中薗英助『榎本武揚シベリア外伝』は大風呂敷のミステリー小説2019年01月19日

『榎本武揚シベリア外伝』(中薗英助/文藝春秋)
 『榎本武揚シベリア日記』(講談社学術文庫)を読んだ後、ネット検索をしていて、次の小説の存在を知った。

 『榎本武揚シベリア外伝』(中薗英助/文藝春秋)

 中薗英助が榎本武揚を書いていると興味を抱き、ネット古書店で注文した。届いた本は2000年5月刊行の単行本で、意外と最近の本なので驚いた。私にとって中薗英助は遠い過去の作家のイメージだった。調べてみると、本書刊行時に著者は79歳、2年後2002年に81歳で亡くなっている。

 『榎本武揚シベリア外伝』は榎本武揚の『シベリア日記』を題材にしたミステリーで、史伝ではなく大風呂敷のフィクションである。

 この小説が出た当時、講談社学術文庫版『榎本武揚 シベリア日記』(2008.6)は刊行されていない。本書巻末の参考文献にある『シベリア日記』は昭和14年満鉄編の「非売品」であり、小説の登場人物が接するのもこの非売品や国会図書館所蔵の原本である。『榎本武揚 シベリア日記』読了直後の興味でこの小説を読み進めることができた私は、小説発行当時の読者にくらべてラッキーだと思う。

 小説の主要登場人物・鹿見は榎本の『シベリア日記』に関する論文で賞を受けたトラベル・ライターである。彼は『シベリア日記』の旅を辿るテレビ番組制作に協力するためシベリアへ赴くが消息不明になる。1980年代初頭、ゴルバチョウフ登場以前の話である。

 現代(1999年~2000年)、私(ソ連通の作家)は通信社外信部長が入手した鹿見の手記の真贋の検討を依頼される。その手記はソ連崩壊後のKGBから流出したものだった。

 『榎本武揚シベリア外伝』は二つの時間(「私」の時間と「鹿見の手記」の時間)が並行的に進行し、「鹿見の手記」の中では明治11年の榎本のシベリア横断だけでなくその後の日本人によるシベリア探査も語られている。時間が何層にも入り組んだ構造のミステリーになっている。

 この壮大なフィクションが、なぜ『シベリア日記』は公開されなかったのか、福沢諭吉の『痩我慢の説』の背景に何があったのか、などの謎解き仕立てているのに感心した。複雑で無理スジの展開もあり、万人向けエンタテインメントとは言い難いのが少々残念である。西徳二郎、大庭柯公、ムラヴィヨフ・アムールスキーなど私にとって未知だった人物に関する知見を得たのは収穫だった。

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