2020年版の『少女仮面』は新鮮だった2020年01月27日

 三軒茶屋のシアタートラムで『少女仮面』(作:唐十郎、演出:杉原邦生、主演:若村麻由美)を観た。

 初演1969年のアングラ劇『少女仮面』が今年前半に異なる劇団で3本上演されることを知ったのは昨年11月で、その驚きをブログに書いた。

 そして、この機会に3本を見比べたいと思った。その第1弾が今回の観劇である。二つ目は来月(2月)上演で、すでにチケットをゲットした。5月の「糸あやつり人形一糸座」の公演はまだチケット発売前である。

 かつて私が観た『少女仮面』ではっきり憶えているのは、1982年の小林勝也演出、渡辺えり子主演の舞台である。初演(1969年)の早稲田小劇場(演出:鈴木忠志)は観ていない。1971年の状況劇場(演出:唐十郎)の舞台を観たかどうか記憶が不鮮明だが、頭の中には紅テントで李礼仙、麿赤児、唐十郎らが『少女仮面』を演じている姿が浮かぶ。「時はゆくゆく」の挿入歌も記憶に刻まれている。この曲をLPレコードでくりかえし聞いたせいかもしれないが、状況劇場版を観ているような気がする。

 杉原邦生演出の今回の舞台は、私の頭の中の紅テントの舞台(偽の記憶の可能性もあるが)とはかなり違っていて、新鮮だった。1960年代の芝居ではなく2020年の芝居だと感じた。

 演出が違うのは当然だが、役者の雰囲気がまったく違う。暗黒舞踏的、土俗的ものが洗い流され、スマートでカッコよくなっているのだ。泥絵の具の絵画がパステルカラーでよみがえったような趣である。それでも芝居は成り立っている。

 あの印象的な挿入歌「時はゆくゆく乙女が婆アに、それでも時がゆくならば、婆アは乙女になるかしら…」の歌い方もずいぶん変わっていて、伴奏に三味線が入る。昔のギターよりも現代の三味線の方が現代的に聞こえるのが不思議である。この歌に続く衒学的魔術的セリフが省略されていたのは残念だ。

 久々に『少女仮面』を観て、腹話術師と人形が入れ替わってしまう挿話が劇全体のメタファになっている秀逸な構造をあらためて強く感じた。それを浮かびあがらせる演出だったのかもしれない。

『日経サイエンス』が『三体』を特集2020年01月29日

 『日経サイエンス 2020年3月号』の特集は何と「中国のSF『三体』の科学」である。昨年末にこのSFを読んだばかりなので、この特集記事を興味深く読んだ。

 この特集は次の4つの記事で構成されている。

 (1) SF小説『三体』に見る天文学最前線:系外惑星の先にある異星文明
 (2) 『三体』に出てくる量子通信は可能か?
 (3) 三体問題に進展 周期解に新たな予感
 (4) 作者劉慈欣が語るSFと科学技術

 この4編の中では(1)が最も面白かった。天文学者への取材をベースに記者がまとめているのでわかりやすくて読みやすい。学者が『三体』を評価して楽しんでいることが伝わってくる。

 (2)も物理学者への取材をベースに記者がまとめたものだが少し難しい。そもそも、小説では「智子(ソフォン)」という架空の人工量子が出てきて、かなり荒唐無稽な設定だと思っていたが、物理学者の目には興味深いフィクションに見えるようだ。

 (3)は数学者が三体問題の現状を語った記事で、私には難しくて歯が立たなかった。

 (4)は来日した際の作者の講演をまとめたものだが、その内容は普通すぎてあまり面白くない。

 それにしても、真面目な科学雑誌が『三体』を大きく取り上げるのは、あの奇想天外なブッ飛んだSFに現代のサイエンスのさまざまな要素が反映されているのだろう。今夏の続編出版前に『三体』を再読したくなった。