった。後半4巻は、いよいよ著者の専門のローマ史である。
『勝利を愛する人々:地中海世界の歴史5 共和政ローマ』(本村凌二/講談社選書メチエ)
本書はローマ建国(BC753年?)から第三次ポエニ戦争(BC146年)までを扱っている。頻出する言葉は「父祖の遺風」である。著者は、ローマ人の心性を特徴づけるものが「父祖の遺風」への固執だとしている。それは「武士道」にも通じる古来の伝統を重んじる精神で、子弟教育のよりどころだった。私には、いまひとつ把握しにくい概念である。
本書が興味深いのは、ギリシアやカルタゴとの比較でローマを論じている点である。タイトルの「勝利を愛する人々」はプラトンの『国家』に依拠しているそうだ。プラトンは「知を愛する人」「勝利を愛する人」「利得を愛する人」を人間の基本的な三分類とした。著者によれば、ギリシア人は「知を愛する人」、ローマ人は「勝利を愛する人」、カルタゴ人は「利得を愛する人」と見なせる。この見方をベースに、なぜローマのみが世界帝国へ発展したかを探っている。
ギリシア人は羊飼いの子孫で遊牧民的な尻軽さがあり、人口過剰になると海の彼方に植民都市を作る。カルタゴはフェニキアの植民地から発展した海洋通商国家である。ローマは愚直な農民の国で、何よりも故国の地にこだわった。人口が過剰になると、ねばり強く故国の地を広げていく。それが、帝国への序曲だった。ナルホドと思える。
共和政ローマの時代を記述した本書で、著者はローマの共和政を「共和政ファシズム」としている。この言葉の名づけ親は著者だそうだ。ファシズムという言葉はローマのファスケス(斧と棒の束)に由来する。「共和政ファシズム」はローマの強さを表す適切な用語だと思う。
ローマは、真善美を追究する文化では「知を愛する人」ギリシアには及ばなかった。だが、ギリシア人が創り出せなかったローマ人の発明品があったと著者は言う。それは「祖国」である。「祖国」こそがローマ人の唯一の発明品だと指摘している。ナショナリズムは近代以降の概念だと思っていたが、似たものが古代にもあったのかもしれない。
(1)オリエントの文明『神々のささやく世界』
(2)アッシリアとペルシア『沈黙する神々の帝国』
(3)エーゲ海とギリシアの文明『白熱する人間たちの都市』
(4)ヘレニズム文明『辺境の王朝と英雄』
年明けの月末になって、積んだままの後半4巻に取り組もうという気分になった。前半4巻はオリエント史、ギリシア史だった。後半4巻は、いよいよ著者の専門のローマ史である。
『勝利を愛する人々:地中海世界の歴史5 共和政ローマ』(本村凌二/講談社選書メチエ)
本書はローマ建国(BC753年?)から第三次ポエニ戦争(BC146年)までを扱っている。頻出する言葉は「父祖の遺風」である。著者は、ローマ人の心性を特徴づけるものが「父祖の遺風」への固執だとしている。それは「武士道」にも通じる古来の伝統を重んじる精神で、子弟教育のよりどころだった。私には、いまひとつ把握しにくい概念である。
本書が興味深いのは、ギリシアやカルタゴとの比較でローマを論じている点である。タイトルの「勝利を愛する人々」はプラトンの『国家』に依拠しているそうだ。プラトンは「知を愛する人」「勝利を愛する人」「利得を愛する人」を人間の基本的な三分類とした。著者によれば、ギリシア人は「知を愛する人」、ローマ人は「勝利を愛する人」、カルタゴ人は「利得を愛する人」と見なせる。この見方をベースに、なぜローマのみが世界帝国へ発展したかを探っている。
ギリシア人は羊飼いの子孫で遊牧民的な尻軽さがあり、人口過剰になると海の彼方に植民都市を作る。カルタゴはフェニキアの植民地から発展した海洋通商国家である。ローマは愚直な農民の国で、何よりも故国の地にこだわった。人口が過剰になると、ねばり強く故国の地を広げていく。それが、帝国への序曲だった。ナルホドと思える。
共和政ローマの時代を記述した本書で、著者はローマの共和政を「共和政ファシズム」としている。この言葉の名づけ親は著者だそうだ。ファシズムという言葉はローマのファスケス(斧と棒の束)に由来する。「共和政ファシズム」はローマの強さを表す適切な用語だと思う。
ローマは、真善美を追究する文化では「知を愛する人」ギリシアには及ばなかった。だが、ギリシア人が創り出せなかったローマ人の発明品があったと著者は言う。それは「祖国」である。「祖国」こそがローマ人の唯一の発明品だと指摘している。ナショナリズムは近代以降の概念だと思っていたが、似たものが古代にもあったのかもしれない。
イランの深層にはペルシア帝国がある ― 2026年01月15日
イラン旅行準備で『イランを知るための65章』に続いて次の歴史概説書を読んだ。
『ペルシア帝国(世界の歴史 9)』(足利惇氏/講談社/1977.7)
本書を読んでいる途中でイラン旅行中止が決まったが、読みかけた本なのでそのまま読了した。
約半世紀前に出た講談社版『世界の歴史』(全25巻)の1冊である。著者は足利尊氏の末裔で日本のイラン学の泰斗・足利惇氏(1901-1983年)である。私は高校生のとき(1965年頃)に読んだ何かの座談会でこの人の名を知った。戦前の少年時代、歴史の授業で足利尊氏が登場する前、教師に呼ばれて「君の先祖の尊氏を逆臣として語るが悪く思わないように」と言われたそうだ。記憶に残る話だった。
最近になって、その足利惇氏がイラン学の学者だったと知った。著者への興味から、イラン史勉強の一環として本書を読もうと思い、古書で入手した。足利惇氏は昭和天皇と同い年の学友で、本書が出たとき76歳だった。
本書は、アーリア民族の移動や文明の形成から、アケメネス朝ペルシア、ヘレニズム時代、アルケサス朝パルティアを経てササン朝ペルシアに至る歴史を概説している。私は2年前、本書と同じ時代と地域を扱った新書『ペルシア帝国』(青木健)を読んでいるが、その内容はほとんど蒸発している。本書を読んでいても、未知の地名や人名が頻出し、読み進めるのに時間を要した。
パルティアの王子といわれた仏教僧・安世高という人物も本書で初めて知った。弟に位を譲って出家し、後漢の洛陽に赴いて仏教経典を漢訳したそうだ。仏教がパルティアにまで広がっていたことに驚いた。
1973年にイランで建国2500年の祭典がキュロス2世(大王)の墓前で行われたという話にも驚いた。アケメネス朝のキュロス2世(大王)はマッサゲタイの女王の軍との戦いで戦死する(前530年)。その墓は、かつてアレクサンドロスも参拝したと言われている。1973年は、イラン革命前のパフラヴィー国王の時代だ。イランの建国をアケメネス朝としていたようだ。イスラムとは別のイランのナショナリズムを感じる。現在はどうなっているのだろうか。
イランがイスラムになる直前までを記述した本書は、イスラム化した後もイランの伝統は継続したと強調している。ササン朝滅亡に関しては次のように述べている。
「しかし、イラン人は、ササン王朝の滅亡と古代宗教の喪失のいかんにかかわらず、依然として存在し、古来から基本的に伝わる民族精神は死滅することなかった。そして文化の面においても、バグダードのイスラム政権下のものからしだいに離脱独立し、近代ペルシアの絢爛たる文化を開花させていった。」
『ペルシア帝国(世界の歴史 9)』(足利惇氏/講談社/1977.7)
本書を読んでいる途中でイラン旅行中止が決まったが、読みかけた本なのでそのまま読了した。
約半世紀前に出た講談社版『世界の歴史』(全25巻)の1冊である。著者は足利尊氏の末裔で日本のイラン学の泰斗・足利惇氏(1901-1983年)である。私は高校生のとき(1965年頃)に読んだ何かの座談会でこの人の名を知った。戦前の少年時代、歴史の授業で足利尊氏が登場する前、教師に呼ばれて「君の先祖の尊氏を逆臣として語るが悪く思わないように」と言われたそうだ。記憶に残る話だった。
最近になって、その足利惇氏がイラン学の学者だったと知った。著者への興味から、イラン史勉強の一環として本書を読もうと思い、古書で入手した。足利惇氏は昭和天皇と同い年の学友で、本書が出たとき76歳だった。
本書は、アーリア民族の移動や文明の形成から、アケメネス朝ペルシア、ヘレニズム時代、アルケサス朝パルティアを経てササン朝ペルシアに至る歴史を概説している。私は2年前、本書と同じ時代と地域を扱った新書『ペルシア帝国』(青木健)を読んでいるが、その内容はほとんど蒸発している。本書を読んでいても、未知の地名や人名が頻出し、読み進めるのに時間を要した。
パルティアの王子といわれた仏教僧・安世高という人物も本書で初めて知った。弟に位を譲って出家し、後漢の洛陽に赴いて仏教経典を漢訳したそうだ。仏教がパルティアにまで広がっていたことに驚いた。
1973年にイランで建国2500年の祭典がキュロス2世(大王)の墓前で行われたという話にも驚いた。アケメネス朝のキュロス2世(大王)はマッサゲタイの女王の軍との戦いで戦死する(前530年)。その墓は、かつてアレクサンドロスも参拝したと言われている。1973年は、イラン革命前のパフラヴィー国王の時代だ。イランの建国をアケメネス朝としていたようだ。イスラムとは別のイランのナショナリズムを感じる。現在はどうなっているのだろうか。
イランがイスラムになる直前までを記述した本書は、イスラム化した後もイランの伝統は継続したと強調している。ササン朝滅亡に関しては次のように述べている。
「しかし、イラン人は、ササン王朝の滅亡と古代宗教の喪失のいかんにかかわらず、依然として存在し、古来から基本的に伝わる民族精神は死滅することなかった。そして文化の面においても、バグダードのイスラム政権下のものからしだいに離脱独立し、近代ペルシアの絢爛たる文化を開花させていった。」








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