総選挙さなかの『トロイ戦争は起こらない』上演はタイムリー2017年10月11日

 総選挙公示の翌日、新国立劇場中劇場で『トロイ戦争は起こらない』(作:ジャン・ジロドゥ/演出:栗山民也/主演:鈴木亮平)を観た。

 作者とタイトルに惹かれてチケットを購入したが脚本は未読で、どんな内容か知らないままに観劇した。前半は普通の観劇気分でそれなりに面白く眺めていたが、後半から舞台に引き込まれた。見ごたえのある芝居らしい芝居だった。はからずも、選挙真っ最中のいまの日本の情況に響きあう上演に思えた。

 ジロドゥという劇作家については外交官だったということ以外はあまり知らない。かなり昔にジロドゥの芝居を観たというかすかな記憶があるだけで、演目も内容も失念している。日本での上演記録を検索したが、それを眺めても記憶がよみがえってこない。本当に観たかどうかもあやふやになる。そんな宙ぶらりんな感覚を多少でもスッキリさせたいというのが、今回のジロドゥ作品を観る動機にひとつだった。

 ジロドゥはフランスの外交官で第一次世界大戦に従軍している。『トロイ戦争は起こらない』の初演は第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の1935年、ジロドゥ53歳のときだ。彼は大戦終結前の1944年に病死している。

 1935年はヒトラーが総統になった翌年、ラインランド進駐の前年である。この年に上演された『トロイ戦争は起こらない』はトロイとギリシアという古代の戦争を題材にしながら、第二次世界大戦の予感を色濃くはらんでいる。芝居のタイトルとは裏腹にトロイ戦争が起こったのは歴史的事実だ。

 今回の公演も舞台衣装は古代の服装と20世紀の独仏の軍服が混合し、芝居の意図を明示している。圧巻はトロイの王子エクトール(鈴木亮平)とギリシアの知将オデュセウス(谷田歩)の1対1の対話シーンだ。20世紀の外交官の真情が反映された現代劇の趣に迫力がある。

 「戦争は起こらない」「戦争は起こる」のせめぎあいは21世紀の今日まで継続している外交課題である。だれもが戦争を望まないにもかかわらず、戦争を煽る心情は容易に世の中を席巻する。そんなメッセージが伝わってくる芝居だ。

 終演後、劇場外に出ると、甲州街道に選挙カーのスピーカーが響いていた。