石垣島の空港で新聞を買う --- 八重山諸島観光(3)2017年02月16日

 大都市圏に住んでいると新聞と言えば朝日、毎日、読売、日経などの全国紙がメインに見えるが、地方都市に行けばブロック紙や県紙など地方紙の方が普及率が高く全国紙は従属的な存在になる。

 それでも、全国紙は「全国」紙というぐらいだから、地方でも購読できる。だが、離島だと配達が困難になる。だから、那覇市のコンビ二では朝日、毎日、読売は入手できない。2008年から現地印刷している日経は置いてある。

 沖縄のメインは沖縄タイムスと琉球新報だ。この2紙は部数もほぼ同じ沖縄の二大紙で、私は那覇に行ったときはこの2紙を毎朝交互にコンビニで購入する。朝、新聞に目を通すという習慣が身についた世代の性だ。

 今回、石垣島を訪れ、ホテルのロビーに沖縄タイムスも琉球新報もないことに気づいた。置いてあるのは八重山毎日新聞と八重山日報の二紙だった。石垣島が沖縄本島からはるかに離れた離島(離島の離島)であることを再認識した。石垣島に住んでいる人(約48,000人)にとっては朝日、毎日、読売などの全国紙はおろか沖縄タイムス、琉球新報などの地方紙も入手が難しく、購読できるのは地域紙と呼ばれる現地印刷の新聞だけなのだ。

 歌人の俵万智さんは東日本大震災の後、息子と二人で石垣島に移住し昨年まで石垣島で暮らしていた。以前、俵万智さんが日経新聞に石垣島の生活に関するエッセイを連載しているのを読み、日経なら沖縄の人も読んでいるだろうと感じていた。だが、俵さんの周囲の石垣島に住んでいる人たちは日経新聞も読むことができなかったのだと、いまになって気づいた。

 石垣島を出発するとき、空港の売店で八重山毎日新聞を購入した。八重山日報は置いていなかった。八重山日報は沖縄で唯一とも言われる保守系論調の新聞だ。ネットで調べると八重山毎日新聞(全国紙の毎日新聞とは無関係)の発行部数は16,000部、八重山日報は6,000部だそうだ。

 八重山毎日新聞には地元ニュースだけが載っているのではない。通信社から配信を受けているであろう海外や全国のニュースも載っているし、テレビ・ラジオの番組表も載っている。

 もちろん離島でもテレビは映るのでニュースは入手できる。離島を訪れて、あらためて電波メディアと紙媒体の大きな違いについて考えさせられた。

竹富島は美しい観光地だが --- 八重山諸島観光(2)2017年02月16日

 八重山諸島観光で最も楽しみにしていたのは竹富島だった。私がこの島の名を知ったのは1973年、社会人になったばかりの頃だ。その頃担当したPR紙の仕事の関係で、編集スタッフがモデル撮影してきた竹富島のビーチの写真を見て、なんと綺麗な海だろうと息をのんだ。

 当時は沖縄返還の直後で、まだ海外旅行も経験していなかった私にとって、沖縄のさらに果てにある竹富島は、はるか彼方の遠い島だった。いつかは行ってみたいと憧れた。

 その後も竹富島の写真を見る機会は何度かあり、そのたびにその美しさに魅了され、いつしか私の頭の中で理想郷のような存在になっていた。行きたいと夢想してから40年以上の時間が経過し、ついに竹富島に足を踏み入れた。

 実は今回、竹富島を訪問するにあたり、楽しみにしつつも竹富島の実景は私の頭の中のイメージとは異なっていて期待外れになるのではとの予感もあった。この島が頭の中に住みついてからあまりにも時間が経ちすぎているからだ。その予感は的中した。上陸した島は私が夢想していた憧れの世界とは異なる単なる観光地だった。竹富島が美しくないわけではないが、私がこの40年間に観てきた数多の光景と比べて特別に美しいとは言い難い。

 若い頃に夢見たものの実態がさほどのものでなかった、というありふれた体験を確認する訪問であった。

西表島でベトナム戦争映画を想起 --- 八重山諸島観光(1)2017年02月16日

 八重山諸島の石垣島、西表島(いりおもてじま)、竹富島を駆け足で巡る観光旅行に行った。沖縄本島には何度も行っているが離島は初めてだ。

 今回の訪問地では西表島が最も印象深かった。沖縄県では本島に次ぐ面積の島だが、その大半はジャングルなので人口は2千人ほど。石垣島から高速船で40分で行ける。

 西表島の大原港から観光バスに乗ると、運転手兼ガイドが「手前に見えますのが信号機です」と言った。何かの冗談かと思ったが、それは日本最南端の信号機だった。西表島で唯一の信号機で、本来はなくてもかまわないが、子供の教育のために設置しているとのことだ。真偽のほどは定かでないが、特別な信号機に見えてきた。

 バス観光の後、日本最大のマングローブの川を遡る観光船に乗った。その船の操縦士兼ガイドがバスの運転手兼ガイドと同じ人だったのには驚いた。一人で四役をこなしているのだ。

 沖縄返還以前のベトナム戦争の頃、米軍はこの地で大規模な演習をしていたそうだ。西表島がベトナムの地形に似ているからだ。そう言われてみると、西表島の風景が映画『プラトーン』や『地獄の黙示録』の光景と重なり、遠い地に来た気分になった。

近松門左衛門に後ろめたさを感じつつ文楽を観た2017年02月08日

  昨日、国立劇場で文楽公演『近松名作集』を観た。午前11時開演で終演は午後7時52分、約9時間の長丁場だった。この公演、3部に分かれていてチケットは別々だから続けて全部観る必要はない。だが、思い切って同じ日のチケットを3枚購入した。3本とも観たい演目であり、自分が9時間の観劇に耐えられるか体力試し気分で購入したのだ。

 そして、昼食も夕食も劇場売店で買った弁当をロビーで食すという1日を過ごした。意気込んだほどにキツくはなく、腰も痛くならなかった。傍から見ればたいしたことではなかろうが、私はささやかな達成感を得た。

 文楽を観るのは昨年末の『仮名手本忠臣蔵』に続いて2回目に過ぎないが、退屈することなく堪能でき、今やいっぱしの人形浄瑠璃ファンになった気分だ。

 演目は近松門左衛門の『平家女護島』『曾根崎心中』『冥途の飛脚』の3本、どれもタイトルを知っているだけの演目だ。かねがね、近松門左衛門には後ろめたさを感じている。日本のシェイクスピアと言われるほどに高名な劇作家で、子供の頃から名前は知っているのに、その作品をほとんど読んでいない、いや読めていないからだ。近松門左衛門より昔のシェイクスピアの戯曲は翻訳のおかげでいくつも読んでいるのに、日本のシェイクスピアの作品を読むことができない。おかしなことだが仕方がない。

 ずいぶん昔、野田秀樹の『野田版国性爺合戦』という芝居を観たとき、原作も読もうと『新潮日本古典集成/近松門左衛門集』を購入した。5本の浄瑠璃が収録されていて、近世の古文なら何とかなると思ったが、読み通すのが苦痛で途中で投げてしまった。そんなこともあり、近松門左衛門には申し訳ない気持ちがある。

 ということで、人形浄瑠璃の『近松名作集』を観劇して近松門左衛門に再びアプローチしようと思った。観劇に先だって『名作歌舞伎全集第1巻』収録の『平家女護島』『曾根崎心中』『恋飛脚大和往来(冥途の飛脚)』を読んだ。歌舞伎台本は浄瑠璃とは異なる部分もあり、浄瑠璃よりは読みやすい。だが、どの台本もいまひとつピンと来なかった。面白さのポイントがつかめなかったのだ。

 そして、人形浄瑠璃の実演を観て、やっと面白さがわかった。やはり、舞台を観なけらば芝居はわからない。台本だけで舞台を想像するのは簡単ではない。3本の中では『曾根崎心中』がいちばん迫力がある。あざとさも感じるが、元禄の世に大ヒットしたのが納得できた。

 今回上演の『曾根崎心中』のラストの語りは以下の通りだ。

 「南無阿弥陀仏を迎へにて、あはれこの世の暇乞ひ。長き夢路を曾根崎の、森の雫と散りにけり」

 これが『名作歌舞伎全集第1巻』では次のように変わっている。

 「誰が告ぐるとは曾根崎の森の下風音に聞え、とり伝へ貴賤群衆の回向の種、未来成仏疑ひなき、恋の手本となりにけり」

 歌舞伎になるときに変わったのだろうと思った。だが『新潮日本古典集成/近松門左衛門集』収録の浄瑠璃は歌舞伎台本と同じだった。ちょっと不思議だ。

 いずれにしても、これを機に『新潮日本古典集成/近松門左衛門集』の名文に再チャレンジしようかという気になった。

『アウシュヴィッツを志願した男』は不条理小説のようなノンフィクション2017年02月07日

『アウシュヴィッツを志願した男:ポーランド軍大尉、ヴィトルト・ピレツキは三度死ぬ』(小林公二/講談社)
 ポーランドのピレツキ大尉という人物は未知の人だった。先日読んだ小説『また、桜の国で』にちょっとだけ名前が出てくる。そのピレツキ大尉に関する次の本が面白いと聞き、読んでみた。

 『アウシュヴィッツを志願した男:ポーランド軍大尉、ヴィトルト・ピレツキは三度死ぬ』(小林公二/講談社)

 確かに面白いノンフィクションだ。一気に読んだ。この本、タイトルもサブタイトルも長い。内容を伝えたいという意気込みはわかるが、もう少しコンパクトで適切なタイトルがなっかったかと思う。「三度死ぬ」という惹句は気合の入れすぎでかえってわかりにくい。

 ピレツキ太尉は「三度死ぬ」と呼びたくなる数奇な運命を辿ったポーランド軍人で、勇敢で志の高い人物だったようだ。その数奇な運命は以下の通りだ。

 1939年9月、ナチス・ドイツがポーランドに侵攻して第二次世界大戦が勃発、ポーランド全土をナチスが占領し、ポーランド政府はフランス(後にイギリス)に亡命する。その時、38歳の騎兵少尉ピレツキはAK(国内軍)としてワルシャワで地下活動に従事する。

 1940年6月、ナチスはポーランド砲兵宿舎を強制収容所に改造しアウシュヴィッツと名付ける。そこにはユダヤ人やポーランド兵が収容された。ピレツキは収容所の実態を調査し収容所内に地下組織を作るため、自ら志願して囚人としてアウシュヴィッツに潜入、収容所内から独自のルートで報告書を発信する。彼がアウシュヴィッツにいたのは1940年9月から1943年4月までの948日、最後は身に危険が迫ったと察知し二人の仲間と共に脱走する。

 アウシュヴィッツを脱出したピレツキはワルシャワに戻りAKの大尉となり、再び地下活動に従事し、1944年8月のワルシャワ蜂起に参戦する。ワルシャワ蜂起は失敗に終わり、ピレツキは逮捕されドイツの収容所に入れられるが、ベルリン陥落によって解放される。

 ピレツキがドイツで自由の身になった頃、祖国ポーランドはソ連赤軍によって「解放」され、イギリスにあった亡命政府ではなくソ連の影響下にある社会主義者による政権が誕生し、AKは非合法化されていた。ピレツキは社会主義政権を抑圧者とみなし、祖国に潜入し諜報活動を開始するが、逮捕され、拷問による尋問を受ける。

 このとき、面会に来た妻にピレツキが呟いた次の言葉がすごい。

 「ここでの拷問に比べれば、アウシュヴィッツなど子供の遊びだ」

 ピレツキを拷問で取り調べたポーランド軍人はナチス占領時代を共産主義者として生き抜いたユダヤ人だった。

 そして、かつては同志だった人々による裁判でピレツキは死刑を宣告され、1948年5月、極秘裏に銃殺される。

 ピレツキの家族(妻と息子、娘)がピレツキの処刑を知ったのは40年以上が経過した1989年で、1990年にはピレツキは名誉回復される。その後、切手になったり、多くの学校にピレツキの名が冠されたりしているそうだ。
 
 本書はそんな有為転変のノンフィクションだから面白くないわけがない。ヒトラーも怖いが、スターリンはそれ以上に怖い。そんな気分になる。だが、そんな単純発想だけで片付けてはいけないだろう。英米も十分にずるいし、ポーランド亡命政府やAKが正義とも言い切れない。さまざまな立場の人や組織がそれぞれ己の条理を通そうとしていて、その絡み合いが人々に不条理を課している。

 ポーランドの現代史は、人の世の不条理の教科書のように見える。

台湾の歴史と現状がこんなに「面白い」とは…2017年02月03日

『台湾:四百年の歴史と展望』(伊藤潔/中公新書)、『台湾とは何か』(野嶋剛/ちくま新書)
◎新書2冊で台湾入門

 私の亡母は日本統治下の台湾生まれで、小学低学年まで台湾で過ごしたそうだ。子供の頃、母や祖母から台湾の話を聞かされた記憶はあるが、台湾への関心が高まったわけではない。高校日本史と新聞ナナメ読みで得た断片的な知識しかない。

 ふと、自分が台湾についてあまり知らないことに気づき、台湾について少し勉強しようと思いたち、次の2冊の新書を読んだ。

 『台湾:四百年の歴史と展望』(伊藤潔/中公新書)
 『台湾とは何か』(野嶋剛/ちくま新書)

 この2冊、どちらも抜群に面白い。日本の隣、沖縄のすぐ先にこんなにも興味深い「国」が存在しているのに、今までその「面白さ」に気づかなかった。

◎中国や日本との絡む宿命

 『台湾:四百年の歴史と展望』は20年以上前の1993年8月初版で、私の読んだのは2016年9月の22版、ロングセラーだ。著者は台湾で生まれて日本に帰化した歴史学者、本書は16世紀の大航海時代から李登輝による民主化進展までの台湾の歴史を記述している。

 台湾の歴史が興味深いのは、それがひとつの島国の歴史ではなく、隣接する中国や日本と絡んだ複雑な様相を呈するからだ。

 中国の王朝が明から清に替わる頃の台湾の状況が、第二次世界大戦終結後、毛沢東に敗れた蒋介石が中華民国ごと逃げ込んできたときの様子と重なり、似たようなことがくり返されるこの島の宿命を感じた。

 日本の敗戦で日本統治が終わってから後の台湾の歴史は圧巻だ。一通りのことは知っているつもりだったが、こんなにもいろいろな事象が絡み合っていたとは知らなかった。その歴史を「面白い」と言うのは不謹慎かもしれない。大変だったと言うべきか。

 本書の「あとがき」で著者は次のように記述している。

 「小著は12章からなり、「終章」はない。台湾を故郷とする私の願いを込めてのことであり、台湾が永遠にこの地球に在りつづけることを、心から希求してやまないからである。」

 台湾ならではの切実なメッセージだ。

◎台湾の玄妙な現状が把握できる『台湾とは何か』

 『台湾:四百年の歴史と展望』の記述は、李登輝が登場して民主化が進む1990年代の初めで終わっている。その後の台湾の状況を描いたのが2016年5月刊行の『台湾とは何か』だ。著者は元朝日新聞記者で、台北支局長も務めた台湾通だ。

 蒋介石の息子・蒋経国の死去によって1988年に総統になった李登輝は、1996年には初の総統直接選挙を実施して総統に当選し、2000年まで総統を務める。その後の総統は、陳水扁(民進党)が8年、馬英九(国民党)が8年、2016年からは蔡英文(民進党)と政権交代をくり返している。

 本書は台湾の現代史をふり返りつつ台湾の現状を中国・日本との絡みを交えて詳しくレポートしている。台湾の民主化進展と中国の経済発展、そして必然的な世代交代によって台湾の状況が昔とは大きく変化している。だが、将来展望はあくまで「現状維持」というのが微妙だ。台湾に住む人のアイデンティティの分析も興味深い。「例外」と「虚構」を現実とせざるを得ない事情は何とも不思議で複雑で玄妙な現実である。

 『台湾:四百年の歴史と展望』とは異なり『台湾とは何か』には「終章」がある。そのタイトルは「日本は台湾とどう向き合うべきか」だ。著者が本書で告発しているのは、日本人の多くが台湾に関して「思考停止」になっている点だ。私自身にも思い当たるふしがある。

◎失念していた隣国

 先日読んだ小説『また、桜の国で』はポーランドの近代史をふまえた物語だった。ポーランドは地図上から何度も消えた国だ。ポーランドに限らず、大国と地続きで隣接するヨーロッパの国々は歴史の動きに翻弄されて大変だなあと思い、島国わが日本は何はともあれハッピーだったなどと感じた。

 2冊の新書を読んで、はるかヨーロッパにまで思いを馳せなくても、すぐ隣国に大国や歴史の波に翻弄されている島国があることに気づき、それを失念したことを反省した。

 日本史を単一民族の歴史と捉えるのではなく、樺太や千島列島から沖縄、台湾までを視野に入れて展望しなければ、21世紀の世界のありようも見えてこない。

直木賞落選の『また、桜の国で』は骨太で面白い2017年01月30日

『また、桜の国で/須賀しのぶ/祥伝社』
 先日発表になった第156回直木賞に落選した『また、桜の国で/須賀しのぶ/祥伝社』を読んだ。直木賞を逃した理由がわからないでもないが、私には凡百の受賞作よりは面白く読め、感服した。

 この小説の値打は題材だ。舞台はポーランドのワルシャワ、時代は1938年のミュンヘン会談から1944年のワルシャワ蜂起までの6年間。ただし、その前後の話も少しだけある。1920年、シベリアにいたポーランド孤児を日本が救出した逸話と大戦終結から8年経った1953年の後日談だ。主人公はワルシャワの日本大使館に勤務する若き外交官・棚倉慎、彼の母親は日本人だが父親はロシア革命で亡命を余儀なくされたロシア人だ。

 構えの大きいこの舞台設定がいい。最初のシーンはベルリンからワルシャワに向かう夜行列車だ。赴任地に向かう主人公は車内でドイツ系ポーランド人のユダヤ人青年と知り合いになる。壮大な近代史ドラマを予感させる書き出しだ。

 その予感通り物語は以下の史実を組み込みながら展開していく。

  1938.9.28 ミュンヘン会談でズデーデン地方のドイツへの割譲決まる
  1939.8.23 ドイツとソ連が不可侵条約調印
  1939.8.28 独ソ不可侵条約により平沼内閣総辞職
  1939.9.1 ドイツ軍がポーランドに侵攻。第二次大戦終勃発
  1939.9.3 イギリス、フランスがドイツに宣戦
  1939.9.17 ソ連軍がポーランドに侵攻
   1939.9.27 ポーランドがドイツに降伏
  1940.6.14 ドイツ軍がパリ占領
  1940.9.27 日独伊三国同盟調印
  1941.6.22 ドイツ軍、ソ連侵攻。独ソ戦開始
  1942.7.22 ワルシャワ・ゲットーでユダヤ人虐殺
  1943.2.27 カチンの森事件発覚(ポーランド将校の大量の遺体発見)
  1944.8.1 ワルシャワ蜂起

 この小説を読んでいると、これらの歴史的事件をリアルタイムに体験している気分になり、近代史のおさらいになる。と言っても、歴史小説というよりは冒険小説に近い。やや感傷的で甘い感情に流れる部分もある。直木賞の選考委員たちからは文学性が低くて通俗的と見なされたのかもしれない。だが、物語に大きな破綻はなく、人種・民族・国家を問う今日的テーマも秘めらている。骨太で直球勝負の気持ちよさがある小説だ。

 もっとハードボイルドに仕立てた方がより面白くなったように思える。

 ◆◆◆注意!! 以下、ネタバレあり◆◆◆

 この小説の背景には、かつて日本がポーランド孤児を救出した話がある。私はこの小説を読むまでこの史実を知らなかったが、書籍やマンガにもなっているようだ。ロシア革命後の1919年、ポーランドとソビエトの戦争が始まり、シベリアに多くのポーランド孤児が残された。その孤児を救済したのが日本だった。1920年から1922年にかけて765名のポーランド孤児を受け入れ、孤児たちは日本各地で1年ほど生活した後、ポーランドへ帰還した。

 小説では、主人公の棚倉慎は幼少期に同年代のこのポーランド孤児と接する。巧みな仕掛けだ。

 主人公の父親はロシアから亡命者した植物学者で、自宅のピアノでショパンの『革命のエチュード』を奏でるような人だ。ショパンはポーランドを代表する作曲家である。日本の外交官である主人公の風貌は日本人離れしていてスラブ系に近い。ユニークな設定だ。

 私はこの小説の途中から、主人公の父親は実はロシア人ではなくポーランド人だろうと推理した。ロシア革命の時に日本に亡命してきたロシア人の中には、ロシア人を偽装したポーランド人も多数含まれていたという記事を読んだことがあるからだ。父親は息子に自分がポーランド人であることを秘匿しているが、息子はどこかの時点からそれに気付いていた。そして最後にそのことが明かされるという展開を予想していた。

 しかし、その推理と予想は外れた。残念だ。ロシア人としてロシア語を話すがショパンを奏でる父親が実はポーランド人だった、とした方がより面白くなったと思うのだが……

『バブル:日本迷走の原点』は同時代の歴史書2017年01月28日

 『バブル:日本迷走の原点/永野健二/新潮社』
 高橋是清の自伝と伝記に続いて『バブル:日本迷走の原点/永野健二/新潮社』を読んだ。明治から昭和初期までの金融経済史から一気に1980年代の金融経済史に飛んだわけだが、経済の側面から歴史を眺める面白さが共通している。

 営々とくり返される人々の様々な活動に触れ、いつの時代でも将来を予見するのは難しいという当然のことをあらためて感じた。もちろん正しい予見や的確な判断をする人は存在するが、それが同時代に受け容れられないケースが多い。後世の目が必ずしも時代を正しく把握できるわけではないとしても、時間が経過しなければ見えてこない事象は多い。

 『バブル』の著者はバブルの時代の経済事件を最前線で取材してきた元日経新聞記者だ。本書の指すバブル期とは1980年代後半で、1989年末には日経平均株価は38,957円という史上最高値をつけ、1990年になると株価は急落する。続いて高騰していた地価も下落し、破綻する企業があい継ぎ、不良債権を抱えた金融機関の再編が進む。

 著者は1949年生まれだから30代後半にバブル期を過ごし、40代になってバブルがはじける時代を体験している。本書にはさまざまな経済事象の現場に立ち会った人の迫力と面白さがある。同時に当時の経済事象を鳥瞰的に検証・総括する冷静な視点もあり、新聞記事の面白さと歴史書の興味深さを合わせた本だ。

 本書の眼目は「失われた20年」をもたらしたバブルの真犯人の追求である。著者はその真犯人を経済構造の変革を先送りにしてきた大蔵省の官僚たちと銀行の経営者たちだとしている。その主張には共感できるが、著者の言う「経済構造の変革」のイメージがいま一つ把握しきれなかった。

 私は著者とほぼ同世代なので、社会人として最も多忙な時期にバブルとバブル後を過ごしてきた。金融や不動産とは縁のない業界にいたせいか、バブルを実感した記憶は薄い(その後のITバブルは身近に観たが…)。だが、本書を読むと当時のいろいろな経済事件が思い起こされ、あらためて「そうだったのか」と事象の意味を認識することが多かった。

 本書で、同時代の事象を歴史的視点で把握することの難しさと面白さを感じた。

歴史の実相が垣間見える『天佑なり:高橋是清・百年前の日本国債』2017年01月23日

『天佑なり:高橋是清・百年前の日本国債(上)(下)』(角川文庫
 『高橋是清自伝』を読むと、半生ではなく一生を記述した伝記も読みたくなり、幸田真音氏の『天佑なり:高橋是清・百年前の日本国債(上)(下)』(角川文庫)を読んだ。

 幸田真音氏の小説はかなり以前に『日本国債』を読んだ記憶があり、債券ディーラー出身で金融に明るい人との認識がある。本書は2013年に出版された単行本の文庫版で、金融経済史をふまえた高橋是清伝だと推察し、現代の視点で俯瞰的に高橋是清を総括した伝記だろうと期待した。

 その期待は半分ぐらいは満たされた。前半はやや期待外れだった。生い立ちから日銀副総裁になるまでの前半は、自伝をなぞっているだけの感じだ。波瀾万丈の前半生なので、自伝を読んでいなければ十分に面白く読めたとは思うが、自伝を読んだ直後だと重複のくり返しで退屈する。後世の作家の俯瞰的な目による独自の見解があまり感じられない。

 日露戦争に関連して海外で日本国債を発行するあたりからは面白くなる。日露戦争の頃から高橋是清の人生が日本の金融経済史と密接にからんでくるので、歴史の動きの実相を垣間見ている気分になってくる。

 やはり、高橋是清の人生の中でいちばん面白いのは日露戦争時の資金調達のくだりだ。一般会計歳入が2億6千万円の時代に戦費支出は18億7千万円、その膨大な戦費の約半分を高橋是清が欧米で調達したのだ。「天佑なり」というタイトルは、ロンドンで日本国債発行にこぎ着けたとき高橋是清が発した言葉であり、自伝では「私は一にこれ天佑なりとして大いに喜んだ」と語っている。

 それにしても、日露戦争が日本の国力をはるかに超えた戦争であり、外貨がいかに逼迫していたかを知っている国民はいなかった。マスコミも把握していなかった。政府中枢と一般国民との意識の乖離からポピュリズムが生まれ、講和条件に反対する暴動につながる。後世からは愚かに見える事象だが、そんなことは現代に到るまでくり返されている。学ぶべきことは多い。

 日露戦争以降の後半三分の一は日本激動の時代であり、高橋是清の人生も激動する。日銀総裁、大蔵大臣、総理大臣、さらに何度も大蔵大臣を歴任し、政治の中枢に関わる人生になる。日露戦争(1904年)時に49歳だった高橋是清が二二六事件(1936年)で暗殺された時は81歳、この間の32年は自伝では語られていない後半生だ。

 この後半32年間の記述は確かに面白い。しかし物足りない。第一次大戦、関東大震災、金融恐慌など多事多難の時代で、政党政治が定着し、そして崩壊し、軍部が台頭してくる時代である。この32年の歴史はどれほどページを費やしても語りきれない疾風怒濤の濃い時代だ。その時代の実相を高橋是清の伝記だけから把握するのは無理であり、それを求めるのはないものねだりだろう。

 だが、いわゆる「政治家」ではなかった高橋是清に沿って明治・大正・昭和の政党政治を批判的により掘り下げて検証する内容になり得たのではないかとも思える。

迷路の街で不条理劇を観る2017年01月20日

 東京乾電池の『やってきたゴドー』(作・別役実、演出・柄本明)を下北沢の「駅前劇場」という小さな劇場で観た。遠い昔、下北沢を象徴する本多劇場には柿落しに行ったし、周辺の小劇場にも行ったことがあるが「駅前劇場」は初めてだ。

 井の頭線と小田急線が交差して狭い通路が縦横に走る下北沢駅周辺は迷いやすい。久々に下北沢に行くと、駅周辺は工事中のフェンスだらけで、迷いやすい町並みがいっそう複雑な迷路になっていた。

 「駅前劇場」は文字通り駅前にあり、迷いようがない。にも関わらず、そこに辿り着くのにずいぶんウロウロしてしまった。北口→西口→北口→南口とさまよったのだ(南口を西口と混同したのが敗因)。加齢でボケているせいもあるが、知っているはずの通路が工事で通行止めで大きな迂回路になっていたりして面食らった。

 不条理劇を演ずる劇場に入るまでにすでに不条理を体験をしてしまったのである。そして、劇場に入ると不条理の予感とでも言うべき懐かしさを感じた。小劇場の舞台に緞帳はなく、開演前から舞台装置が観客の前に晒されているからだ。舞台には古びたバス停の標識とベンチ、そして電信柱があるだけで、電信柱には団地妻の卑猥なビラがベタベタ貼られている。別役実らしい不思議世界の懐かしい雰囲気だ。

 今回の東京乾電池の公演はベケットの『ゴドーを待ちながら』と別役実の『やってきたゴドー』との連続公演で、両方とも観たいと思ったが、前者はチケットが取れなかった。

 ノーベル文学賞を受賞したベケットの『ゴドーを待ちながら』は「20世紀の民話」とも言える不条理劇の「古典」だ。二人の浮浪者がゴドーという人物を待っているだけの、何ともシンプルな話だ。私は学生時代に戯曲を読み舞台写真を観ただけで、実際の上演を観たことはない。

 今回、『やってきたゴドー』を観る前にベケットの『ゴドーを待ちながら』をほぼ半世紀ぶりに再読した。そして、1953年に初演されたこの芝居が、1960年代後半の唐十郎らのアングラ芝居に影響をおよぼし、私自身が無自覚にもその影響を受けていることにあらためて気付いた。やはり「20世紀の民話」だ。

 で、別役実の『やってきたゴドー』は如何なる舞台だったか。ゴドーを待つ二人の浮浪者エストラゴン、ウラジミールを始めベケットの芝居の5人の登場人物全員が登場し、モトネタと似た演技をくり返す状況にバス停前の新たな世界が重なり、新たに4人の女とゴドー自身が登場する。ベケットの空間とバス停と電信柱の懐かしき世界が地続きになった世界で、もうひとつの不条理劇が展開される。

 ゴドーがイエス・キリストに似た浮浪者の姿で登場するのが、面白くもあり正当的でもある。ドストエフスキイの大審問官のような重さがないのが20世紀だ。

 「ゴドーです」
 「エストラゴンです」
 「ウラジーミルです」

 この会話の後、ゴドーは無視される。

 この無視が新たな不条理であり別役劇の眼目だ。それがベケット劇の不条理を乗り越えたのか、不条理が深化したのか、単に多様性を提示しているのか、あるいはベケット劇をくり返しているだけなのか、いろいろな見方ができる。「20世紀の民話」の延長なのは確かだ。

 21世紀には「20世紀の民話」とはまったく異なる新たな民話が生まれるのだろうか。