半世紀前の概説書でギリシア史の復習2018年03月10日

『世界の歴史 4 ギリシア』(村田数之亮/河出書房新社)
◎昔も今も

 先月、塩野七生の『ギリシア人の物語』全3巻を読んだ。その印象が残っている内にと思い、次のギリシア史の本を読んだ。以前から書架に眠っていた叢書の1冊だ。

 『世界の歴史 4 ギリシア』(村田数之亮/河出書房新社)

 『ギリシア人の物語』全3巻を読んだと言っても、その内容が時間とともにどんどん消えていくのは仕方ない。関連書を続けて読めば多少なりとも定着するものがあるのではと期待した。無駄な抵抗のような気がするが。

 本書が刊行されたのは1968年、ちょうど半世紀前だ。手ごろな最近の啓蒙書もあると思うが、2000年以上昔の話なのだから50年ぐらいはたいしたことはないと考えた。

 それでも、書き出しの「現代のアテネ」の記述で面食らった。「現代のアテネは、かつてのアッテカの都としてあるのではない。(…)ギリシア王国の首都であり(…)」とある。そうか、当時のギリシアは王国だったのか。調べてみると、1967年に軍事クーデターがあって反クーデターの国王は亡命、1968年から1974年までは軍事独裁政権、その後は共和政になっている。ギリシア史といえば古代のアレコレが思い浮かぶが最近半世紀もいろいろあったのだ。
 
◎今も昔も

 本書は歴史学者による古代ギリシア史の啓蒙書で図版も多い。読みやすくてわかりやすかった。

 前半の三分の一がエーゲ文明から大植民時代の話でアテネやスパルタはまだ主役ではない。

 真ん中の三分の一がペルシア戦争とペロポネソス戦争の話でアテネとスパルタが主役に躍り出る。

 後半の三分の一で語られるのは、ポリス社会の衰亡、アレクサンドロスの世界帝国とヘレニズム時代、そして世界帝国の解体からプトレマイオス朝エジプトの滅亡(クレオパトラの死)までである。

 ここで語られているのは二千数百年に及ぶギリシア文明の勃興から衰亡に至る波乱万丈の歴史である。並行して、同じ時代に存在したアケメネス朝ペルシアの興亡も語られている。さまざまな事象が発生したダイナミックな時間の流れと空間の広がりを感じた。

 紀元前の遠い昔の歴史ではあるが、それを読んでいると近現代の事象と同じだと感じることが多い。外交、同盟、国家、帝国、公共、個人、コスモポリタンなどなど人間とその集団が抱える課題は今も昔もほとんど同じに見えてきた。

 もちろん、現代の目で歴史で叙述すれば、そこに現代的課題が反映されざるを得ないということはあるだろうが。

◎パウサニアスの評価は…

 同じ事象であっても、塩野七生の『ギリシア人の物語』の描き方と異なる箇所がある。当然のことであり、それらをひとつ一つ確認するのも読書の楽しみである。

 ただ、塩野七生がかなり力を入れて好漢として描いたスパルタの将軍パウサニアスの扱いが大きく異なっているのには驚いた。

 パウサニアスはツキディディスが『戦史』で悪く描いたために評価が低いと、塩野七生がツキディディスを非難することになった人物である。塩野七生によれば、20世紀に入ってドイツの学者たちが、パウサニアス批判の根拠とされた文書(彼を裏切者であるとする文書)が偽物だと実証したそうだ。

 村田数之亮は本書でパウサニアスを「ペルシアと通じて私利をむさぼった」残念な人としている。ドイツの学者たちの実証は本書刊行の後だったのかもしれないと思い、ネット検索してみたがよくわからない。ウィキペディア(日本語)でもパウサニアスは裏切者とされていて再評価の記述はない。なぜだろうか。もう少し調べてみたい。

シチリアの歴史を手軽に勉強したいと思ったが…2018年03月07日

『シチリアの歴史』(ジャン・ユレ/幸田礼雅訳/文庫クセジュ/白水社)、『中世シチリア王国』(高山博/講談社現代新書)
◎「文庫クセジュ」はクセモノ

 ふとしたきっかけでシチリア旅行をすることになった。出発は 5月(2カ月先)、主にギリシア・ローマ時代の古跡をめぐる1週間ほどの旅行だ。シチリアは九州より小さく四国よりは大きい島だ。いまはイタリアの一部だが、かつては王国だったこともある。

 ギリシア史やローマ史の本にシチリアという地名は散見する。先日読んだ『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』(塩野七生)にもでてきたが、私はこの島の歴史は断片的にしか知らない。

 旅行の前にシチリアの歴史を手っ取り早く勉強しておこうと思い、次の本を読んだ。

 『シチリアの歴史』(ジャン・ユレ/幸田礼雅訳/文庫クセジュ/白水社)

 薄い(175頁)の新書版で手ごろな入門書と思って読み始めた。冒頭の十数頁までは普通に読み進んだが、次第にわけがわからなくなってきた。知らない地名や人名が頻出するのだ。巻頭にシチリアの地図は掲載されているが、そこにない地名もどんどん出てくる。シチリア以外の地名もたくさん出てくる。都市名か地域名か国名か判然としないことも多い。

 登場人物も多い。約170頁で旧石器時代からギリシア・ローマの時代を経てムッソリーニの時代、マフィアが活動する戦後までを概説しているのだから、しかたない。

 本書はフランスで刊行されている百科全書的な叢書「文庫クセジュ」の翻訳である。その点に感じた一抹の不安は的中した。ヨーロッパの地理や歴史の基本素養がある読者を前提にした、フランス教養人向けの歴史エッセイ風の通史なのだ。私のような断片的知識もおぼつかない日本人がついていくのは難しい。

 それでも、何とか読み通した。何やらぼんやりとした印象が残り、周辺の基本知識を習得、整理したうえで本書を再読すれば、そのウイットを楽しみながら面白く読めるだろうと感じた。

◎シチリア王国の実態にびっくり

 消化不良の読書だったので、続けて次の新書も入手して読んだ。

 『中世シチリア王国』(高山博/講談社現代新書)

 これは日本人研究者が書いた啓蒙書なので読みやすい。通史ではなく中世を扱った本だが、最初の章で古代から中世に至るまでを概説しているので、13世紀頃までのシチリア史の入門書にもなっている。

 そして、本書のメインテーマ「シチリア王国」の説明が抜群に面白い。ひとことで言えば、北フランスのノルマンジーからやって来たノルマン人が作ったこの王国は、ローマ・カソリック文化、ビザンチン(ギリシア)文化、イスラム文化の三つがモザイクのように共存した不思議な王国であり、後のヨーロッパ世界の文化に多大な影響を及ぼしているのだ。私にとっては目から鱗のびっくり読書だった。

 中世に生きた近代人と言われるフリードリッヒ二世(神聖ローマ帝国皇帝&シチリア王)は本書のエピローグに少しだけ登場する。あの皇帝の前身にこの王国があったのかと納得した。

◎周辺世界抜きには把握できないシチリア史

 『シチリアの歴史』と『中世シチリア王国』を読んで、この島の歴史にはヨーロッパの歴史の多様な要素が詰まっていると認識した。九州より狭い島なのに決して一枚岩ではなく、島内の都市は多様である。それは周辺世界の反映でもある。

 地理的条件から地中海周辺のいろろな国や民族の影響下にあるので、この島の歴史は周辺の事情抜きに語ることはできない。その周辺とはヨーロッパ、小アジア、北アフリカである。

 ということは、シチリアの歴史を把握するには西欧史全体を把握しなけらばならない、ということになってしまう。これはタイヘンなことだ。あらためて西欧の国々の歴史はゴチャゴチャと絡み合っていることを認識した。

新書大賞『バッタを倒しにアフリカへ』を読んでハッとした2018年03月04日

『バッタを倒しにアフリカへ』(前野ウルド浩太郎/光文社新書)、『蒼茫の大地、滅ぶ(上)(下)』(西村寿行/講談社文庫)
◎研究者はエライ

 新書大賞受賞の『バッタを倒しにアフリカへ』(前野ウルド浩太郎/光文社新書)を読んだ。昨年5月の刊行直後から新聞や雑誌に取り上げられていた話題の本だ。

 読み始めると一気読みになった。やはり面白い。軽妙な語り口で楽しく読めて、内容は軽くはない。勤務先が限られているポスドク研究者の試練の状況を生々しく報告し、アフリカでのフィールドワークの楽しくも苛酷な様子を臨場感たっぷりに語ってる。

 そして何よりも研究への情熱が伝わってくる。研究者はエライと感心してしまう。日本の研究環境ももう少し何とかならないのかとも感じる。著者がファーブルによって研究者の道を目指したように、本書を読んだ子供たちの中から次代の研究者が育っていくことを願う。研究者生活の厳しさにビビる子供が出てきては逆効果だが…

 私たちの子供の頃に比べて、科学者への憧れのようなものが何となく減少しているように感じるのは私だけだろうか。

 本書で驚いたのはファーブルが母国フランスでは知名度が低いという話だ。「昆虫の研究者でも10人中一人ぐらいしか知らない」そうだ。なぜ、日本とフランスで知名度が違うのだろうか。本書はその原因には言及していない。思いを巡らしているうちに、現代の日本の子供がどのくらいファーブルを知っているのか、少し気になってきた。

◎37年前に中断した読書を想起

 著者の研究テーマは「神の罰」とも呼ばれるバッタの大群「飛蝗」である。本書を読んでいて、ふいに西村寿行の小説『蒼茫の大地、滅ぶ』が出てきてハッとした。飛蝗を扱ったパニック小説である。著者は学生時代に漫画で読んでいて、原作の小説版があるとは知らなかったそうだ。私は漫画化されているとは知らなかった。

 私がハッとしたのは、遠い昔にこの小説を読みかけて中断したままだったことを思い出したからだ。引っ越しのたびに本を処分しているが、書架の奥を探してみると1981年5月発行の講談社文庫版の上下2冊が出てきた。37年前の本だ。上巻の100頁を過ぎたあたりに栞代わりの紙が挟まっていた。その紙の露出部分が色あせてヨレヨレになっていた。

 なぜ中断したかは憶えていない。つまらない本や難しい本ではなく私好みのSFっぽいエンタメなので、普通は読み通すはずだ。当時は30代前半、仕事が多忙になり通勤電車で読書する余裕もなくなったのかもしれない。考えてみれば、この文庫本が出た時、『バッタを倒しにアフリカへ』の前野氏は生まれたばかりの1歳だ。小説の存在を知らなくて当然かもしれない。

 …というわけで、37年ぶりに手にした『蒼茫の大地、滅ぶ』(上)(下)を読了した。西村寿行の動物小説ではあるが、ポリティカル・バイオレンス小説である。飛蝗パニック小説から東北独立の政治軍事小説へと移行する展開だった。西村寿行が荒唐無稽なのは当然だが、やはり昔のエンタメを読んでいる気分になる。東北地方の怨念を背景にしたこの小説を書いた西村寿行は、2011年の3.11を見ることなく2007年に76歳で没している。

 若い研究者の新書がきっかけで、遠い昔の忘れ物を拾い上げた気分になった。

『ギリシア人の物語』を面白く読んだ2018年03月01日

『ギリシア人の物語Ⅰ:民主政のはじまり』『ギリシア人の物語Ⅱ:民主政の成熟と崩壊』『ギリシア人の物語Ⅲ:新しき力』(塩野七生/新潮社)
◎塩野七生の歴史エッセイはリーダー論

 塩野七生の『ギリシア人の物語』全3巻が昨年末に完結した。『ローマ人の物語』と同様に年1冊ペースの刊行で、以前から気がかりな本だった。完結を機に3冊まとめて購入し、面白く読了した。

 『ギリシア人の物語Ⅰ:民主政のはじまり』(塩野七生/新潮社)
 『ギリシア人の物語Ⅱ:民主政の成熟と崩壊』(塩野七生/新潮社)
 『ギリシア人の物語Ⅲ:新しき力』(塩野七生/新潮社)

 第1巻はペルシア戦役、第2巻はペロポネソス戦役、第3巻はアレクサンドロス(アレキサンダー大王)を描いている。全3巻で古代ギリシアの歴史を描いているが、塩野七生の関心はあくまで人物であり、スパルタやアテネ以前のミノア文明、ミケーネ文明、線形文字解読など考古学的な話題は割愛されている。気持ちのいい割り切りである。

 全3巻を読んで「小説のように面白い」と感じた。塩野七生の歴史エッセイは歴史小説とも呼ばれているからこの感想は変だ。一般的な歴史概説書よりワクワクした気分でスラスラと読めたということだ。

 塩野七生の歴史エッセイは卓越した政治家や軍の司令官に焦点をあてた人物論であり、リーダー論である。それが現代にも通じる文明論にもなっているから面白い。

 ペルシア戦役を扱った第1巻では、都市国家連合のギリシアのペルシアへの勝因を、ペルシアの「量」で圧倒するやり方に、ギリシアは総合的な「質」を結集して対応したこととしている。そして、次のように総括している。

 「この、持てる力すべての活用を重要視する精神(スピリッツ)がペルシア戦役を機にギリシア人の心に生れ、ギリシア文明が後のヨーロッパの母胎になっていく道程を経て、ヨーロッパ精神を形成する重要な一要素になったのではないだろうか。」

 ヘェーと思いつつ、何となく納得してしまう。

◎テミトクレス、アルキビアデスと悪役たち

 本書には多くの人物が登場するが、著者が焦点を当てているのは第1巻ではテミトクレス、第2巻ではアルキビアデスである。前者はアテネ海軍を増強しサラミス海戦を勝利に導いた人物、後者は奔放な美貌の青年政治家で、二人ともかなり魅力的に描かれている。

 そんな魅力的な人物とは対照的な悪役も登場する。スパルタの5人のエフォロス(監督官)やアテネの扇動政治家たちだ。この悪役たちの視野が狭く洞察力のない小人物ぶりに読者は苛立つしかなく、それが物語を面白くもしている。

 また、名脇役のような形で歴史家のツキディディス、悲劇作家のソフォクレス、哲学者のソクラテスなどが登場するのも興味深い。彼らは軍の指揮官あるいは重装歩兵として戦役に参加しながら著作や哲学にも打ち込んでいる。そんな「文化人」たちへの著者の視線はやや醒めているように感じられる。

 第1巻ではスパルタ軍を率いて活躍したパウサニアス(少年王の後見人)も魅力的に描かれている。ペルシア戦役で大勝をあげながらもエフォロス(監督官)によって死に追いやらた人物である。パウサニアスはペルシアに内通した裏切者と見なされたのだ。その冤罪が晴れて再評価されたのは、なんと20世紀になってからだそうだ。驚くしかない。パウサニアスが長期間にわたって評価されなかったのは、パウサニアスが好きでなかったツキディディスが『戦史』で中傷に近いエピソードを紹介したからだそうだ。塩野七生はツキディディスをそう非難している。

 作家の学者への苛立ちのとばっちりに見えなくもない。

◎真打はアレクサンダー大王

 以上、第1巻と第2巻の登場人物たちは前座で、一番ぶ厚い第3巻のアレクサンドロスが本書の真打である。

 口絵には「アレクサンドロスの東征」の地図が載っている。マケドニアを出発し、現在のトルコ、シリア、エジプト、イラク、イラン、アフガニスタン、ウズベキスタンを経てインダス川の東までを覆う「東征」を太線で辿った地図である。教科書などで見ることも多い歴史地図だが、本書の地図には、アレクサンドロスがその地に到達したときの年齢が載っている。

 海峡を越えて小アジアに入ってすぐのグラニコスの会戦が21歳、大勢が決したイッソスの会戦が23歳、エジプトに赴き彼の地のアレクサンドリア建設に着手したのが24歳、バビロン入城が25歳、そこからさらに東へ北へと向かい、サマルカンドが28歳、インダス川上流が29歳、河口に下って30歳、海沿いに西に引き返しバビロンに戻り、そこで病没したのが32歳。東方世界制覇の大遠征の11年間が一望できる地図だ。

 アレクサンドロスの大帝国は一代で消滅する。つまりは一代記である。塩野七生は次のように述べている。

 「地勢から社会形態から困難多き中央アジアの制覇を成し遂げたヨーロッパ人は、先にも後にもこのアレクサンドロス一人になるのだ。(…)近現代になると、イギリス、ロシア、アメリカと、試みはしたのだが結局は撤退している。これに成功したアレクサンドロスの苦労を真に理解し、評価できるのは、あの地方に足を踏み入れたこともない歴史学者よりも、アフガニスタンやパキスタンで闘った経験のある、イギリスやロシアやアメリアの前線部隊長ではないか、と思ったりする。」

 歴史学者を挑発しているように見えなくもない。この地は今も混迷しているが。

 第3巻には不愉快な悪役は登場しない。もちろん敵役は存在するが、アレクサンドロスと愉快な仲間たちの武勇伝という趣の物語である。アレクサンドロス一行を大学探検部に例えている箇所もある。おもしろくて明るい見立てだ。

 『ギリシア人の物語』で塩野七生が述べようとしたことは、都市国家がせめぎあうギリシア世界はアレクサンドロスを生み出し、他民族を取り入れていく大帝国をめざしたアレクサンドロスこそは『ローマ人の物語』の魁だった、ということだ。それは明るいビジョンとして語られている。

西部邁の自死はズシンときいてくる2018年02月11日

『ファシスタたらんとした者』(西部邁/中央公論新社)、『保守の真髄:老酔狂で語る文明の紊乱』(西部邁/講談社現代新書0)
 西部邁の自死から3週間以上が経過した。時間の経過とともに、私があの自死にかなりの衝撃を受けていると自覚した。

 自ら予告し続けた自死であり、己の論理あるいは哲学にかなった「合理的」とも言える自死だが、そんな自死を実行できる人が多いとは思えない。明晰なのに釈然としない。私たちが自分の将来(老残)を考えるとき、西部邁の影がチラチラしそうな予感がする。

   このブログに書いたように、西部邁自死の直後に『ソシオ・エコノミクス』と『寓喩としての人生』をひもといてはみたものの、この20年ばかりは彼の新著は読んでいなかった。ネットで検索すると、持続的にかなりの著作をものしている。この1年でも次の2冊を刊行している。

 『ファシスタたらんとした者』(中央公論新社/2017.6.10)
 『保守の真髄:老酔狂で語る文明の紊乱』(講談社現代新書/2017.12.20)

 自身の思想遍歴を述べた『ファシスタたらんとした者』は『寓喩としての人生』とかぶる部分も多いが、その後の約20年も含まれていて言葉の芸もあり一気に読めた。やや批判的に江藤淳や三島由紀夫の自死も論じている。三島を論じるのは、自分が自死を決めたということだとも述べている。

 『保守の真髄』は語り下ろしの新書で、あの粘着質で嫋嫋かつ朗朗とした理屈っぽいおしゃべりを延延と聞かされている気分になる。自身の見解と思想の概略だけでも語り尽くそうという執念を感じる。難解な部分も多い。十全には理解できず、賛同しがたい見解もあるがトータルの雰囲気は納得できる。

 2冊とも自死の必然性に言及していて、死の影が色濃く漂っている。だが、死ぬ死ぬと自分を自死に追い込んでいるようには感じられない。自分のことは自分で決めると坦々と自死を予告しているだけだ。

 西部邁は、自身を大多数からは理解されない真正保守と位置づけ、自身が奇矯な人物と見なされているように述べている。確かに一見奇矯に見える発言もあるが、実は極めて常識的・合理的でまっとうな考えの人に思える。個人と公共のバランス重視、 民主政が衆愚政治に陥る危険、熱狂への警戒、近代合理主義批判、人間の全体性回復などは非常識ではなく常識である。ただし、論理の究極が逆説に漂着することもあり得る。

 西部邁が私のような一般人と異なっているのは、妙に頭がよすぎるところだ。理数的な理解力をベースに社会科学全般を渉猟し、どの学問もが半端なものだと見抜き、それらを統合する大思想を紡ぎたいと夢見たようだ。壮大な視点からは、人が安易には操作できるはずもない社会の複雑さを理解しようとしない大多数の人間が愚か者に見えたのだろう。

 『保守の真髄』のオビには「大思想家・ニシベ」とある。漢字でなくカタカナになっているのが愛嬌で、多少の悲哀も感じる。

 それにしても、この本の最終章「人工死に瀕するほかない状況で病院死と自裁死のいずれをとるか」は身につまされた。

歴史を理系の視点で考察した板倉聖宣氏が逝去2018年02月10日

訃報記事、『日本史再発見:理系の視点から』(板倉聖宣/朝日新聞社/1993年)、同書掲載の図表
 本日(2018年2月10日)の朝日新聞朝刊に科学教育の板倉聖宣氏の訃報が載っていた。87歳の老衰死とある。扱いがちょっと小さいなと思った。

 仮説実験授業法の提唱者で『ぼくらはガリレオ』をはじめ多くの著作がある人だ。私は教育とは無縁だが板倉聖宣氏のファンだった。約30年前、偶然に京王線の電車内で板倉聖宣氏と言葉を交わしたこともあり、その経緯は4年前のブログに書いた。

 訃報に接して驚いたのは、ほんの2週間ほど前、板倉聖宣氏の消息が気になってネット検索し、Wikipediaで氏のご存命を確認したばかりだったからだ。

 なぜ気になったのか。それは大河ドラマ『西郷どん!』のせいである。第1回と2回は全部観たが、それ以降は録画したものを早送りで観ただけだ。陳腐な作りが目につき、いまのところあまり興味がわかない。

 その『西郷どん!』の中で、百姓たちは白米など食べたことがないという表現があり、引っかかった。板倉聖宣氏が『歴史の見方考え方』(仮説社/1986年)で、統計データに基づいて「江戸時代の農民がもっとも多く食べていたのは米」と指摘していたからだ。同様の指摘を示す図表が『日本史再発見:理系の視点から』(朝日新聞社/1993年)にも掲載されている。

 単純化して言えば、当時の主食物生産量の約6割は米であり、人口比の少ない武士と町人だけで食べきれる量ではなく、多くの農民は主に米を食べていたと考えざるを得ない、ということである。

 わかりやすい説なので納得できた。そんな記憶があったので『西郷どん!』の「白米を食べたことがない百姓たち」が気になったのだ。武士が食べきれなかった米を薩摩ではすべて焼酎にしたとも思えない。大河ドラマはフィクションとは言え学者が時代考証をしていると考えられる。歴史学者たちが板倉聖宣氏の説をどう評価しているのかが気になり、ネットを検索してみた。私の調べ方が悪いのか、何もわからなっかた。詳しい方にご教示いただければうれしい。

 そんなわけで板倉聖宣氏の消息を検索し、その直後に訃報に接した。合掌。

『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』で塩野七生ワールドの愉楽を味わう2018年02月08日

『皇帝フリードリッヒ二世の生涯(上)(下)』(塩野七生/新潮社)
◎中世モノと言えばこの本もあった

 昨年末から中世の本をいくつか読んでいて、未読本に積んであったこの本を思い出した。

 『皇帝フリードリッヒ二世の生涯(上)(下)』(塩野七生/新潮社)

 刊行時(2013年12月)に購入し、いずれ読もうと思いつつ放置していた。最近読んだ『中世の風景(上)(下)』(中公新書)の終盤で樺山紘一がフリードリッヒ二世に言及していたので本書を想起した。

 読み始めると引き込まれ、ハードカバーの上下2巻を二日で一気読みした。やはり、塩野七生の歴史エッセイは面白い。『ローマ人の物語』(文庫本で43冊)、『海の都の物語』(文庫本で6冊)を読了したのは7年前で、久々に塩野七生ワールドの愉楽を味わった。

 塩野七生は女・司馬遼太郎のようでありながら別種の魅力もある。女性目線の歯切れのいい人物論・男性論・リーダー論は妙に説得的で教訓的だ。小説仕立てではないのに歴史上の人物が生き生きと身近に感じられ、塩野七生の眼鏡にかなったイイ男(主人公)に読者も感情移入されてしまう。

 フリードリッヒ二世はヨーロッパ中世後期に活躍した神聖ローマ帝国皇帝で、1194年に生まれて1250年に没している。日本なら鎌倉時代の人で、3代将軍源実朝より2歳若い。ヒトラーが敬愛した18世紀プロセンのフリードリッヒ二世(大王)とは別人で、高校世界史の教科書にはあまり登場しない。だが、歴史上の重要人物なのは間違いない。

 私がフリードリッヒ二世を知ったのは、かなり前に『神聖ローマ帝国』(菊池良生/講談社現代新書)を読んだときで、とても印象深い魅力的人物だと思った。今回、『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』読み、あらためてこの開明的人物に惹かれた。

◎「笑うしかない」が伝染する歴史エッセイ

 塩野七生はフリードリッヒ二世を「中世に生きながらも200年後のルネサンスに向かう扉を開いた人」と位置付けている。早熟の天才で、中世に生きた近代人だったのだ。早く生まれすぎたにもかかわらず、時代とのおりあいをつけることもでき、ローマ法王との対立を繰り返しながらヨーロッパ随一の皇帝として生涯を全うしている。たいしたものだ。

 本書が面白いのは、主人公に対抗するローマ法王たちがいかにも悪役らしい悪役になっている点だ。塩野七生の「聖職者嫌い」「学者嫌い」が反映されているというより、史料をベースに歴史を組み立ててみると、こんな見方にならざるを得ないと述べているように見える。

 ローマ法王の「法王が太陽で、皇帝は月」という考えに対してフリードリッヒ二世は「神のものは神に、皇帝のものは皇帝に」というイエスの教えで対抗したという見立ては簡明でわかりやすい。フリードリッヒ二世の目指していたものは「政教分離」「法治国家」だという整理も明解だ。こんな歯切れのよさが塩野七生の歴史エッセイの魅力の一つだ。

 それと、今回気づいたのは「笑うしかない」「笑ってしまう」というフレーズが多いことだ。「呆れ返るしかない」も目についた。フリードリッヒ二世や法王たちの言動をたどりながら、著者は笑ったり呆れたりして歴史を楽しんでいる。それが読者に伝染してくるから塩野七生の歴史エッセイは面白い。

 菊池良生の『神聖ローマ帝国』もフリードリッヒ二世を魅力的に描いていて、その中に「当代随一のニヒリスト」と形容している箇所がある。だが、塩野七生はフリードリッヒ二世をニヒリストとは見ていないようだ。死の床で「死ねば何もない」と言ったという年代記作者の説を否定し、「死ねば何もない」などとは思っていなかったのではないか、と述べている。作者の主人公への愛情を感じた。

◎19世紀になって評価され始めた人物

 本書を読了して、ギボンの『ローマ帝国衰亡史』でフリードリッヒ二世への言及があったかどうか気になった。かなり以前に読んでいるが記憶にない。

 あの長大な史書の後半は、西ローマ帝国滅亡の後、東ローマ帝国が滅亡する15世紀までのヨーロッパ・中東の歴史を描いている。その中にフリードリッヒ二世の時代も含まれる。18世紀啓蒙思想の人だったギボンはキリスト教にも辛辣だった。ギボンが法王と皇帝との対立をどう描いているのだろうかとページを繰ってみた。フリードリッヒ二世という人名が一カ所だけ出てくるが事績への言及はなく、無視に近い。

 調べてみると、法王と対立したフリードリッヒ二世は、後世の教会史研究者たちに「専制的で放縦な無信仰者」と批判されたせいか、あまり評価されてこなかったようだ。19世紀になって歴史家ブルクハルトがフリードリッヒ二世を「王座上の最初の近代人」と評してから注目されはじめたのだ。18世紀のギボンがフリードリッヒ二世に着目しなかった事情がわかった。

 歴史上の人物の評価の変遷は面白い。

座談会『中世の風景(上)(下)』は手ごわかった2018年02月04日

『中世の風景(上)(下)』(阿部謹也・網野善彦・石井進・樺山紘一/中公新書)
 蒙古襲来前後の日本の中世の本を数冊読んだのを機に、この時代の概説書をもう少し読んでみようと思い、次の新書を古書で入手した。

 『中世の風景(上)(下)』(阿部謹也・網野善彦・石井進・樺山紘一/中公新書)

 30年以上前の1981年刊行の新書である。ある記事で本書が著名な日本中世の研究者(網野善彦、石井進)と西洋中世研究者(阿部謹也、樺山紘一)の座談会をまとめたものと知り、興味をもった。阿部謹也の『ハーメルンの笛吹き男』は数年前に面白く読んだ。網野善彦の『無縁・公界・楽』『蒙古襲来』は先月読んだばかりだ。石井進、樺山紘一の著書を読んだことはないが、よく目にする名で記事をいくつか読んでいる。

 門外漢の私でも知っているこの4人の名を見て「豪華メンバー」どだと思った。あまりに専門的な本は敬遠だが、座談会なら読みやすそうだ。『中世の風景』というタイトルも親しみやすくていい。私には手ごろな新書に思えた。

 読み始めてすぐ、大きな勘違いをしていたことに気づいた。難しいのだ。座談会なので「歴史よもやま話」とか「碩学に聞く」といった雰囲気を想定していたが、そんな一般人向けの啓蒙概説書ではなかった。

 考えてみれば、啓蒙的な座談会や対談は、その分野の専門家でない司会者や対談相手(形式的には一般読者に近い立場の人)が専門家からその研究分野の話を聞き出すという形になる。ところが、本書の座談会の参加者は全員が第一線の研究者であり、素人の司会者はいない。その研究分野は日本中世史、西洋中世史と微妙に異なっている。ということは、研究者同士がそれぞれの研究成果をもちよって侃々諤々の議論を展開することになるのは当然だ。研究者や史学科の学生には興味深い内容だろうが、門外漢の素人がこの豪華メンバーの議論についていくのは大変である。

 ついていくのが難しい内容だと気づきギブアップしようとも思ったが、理解できなくて当然と居直って読み進めた。中身をきちんと理解できなくても興味深い話題もあり、議論の雰囲気がなんとなくわかればよしとした。話し言葉の節々に研究者たちの本音に近い事情を垣間見た気にもなった。

 本書は上下2巻で10のテーマが取り上げられ、それぞれのテーマごとに一人が研究報告的な問題提起をし、それを4人で議論する形になっている。テーマと冒頭の発言者は次の通りだ。

 1. 海・山・川(石井進)
 2. 職人(網野善彦)
 3. 馬(阿部謹也)
 4. 都市(樺山紘一)
 5. 音と時(阿部謹也)
 6. 農業(樺山紘一)
 7. 売買・所有と法・裁判(石井進)
 8. 家(網野善彦)
 9. 自由(網野善彦)
 10. 異端(樺山紘一)

 歴史の本にしてはやや異様にも感じられる内容だが、「社会史」という方法の研究テーマはこんな具合になるようだ。興味深い切り口ではある。

 座談会の中で研究者たちが面白がっていても、その面白さが素人の読者にはわからないという場面も多かった。だが、馬の鐙、鞍、蹄鉄がもたらした社会変化の話などはわかりやすくて面白かった。網野善彦の水田中心史観批判や樺山紘一の異端論なども興味深かった。

 本書の何か所かで『無縁・公界・楽』が論議の材料となっていて、そのインパクトを見たように思えた。

 日本の中世と西洋の中世に意外に多くの共通点があり、その時代に社会の大きな変革があったことを知ったのは収穫だった。だが、その社会変革の内容を十分には理解できたわけではない。

 研究者たちの侃々諤々を聞いていると、その該博とディティールへのこだわりに感心し、敬して遠ざかりたいと思ってしまう。同時に、自分も多少は勉強せねばという気分にもなる。本書を読み返して中世の社会変革の内容を勉強すべきか…

唐十郎作『秘密の花園』観劇で己の記憶への不信が高まった2018年01月30日

 東京芸術劇場シアターイーストで上演中の唐十郎作品『秘密の花園』(演出:福原充則、出演:寺島しのぶ、柄本佑、田口トモロヲ、他)を観た。久しぶりに唐十郎の夢幻的迷宮世界の彷徨を堪能した。

 同時に、わが記憶の迷妄曖昧を思い知った。またもや記憶のねつ造を認識させられたのだ。

 私は1960年代後半から70年代にかけて唐十郎の芝居をかなり観ている。その大半は唐十郎ひきいる状況劇場の紅テントの芝居だが、他の演出家による一般劇場の舞台も観ている。蜷川幸雄演出、沢田研二主演の『滝の白糸』などは印象深い。

 だが、今回『秘密の花園』のチケットを購入したのは、懐かしき往年の芝居を再度観たいと思ったからではなく、この作品が未見だったからである。新聞記事で『秘密の花園』が本多劇場の柿落としで上演された芝居だとあるのを読んで変だなと思った。

 私は本多劇場の柿落としを観た記憶がはっきりあり、それは唐十郎作『下谷万年町物語』だった。だから、新聞記事は間違いだと思った。近ごろの若い記者はいいかげんだなとも思った。

 そんな気分で池袋の芸術劇場に赴き、初見のつもりで『秘密の花園』を観劇した。途中、かすかにデジャブを感じるシーンもあったが、唐十郎の舞台をいくつも観ているので似た印象の場面があるのは当然だと思った。

 終演後も初見気分は持続していたが、やがて、己の記憶への疑惑がわいてきた。自分はかつて『秘密の花園』を観ているのではないかとの思いが生じたのだ。ネットで検索してみると、確かに本多劇場の柿落としは『秘密の花園』だ。そして、今回、田口トモロヲが演じた役が清水紘治だったと知り、清水紘治がラジカセを担いで登場するシーンがありありと思い浮かんできた。私は『秘密の花園』の初演を観ていると確信せざる得なくなった。

 かつて見た芝居を再度観てもそれに気づかなかったのは、記憶の消滅であり、書籍や映画では日常的に発生する事象なので驚くにはあたらない。だが、今回の観劇は自分に確信があったぶんだけショックが大きかった。

 ネット検索で調べてみると『下谷万年町物語』は『秘密の花園』初演(1982年)の前年に西武劇場(後のパルコ劇場)で上演されている。記憶の中でこの二つが融合したようだ。まことにわが記憶はあてにならない。

 今回の観劇では寺島しのぶが往年の李礼仙にそっくりなのに驚いた。デジャブを感じた。だが『秘密の花園』初演の主役は李礼仙ではなく緑魔子だと判明し、わがデジャブがいささか混乱した。

蒙古襲来の頃、マルコ・ポーロは元にいた2018年01月28日

『マルコ・ポーロ 東方見聞録』(月村辰雄・久保田勝訳/岩波書店)
 日本を「黄金の国」と紹介したマルコ・ポーロの『東方見聞録』の名は小学生の頃から知っていたが、その後の半世紀以上の人生で、この高名な書を読んでみたいと思ったことはなかった。にもかかわらず、先日読んでしまった。気まぐれ人生の一寸先は闇だ。

 『東方見聞録』を読む気になったのは、小学館版『日本の歴史』の『蒙古襲来』(網野善彦)と中公版『日本の歴史』の『蒙古襲来』(黒田俊雄)を続けて読み、その両方にマルコ・ポーロの『東方見聞録』に関する記述があったからだ。

 『東方見聞録』が元寇に言及していると知り、ギボンの『ローマ帝国衰亡史』を読んでいて元寇に関する記述に遭遇してささやかな感動を覚えた気分を思い出し、『東方見聞録』への興味がわいた。

 私が読んだのは次の版だ。

 『マルコ・ポーロ 東方見聞録』(月村辰雄・久保田勝訳/岩波書店)

 ヴェネツィアの商人マルコ・ポーロ(1254年~1324年)は17歳のとき父・叔父に連れられて東方へ旅立ち、元の大都(北京)でクビライ・カーンの行政官を務めたりして、41歳になって帰国する。文永の役(1274年)、弘安の役(1281年)の時代に東アジアに在住していた鎌倉時代末期の人である。

 『東方見聞録』は帰国後にルスティッケロという著述家がマルコ・ポーロの話を文章化したもので、当時は写本の時代なのでいろいろな版が伝えられている。私の読んだ岩波書店版は原本に近い版の翻訳だそうだ。

 マルコ・ポーロに関しては、元の大都まで行ってないとか、マルコ・ポーロは実在しないなどの見解もあり、『東方見聞録』には謎が多い。だが、この本がコロンブスをはじめ後の西洋人に多大な影響を与えたのは間違いない。

 本書には信じがたい奇跡や魔法の話も多く、かなり話を盛っている。マルコ・ポーロの個人的体験談や感想は少なく、情報を収集した地誌に近い。ユーラシア大陸全体からアフリカ東岸にいたるまでの数多くの地名が出てくるのには驚いた。訪問はしていないと明記しているのは日本とマダカスカルぐらいで、他の地域をすべて踏破しているとすれば大旅行である。

 マルコ・ポーロがビルマのパガンも訪れているのには感激した。私は遺跡群の町パガンに2回行ったことがあり、多くの寺院遺跡を残したパガン王朝が滅びたのが鎌倉時代末期だと聞いていた。だから、本書のパガンの件りは期待しながら読んだ。しかし、通り一遍の簡単な記述で終わっていた。がっかりである。

 『東方見聞録』全体を読んで、いちばん魅力的に見える地域は日本である。宮殿の屋根も床も純金で、大量の宝石(真珠のことらしい)を産すると書いてある。クビライ・カーンが日本征服を企てたのは、その富が目当てだったとある。本書を読んで日本を目指す冒険家が出てくるのは当然だと思える。

 元寇に関する記述は全般に史実離れしていて、ほとんどフィクションだ。また、次のような記述もある

 「この島(サパング=日本)の住民もインド(東南アジアのことか?)のすべての島々の住民も、敵を捕虜としてその身代金が支払われない時には、捕虜を捕まえた者は友人や親類を集め、皆で捕虜を殺し、その肉を焼いて食べてしまう。そして、これが世界で最高の味の肉だといっている。」

 日本人は人食い人種になっている。しかも、日本に関する記述の直前に前書きの形で「それらは驚くべき事柄であるが、嘘の一つも混じらぬ真実の話である」との念押しまである。常套句かもしれないが、これを信じた人も少なくはなかっただろう。

 いずれにしても『東方見聞録』は『驚異の書』と呼ばれるにふさわしい奇書だと確認できた。