『筒井康隆入門』(佐々木敦)を読んで走馬燈がよぎる2017年10月22日

『筒井康隆入門』(佐々木敦/星海社新書)
 『筒井康隆入門』(佐々木敦/星海社新書)を半日で一気読みし、頭がクラクラしてきた。わが人生の最近50年(高校生時代から68歳まで)を半日の時間旅行で駆け抜けた気分になり、走馬燈がチラチラしている。

 著者は「はじめに」で次のように書いている。

 「本書は、筒井康隆の作品を、デビュー作から最新作に至るまで、小説を中心として、ほぼ発表順に読んでいくことで、この稀代の大作家の肖像を、出来るだけ総体的に描き出すことを目的としています」

 著者の佐々木敦氏は3年前に『あなたは今この文章を読んでいる:パラフィクションの誕生』を上梓した批評家で、私はこの本にかなりの刺激を受けた。筒井康隆氏が同書に共鳴して「メタパラの七・五人」という短編を書いたことも承知している。

 『筒井康隆入門』のオビには筒井康隆氏自身の推薦文もあり、筒井康隆ファンとしては読まないわけにはいかない。佐々木敦氏はこの新書を執筆するにあたって筒井康隆氏の全作品を読み返したそうだ。何とも羨ましい難行苦行だ。

 私は高校1年だった1964年以来の筒井康隆ファンであり、最初の短編集『東海道戦争』刊行(1965年10月)の前から、雑誌(『SFマガジン』『別冊宝石』)に載った筒井作品に惹かれていた。それから半世紀余り、ほぼすべての筒井作品を読んでいると思う。だから、本書を読んでいると、個々の筒井作品を読んだ時点のあれこれがよみがえってきてしまうのだ。

 佐々木敦氏は、私が初めて筒井作品に接した1964年生まれで、私より16歳若い。つまらない自慢ではあるが、読み始めたのは著者より早い。本書の「はじめに」でチラリと触れているように、デビュー時からのファンは当然ながらいまや「高齢者」なのである。そんな高齢者の目で見て、本書に些細な間違いも発見した。それは文末の蛇足に書く。

 閑話休題。一冊の新書本で筒井康隆氏が半世紀にわたって持続的に生み出してきた膨大な作品群を概観すると、あらためてこの作家の凄さがわかる。20代の初期作品から80代の最新作品に至るまで、その面白さは変わらないのに作風は千変万化、自己模倣に陥ることなく読者を驚かし続けている。

 本書を読むと、これまでに漠然としか把握できていなかった筒井ワールドの全貌が整理された形で見えてくる。その世界に「愛妻もの」というジャンルがあることも本書ではじめて認識し、言われてみればその通りだと得心した。

 本書の圧巻は2008年以降を対象にした最終章「GODの時代」である。次の指摘が面白い。

 「彼は自分が「後期高齢者」であるという紛れもない事実を受け入れる/演じてみせることで、ある意味ではそれを利用して、今なお、これまでやったことのない小説のあり方を模索しているのだと筆者には思えるのです。ここには、決して挑戦することをやめない全身実験小説家、生涯前衛作家の姿があります。」

 そして著者が提唱するパラフィクション論をふまえて「メタパラの七・五人」や『モナドの領域』を解説する部分は迫力があって引き込まれる。筒井康隆氏自身が「わが最高傑作にして、おそらくは最後の長篇」とオビに記した『モナドの領域』の読み解きには感心した。

 私自身、膨大な筒井作品の中のどれが最高傑作か、にわかに判断することはできない。記憶鮮明な作品も多いが、よく憶えていない作品もある。『筒井康隆入門』を読みながら遠い記憶がよみがえることもあった。いつか、筒井作品をすべて読み返してみたいとも思った。老後の楽しみである……すでに老後ではあるのだが。

【蛇足】

・P40の『幻想の未来・アフリカの血』の収録作品は間違い。1968年8月発行の南北社版の『幻想の未来・アフリカの血』と1971年8月発行の角川文庫『幻想の未来』を混同しているようだ。

・P41の覆面座談会の件りで、槍玉に挙げられた作家に星新一も入っているが、この座談会で星新一は非難されていない(ほめられている)。

・P45に「晋金太郎」を単行本収録作品でないとしているが、1969年4月発行の『筒井順慶』(講談社)に収録されている。

・P165でBBSの内容を『電脳筒井線』という題名で1冊の本にまとめたとしているが『電脳筒井線』は全3冊。

 重箱のスミをつつく小言幸兵衛だと思う。

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