ガジュマルの巨木が命を守る『木の上の軍隊』 ― 2025年10月14日
いま、沖縄に来ている。映画『木の上の軍隊』(原案:井上ひさし、脚本・監督:平一紘、出演:堤真一、山田裕貴、他)を那覇市のシネマパレットで観た。
舞台は沖縄の伊江島。1945年の終戦を知らずに2年間、ガジュマルの木の上で生き抜いた二人の日本兵の実話をベースにした物語である。以前にこまつ座が上演した芝居を沖縄出身の監督が映画化した。井上ひさしは、この芝居の原案メモを残して逝去。娘の井上麻矢(こまつ座社長)がメモを蓬莱竜太と影山民也に託して戯曲化、上演したそうだ。私はその芝居を観ていない。
芝居を観ていないので映画と芝居との相違点はわからないが、映画を観ながら芝居よりは映画に向いた題材だと感じた。映画的な切り口で題材を料理した作品だから、そう感じるのが当然で、芝居を観れば芝居向きの題材だと感じるかもしれない。
木の上で2年間も暮らした話だと聞いたとき、ファンタジーかと思った。実際には、人目を忍んで時々は地上に降りて食料などを調達する過酷な樹上生活の話だった。
この映画は全編沖縄ロケで、伊江島に茂るガジュマルを使っている。本物のガジュマルの映像が、木の上と地上を行き来する生活の危うさをリアルに映し出す。地上から見つからないための樹上生活だから小屋掛けなどはできない。巨木とは言え、枝の上で寝起きし食事をとるのは容易でない。油断して地上に落下することもある。主人公たちにとっては極限状態であり、呑気なおとぎ話などではないのだが、緑豊かな映像がガジュマルの巨木に守られた生活のようにも感じられた。
この映画で印象に残るもうひとつの光景は、南の島の青い海と白い砂浜である。その美しい映像も映画ならではの魅力だ。
主人公二人は本土出身の上官と伊江島出身の朴訥な若い兵士である。当初、兵士にとって上官は恐ろしい存在だったが、月日とともに二人の関係が変化していく。そこに悲惨な戦争を背景にしたヒューマン・コメディが生まれる。人の生き抜く力を讃えた作品だ。
舞台は沖縄の伊江島。1945年の終戦を知らずに2年間、ガジュマルの木の上で生き抜いた二人の日本兵の実話をベースにした物語である。以前にこまつ座が上演した芝居を沖縄出身の監督が映画化した。井上ひさしは、この芝居の原案メモを残して逝去。娘の井上麻矢(こまつ座社長)がメモを蓬莱竜太と影山民也に託して戯曲化、上演したそうだ。私はその芝居を観ていない。
芝居を観ていないので映画と芝居との相違点はわからないが、映画を観ながら芝居よりは映画に向いた題材だと感じた。映画的な切り口で題材を料理した作品だから、そう感じるのが当然で、芝居を観れば芝居向きの題材だと感じるかもしれない。
木の上で2年間も暮らした話だと聞いたとき、ファンタジーかと思った。実際には、人目を忍んで時々は地上に降りて食料などを調達する過酷な樹上生活の話だった。
この映画は全編沖縄ロケで、伊江島に茂るガジュマルを使っている。本物のガジュマルの映像が、木の上と地上を行き来する生活の危うさをリアルに映し出す。地上から見つからないための樹上生活だから小屋掛けなどはできない。巨木とは言え、枝の上で寝起きし食事をとるのは容易でない。油断して地上に落下することもある。主人公たちにとっては極限状態であり、呑気なおとぎ話などではないのだが、緑豊かな映像がガジュマルの巨木に守られた生活のようにも感じられた。
この映画で印象に残るもうひとつの光景は、南の島の青い海と白い砂浜である。その美しい映像も映画ならではの魅力だ。
主人公二人は本土出身の上官と伊江島出身の朴訥な若い兵士である。当初、兵士にとって上官は恐ろしい存在だったが、月日とともに二人の関係が変化していく。そこに悲惨な戦争を背景にしたヒューマン・コメディが生まれる。人の生き抜く力を讃えた作品だ。
久々にDVDで『太陽を盗んだ男』を観た ― 2025年07月23日
映画『太陽を盗んだ男』(監督:長谷川和彦、原案:レナード・シュレイダー、脚本:長谷川和彦、レナード・シュレイダー、出演:沢田研二、菅原文太、池上季実子、他)を久々にDVDで観た。
中学教師の沢田研二が独力で原爆を製作し、日本政府を脅迫する話である。
この映画の封切りは1979年だが、私は当時は観ていない。後に評判を聞いて観たいと思ったが、なかなか機会がなかった。CATVで観て、さらにDVDで観たのは10年以上前だと思う。大筋はボンヤリ憶えているが細かい所は失念している。
今回、この映画のDVDを観ようと思ったのは、映画『桐島です』の脚本家・梶原阿貴が書いた『爆弾犯の娘』を読んだからである。この本によれば、『太陽を盗んだ男』には歌舞伎町の大きな手配写真の看板が映るシーンがあり、そこに著者の父・梶原譲二と桐島聡が並んで映っているそうだ。そのシーンを確認したくなった。
そんな動機で観た『太陽を盗んだ男』だが、あらためて「こんなブツ飛んだ映画だったのか」と感心し、十分に楽しめた。この映画が封切られた1979年、しらけの時代とも呼ばれた頃である。そんな時代の空気を背景にした何ともエネルギッシュな映画だ。
学校の授業ではヤル気を見せない理科教師(沢田研二)が、交番を襲って拳銃を奪い、拳銃を使って東海村の原発からプルトニウムを盗み出し、プルトニウムを使って自宅アパートのキッチンで原爆を作ってしまう。原爆を完成させるまでのシーンは何度観ても印象深くて面白い。
主人公は明白な証拠によって自分は原爆を所持する核保有「国」だと日本政府に通告する。政府は一個人が原爆を所持している事実を隠蔽しようとする。主人公は政府を脅迫するのだが、何を要求すればいいかわからない。政治や金銭への無関心がしらけ世代的である。警部(菅原文太)との熱いアクション展開は、ハチャメチャで狂躁的だ。冷めた気分と熱い空気の混ざり具合がいい。
映画の中盤で手配写真も確認できた。歌舞伎町派出所の上部に「あなたの近くに爆弾犯人はいませんか?」の大看板が掲げられていた。下段の右端から宇賀神寿一(桐島と同時に逃亡。1982年逮捕。2003年出所)、桐島聡(2024年、逃亡中に病死)、梶原譲二(1985年自首。1991年出所)、鎌田俊彦(クリスマスツリー爆弾事件リーダー。1980年逮捕。無期懲役)である。
この映画には、歌舞伎町がある新宿をはじめ1979年当時の東京の情景がいろいろ出てくる。それが懐かしく感じられる。自分がジイサンになったのだと自覚した。
中学教師の沢田研二が独力で原爆を製作し、日本政府を脅迫する話である。
この映画の封切りは1979年だが、私は当時は観ていない。後に評判を聞いて観たいと思ったが、なかなか機会がなかった。CATVで観て、さらにDVDで観たのは10年以上前だと思う。大筋はボンヤリ憶えているが細かい所は失念している。
今回、この映画のDVDを観ようと思ったのは、映画『桐島です』の脚本家・梶原阿貴が書いた『爆弾犯の娘』を読んだからである。この本によれば、『太陽を盗んだ男』には歌舞伎町の大きな手配写真の看板が映るシーンがあり、そこに著者の父・梶原譲二と桐島聡が並んで映っているそうだ。そのシーンを確認したくなった。
そんな動機で観た『太陽を盗んだ男』だが、あらためて「こんなブツ飛んだ映画だったのか」と感心し、十分に楽しめた。この映画が封切られた1979年、しらけの時代とも呼ばれた頃である。そんな時代の空気を背景にした何ともエネルギッシュな映画だ。
学校の授業ではヤル気を見せない理科教師(沢田研二)が、交番を襲って拳銃を奪い、拳銃を使って東海村の原発からプルトニウムを盗み出し、プルトニウムを使って自宅アパートのキッチンで原爆を作ってしまう。原爆を完成させるまでのシーンは何度観ても印象深くて面白い。
主人公は明白な証拠によって自分は原爆を所持する核保有「国」だと日本政府に通告する。政府は一個人が原爆を所持している事実を隠蔽しようとする。主人公は政府を脅迫するのだが、何を要求すればいいかわからない。政治や金銭への無関心がしらけ世代的である。警部(菅原文太)との熱いアクション展開は、ハチャメチャで狂躁的だ。冷めた気分と熱い空気の混ざり具合がいい。
映画の中盤で手配写真も確認できた。歌舞伎町派出所の上部に「あなたの近くに爆弾犯人はいませんか?」の大看板が掲げられていた。下段の右端から宇賀神寿一(桐島と同時に逃亡。1982年逮捕。2003年出所)、桐島聡(2024年、逃亡中に病死)、梶原譲二(1985年自首。1991年出所)、鎌田俊彦(クリスマスツリー爆弾事件リーダー。1980年逮捕。無期懲役)である。
この映画には、歌舞伎町がある新宿をはじめ1979年当時の東京の情景がいろいろ出てくる。それが懐かしく感じられる。自分がジイサンになったのだと自覚した。
『桐島です』の脚本家・梶原阿貴の『爆弾犯の娘』は面白い ― 2025年07月18日
先日観た映画『桐島です』のパンフレットを読んで、脚本を書いた梶原阿貴の父親は爆弾事件を起こした人物だと知って驚いた。彼女には『爆弾犯の娘』という近著があるそうだ。
爆弾犯である父親は現代人劇場の役者で、1971年の新宿クリスマスツリー爆弾事件などを起こしたグループの一員だそうだ。1971年、大学生だった私は現代人劇場の芝居をいくつか観ている。ツリー爆弾事件も記憶にある。阿貴という名は高橋和巳の『邪宗門』の登場人物から付けたそうだ。そういえば、あの小説に出てくる教祖の娘・阿礼の妹がそんな名だった。この脚本家への興味がわき、その著書を読んだ。
『爆弾犯の娘』(梶原阿貴/ブックマン社/1925.7.2)
とても面白い本で、一気に読了した。特に小学生時代の話が興味深い。
著者は1973年生まれ。父は1948年生まれ(私と同じだ)。母は父より2歳上である。爆弾事件の1971年、父は23歳だった。事件後の逃亡生活のなかで父は母と一緒になり、著者が生まれる。著者の家は表向きは母子家庭だが、実は逃亡中の父が隠れて同居していた。その父は、著者が小学6年のとき、14年間の逃亡生活の末に自首する。その後の裁判で懲役6年になり、1991年に刑期を終え、再び家族3人の生活が始まるが――という波乱の物語である。
子供の頃から、父は著者にとってやっかいな同居人だった。存在を秘匿せねばならない面倒な人物を著者は「あいつ」と呼ぶ。名前を知らなかったのだ。
小学6年になって、母親から父の名前と爆弾事件を知らされる。そのとき著者は「全部、知っていたような気がする」と答える。その直後に父は自首し、著者は中学生になる。
父の裁判で「元俳優だけあってテノールの良い声」で朗読した冒頭陳述への著者の感想が面白い。
「こんなに純粋で真面目だと、生きていくのが大変そうだと同情したことを憶えている。(…)確かに私は父とも母とも違って、純粋ではないような気がしている。要領がいいし、すぐに嘘をつく。」
著者の母親は興味深い人物だ。亭主の14年間の逃亡生活を仕切り、6年間の服役時代を支える。しかし、父が出所してしばらくすると、母は「今までお疲れ様でした。今日から私たちは別々です。解散!」と、家族解散を宣言する。爆弾犯を抱えた緊張で支えられてきた家族は、緊張が消えれば消滅なのだ。父は不本意げに出て行き、母は伊豆の祖母のもとに去る。20歳になった著者は自立し、15歳から始めていた俳優業を続ける。
このとき、著者は父に郵送する本のなかに『鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』の戯曲を見つけ、父がこの芝居の準主役だったと知る。私は1971年のこの芝居を観ている。あの芝居の役者が、芝居の延長のように爆弾事件を起こしたという短絡に愕然とした。胸に刺さる。戯曲を読んだ著者は次のように述べている。
「今一度この戯曲を読むと、段々と清水邦夫と蜷川幸雄に腹が立ってきた。自分たちは賢くて大人で、現実と虚構に区別をきっちり線引きできていたのかもしれないけれど、無垢でアホで真面目な若者は、現実との区別がつかなくなってしまったかもしれないのだ。その責任についてあなたたちはどう考えているんですか? と問い質したくなった。」
闘争の当事者ではない劇作家と演出家が、闘争の代償行為のような芝居を作ることによってナイーブな若者たちを煽っていると見られても仕方ないと思う。私は著者の父親世代だが、著者に共感した。あの芝居への多少の違和感の根が逆照射で見えた気がした。芝居は怖い。
15歳で俳優になった著者は30歳から脚本を書き始め、現在は脚本家である。爆弾犯の娘という出自を公にするにはためらいもあったようだ。『桐島です』の脚本を引き受けたのを契機に本書を執筆した。この脚本について次のように、ややドヤ顔で述べている。
「本文中、何度も、「五日で脚本を書いた」とドヤ顔で自慢気に言ってますが、これに要した時間は、五日ではなく私の人生五十年です。」
爆弾犯である父親は現代人劇場の役者で、1971年の新宿クリスマスツリー爆弾事件などを起こしたグループの一員だそうだ。1971年、大学生だった私は現代人劇場の芝居をいくつか観ている。ツリー爆弾事件も記憶にある。阿貴という名は高橋和巳の『邪宗門』の登場人物から付けたそうだ。そういえば、あの小説に出てくる教祖の娘・阿礼の妹がそんな名だった。この脚本家への興味がわき、その著書を読んだ。
『爆弾犯の娘』(梶原阿貴/ブックマン社/1925.7.2)
とても面白い本で、一気に読了した。特に小学生時代の話が興味深い。
著者は1973年生まれ。父は1948年生まれ(私と同じだ)。母は父より2歳上である。爆弾事件の1971年、父は23歳だった。事件後の逃亡生活のなかで父は母と一緒になり、著者が生まれる。著者の家は表向きは母子家庭だが、実は逃亡中の父が隠れて同居していた。その父は、著者が小学6年のとき、14年間の逃亡生活の末に自首する。その後の裁判で懲役6年になり、1991年に刑期を終え、再び家族3人の生活が始まるが――という波乱の物語である。
子供の頃から、父は著者にとってやっかいな同居人だった。存在を秘匿せねばならない面倒な人物を著者は「あいつ」と呼ぶ。名前を知らなかったのだ。
小学6年になって、母親から父の名前と爆弾事件を知らされる。そのとき著者は「全部、知っていたような気がする」と答える。その直後に父は自首し、著者は中学生になる。
父の裁判で「元俳優だけあってテノールの良い声」で朗読した冒頭陳述への著者の感想が面白い。
「こんなに純粋で真面目だと、生きていくのが大変そうだと同情したことを憶えている。(…)確かに私は父とも母とも違って、純粋ではないような気がしている。要領がいいし、すぐに嘘をつく。」
著者の母親は興味深い人物だ。亭主の14年間の逃亡生活を仕切り、6年間の服役時代を支える。しかし、父が出所してしばらくすると、母は「今までお疲れ様でした。今日から私たちは別々です。解散!」と、家族解散を宣言する。爆弾犯を抱えた緊張で支えられてきた家族は、緊張が消えれば消滅なのだ。父は不本意げに出て行き、母は伊豆の祖母のもとに去る。20歳になった著者は自立し、15歳から始めていた俳優業を続ける。
このとき、著者は父に郵送する本のなかに『鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』の戯曲を見つけ、父がこの芝居の準主役だったと知る。私は1971年のこの芝居を観ている。あの芝居の役者が、芝居の延長のように爆弾事件を起こしたという短絡に愕然とした。胸に刺さる。戯曲を読んだ著者は次のように述べている。
「今一度この戯曲を読むと、段々と清水邦夫と蜷川幸雄に腹が立ってきた。自分たちは賢くて大人で、現実と虚構に区別をきっちり線引きできていたのかもしれないけれど、無垢でアホで真面目な若者は、現実との区別がつかなくなってしまったかもしれないのだ。その責任についてあなたたちはどう考えているんですか? と問い質したくなった。」
闘争の当事者ではない劇作家と演出家が、闘争の代償行為のような芝居を作ることによってナイーブな若者たちを煽っていると見られても仕方ないと思う。私は著者の父親世代だが、著者に共感した。あの芝居への多少の違和感の根が逆照射で見えた気がした。芝居は怖い。
15歳で俳優になった著者は30歳から脚本を書き始め、現在は脚本家である。爆弾犯の娘という出自を公にするにはためらいもあったようだ。『桐島です』の脚本を引き受けたのを契機に本書を執筆した。この脚本について次のように、ややドヤ顔で述べている。
「本文中、何度も、「五日で脚本を書いた」とドヤ顔で自慢気に言ってますが、これに要した時間は、五日ではなく私の人生五十年です。」
『桐島です』は逃亡生活を坦々と描いていた ― 2025年07月08日
新宿武蔵野館で『桐島です』(監督:高橋伴明、脚本:梶原阿貴、出演:毎熊克哉、奥野瑛太、北香那、他)を観た。連続企業爆破事件指名手配犯・桐島聡を描いた映画である。彼は昨年(2024年)1月、病床で「私は桐島聡です」と名乗り、その4日後にガンで逝った。
あの衝撃的な「名乗り」を契機に制作された映画には、4カ月前に公開された足立正生監督の『逃走』もある。神奈川県藤沢市で市井の人として入院・死亡した桐島の49年に及ぶ逃亡生活の実態の大半は不明である。それ故に映画監督たちの想像力を駆り立てるのだと思う。
『桐島です』は『逃走』とはかなりテイストの違う映画だった。足立監督は「逃走貫徹=闘争貫徹」という明瞭なコンセプトのもとに桐島の心象風景や妄想の映像を交えて逃亡生活を描いた。高橋監督は桐島を社会的正義感がやや強い等身大の普通の人間と捉え、怒濤の青春とその後の日常を坦々と描いている。
この映画のキーワードは「時代遅れ」である。もちろん「時代遅れで何が悪い」という、時代に対する反骨を秘めている。それは、「こんな日本にしてしまってゴメン」という忸怩たる思いにつながる。世代の思いの反映だと感じる。
『桐島です』と『逃走』の両方に、桐島が本屋で『棺一基 大道寺将司全句集』(2012年発行)を手にするシーンがある。桐島の遺品にこの本があったかどうかは知らないが、あり得た場面に思える。両方の映画では、大道寺将司(死刑囚。2017年獄死)が獄中で詠んだ俳句数篇を読み上げる。私の曖昧な記憶では、選ばれた句は二つの映画でかなり異なっていた気がする。機会があれば確認したい。
『桐島です』で印象に残ったシーンがある。桐島は宇賀神寿一と共に指名手配され、別々に逃走する。二人は再会の月日と時間と場所を決めていたが、再会を果たせないまま宇賀神が逮捕される。桐島は『棺一基』の注釈を読んで宇賀神が刑期を終えて出所していると知り、かつて再会を約束した9月9日午後3時に約束の場所に赴く。その日、齢を重ねた二人は互いに気づかないままにすれ違う。フィクションだろうが心に残る。
ラストシーンも印象的だ。映画は、病床で「私は桐島聡です」と名乗った後の騒動を描かず、不思議な場面転換になる。中東と思われる塹壕の中で、老いた女性闘士(高橋恵子)が、スマホに届いたメッセージを見てつぶやく。「桐島くん、おつかれさま」と。
足立正生監督へのオマージュだろうか。
あの衝撃的な「名乗り」を契機に制作された映画には、4カ月前に公開された足立正生監督の『逃走』もある。神奈川県藤沢市で市井の人として入院・死亡した桐島の49年に及ぶ逃亡生活の実態の大半は不明である。それ故に映画監督たちの想像力を駆り立てるのだと思う。
『桐島です』は『逃走』とはかなりテイストの違う映画だった。足立監督は「逃走貫徹=闘争貫徹」という明瞭なコンセプトのもとに桐島の心象風景や妄想の映像を交えて逃亡生活を描いた。高橋監督は桐島を社会的正義感がやや強い等身大の普通の人間と捉え、怒濤の青春とその後の日常を坦々と描いている。
この映画のキーワードは「時代遅れ」である。もちろん「時代遅れで何が悪い」という、時代に対する反骨を秘めている。それは、「こんな日本にしてしまってゴメン」という忸怩たる思いにつながる。世代の思いの反映だと感じる。
『桐島です』と『逃走』の両方に、桐島が本屋で『棺一基 大道寺将司全句集』(2012年発行)を手にするシーンがある。桐島の遺品にこの本があったかどうかは知らないが、あり得た場面に思える。両方の映画では、大道寺将司(死刑囚。2017年獄死)が獄中で詠んだ俳句数篇を読み上げる。私の曖昧な記憶では、選ばれた句は二つの映画でかなり異なっていた気がする。機会があれば確認したい。
『桐島です』で印象に残ったシーンがある。桐島は宇賀神寿一と共に指名手配され、別々に逃走する。二人は再会の月日と時間と場所を決めていたが、再会を果たせないまま宇賀神が逮捕される。桐島は『棺一基』の注釈を読んで宇賀神が刑期を終えて出所していると知り、かつて再会を約束した9月9日午後3時に約束の場所に赴く。その日、齢を重ねた二人は互いに気づかないままにすれ違う。フィクションだろうが心に残る。
ラストシーンも印象的だ。映画は、病床で「私は桐島聡です」と名乗った後の騒動を描かず、不思議な場面転換になる。中東と思われる塹壕の中で、老いた女性闘士(高橋恵子)が、スマホに届いたメッセージを見てつぶやく。「桐島くん、おつかれさま」と。
足立正生監督へのオマージュだろうか。
話題の映画『国宝』を観て、原作本も読んだ ― 2025年06月29日
歌舞伎の世界を描いた話題の映画『国宝』(監督:李相日、原作:吉田修一、出演:吉沢亮、横浜流星、高畑充希、寺島しのぶ、渡辺謙、他)を観た。吉沢亮と横浜流星が演じる女形歌舞伎役者の姿が見事だと評判である。映画を観て、評判通りだと思った。
主人公・喜久雄(吉沢亮)は長崎のヤクザの親分の息子である。抗争で父を殺され、上方歌舞伎の名門・花井半二郎に引き取られ、半次郎の息子・俊介(横浜流星)と共に歌舞伎役者として育てられる。二人は同い年だ。
14歳の喜久雄が紆余曲折のすえ人間国宝にまで上り詰める約半世紀の物語である。2時間55分の映画を退屈することなく観た。上映時間は長いが、扱う時間も長い。少年があっという間に老人になっていく話なので、やや目まぐるしく、駆け足にも感じられる。
この映画には二人の役者が歌舞伎を演じる場面が多い。吉沢亮と横浜流星は1年以上稽古したそうだ。私はこの10年ばかり、年に数回ほど歌舞伎を観てきた素人である。歌舞伎役者の良し悪しがわかるわけではないが、二人の女形には感心した。二人が演じる歌舞伎シーンになると、観客席の私もつい緊張して見入ってしまい、その出来栄えにホッとする。
歌舞伎の舞台の裏側を描いているのもこの映画の魅力だ。楽屋や舞台裏の情景が興味深いし、せり上がりや花道を観客目線ではなく役者目線でとらえた映像も新鮮だ。歌舞伎座(と思しき劇場)の満員の観客席を舞台側から見た光景に感動した。
印象に残る場面が多い映画だが、半世紀にわたる話なので、シノプシスを見せられただけという気分にもなる。
多少の物足りなさを感じたので、映画館を出た後、本屋に寄って原作本を購入し、上下2巻を一気に読了した。
『国宝(上)(下)』(吉田修一/朝日文庫)
原作には映画ではわかりにくかった展開も書き込まれている。とは言え、半世紀にわたる歌舞伎役者の波乱に富んだ人生を描くには、上下2冊の分量でも、かなりの省略と飛躍が必要である。面白いが、やや駆け足の長編だった。
小説のなかで印象に残る会話の多くが映画に反映されているのには感心した。映画は、小説が描く世界の魅力を十全に取り込んでいると思う。
さて、映画と小説、どちらが面白いか。私には判断できない。一般的には原作の面白さを超えた映画は少ないと思うが『国宝』のケースは何とも言えない。映画には映画でしか感得できない味わいがあり、小説には小説でしか得られない面白さがある。映画と小説はジャンルの違う作品だという当然のことを再確認するしかない。
主人公・喜久雄(吉沢亮)は長崎のヤクザの親分の息子である。抗争で父を殺され、上方歌舞伎の名門・花井半二郎に引き取られ、半次郎の息子・俊介(横浜流星)と共に歌舞伎役者として育てられる。二人は同い年だ。
14歳の喜久雄が紆余曲折のすえ人間国宝にまで上り詰める約半世紀の物語である。2時間55分の映画を退屈することなく観た。上映時間は長いが、扱う時間も長い。少年があっという間に老人になっていく話なので、やや目まぐるしく、駆け足にも感じられる。
この映画には二人の役者が歌舞伎を演じる場面が多い。吉沢亮と横浜流星は1年以上稽古したそうだ。私はこの10年ばかり、年に数回ほど歌舞伎を観てきた素人である。歌舞伎役者の良し悪しがわかるわけではないが、二人の女形には感心した。二人が演じる歌舞伎シーンになると、観客席の私もつい緊張して見入ってしまい、その出来栄えにホッとする。
歌舞伎の舞台の裏側を描いているのもこの映画の魅力だ。楽屋や舞台裏の情景が興味深いし、せり上がりや花道を観客目線ではなく役者目線でとらえた映像も新鮮だ。歌舞伎座(と思しき劇場)の満員の観客席を舞台側から見た光景に感動した。
印象に残る場面が多い映画だが、半世紀にわたる話なので、シノプシスを見せられただけという気分にもなる。
多少の物足りなさを感じたので、映画館を出た後、本屋に寄って原作本を購入し、上下2巻を一気に読了した。
『国宝(上)(下)』(吉田修一/朝日文庫)
原作には映画ではわかりにくかった展開も書き込まれている。とは言え、半世紀にわたる歌舞伎役者の波乱に富んだ人生を描くには、上下2冊の分量でも、かなりの省略と飛躍が必要である。面白いが、やや駆け足の長編だった。
小説のなかで印象に残る会話の多くが映画に反映されているのには感心した。映画は、小説が描く世界の魅力を十全に取り込んでいると思う。
さて、映画と小説、どちらが面白いか。私には判断できない。一般的には原作の面白さを超えた映画は少ないと思うが『国宝』のケースは何とも言えない。映画には映画でしか感得できない味わいがあり、小説には小説でしか得られない面白さがある。映画と小説はジャンルの違う作品だという当然のことを再確認するしかない。
桐島聡の49年に想像力を馳せた映画『逃走』 ― 2025年03月21日
ユーロスペースで映画『逃走』(監督・脚本:足立正生、主演:古舘寛治、杉田雷麟、他)を観た。連続企業爆破事件で指名手配された桐島聡を描いた映画である。
連続企業爆破事件(1974~1975年)を起こした東アジア反日武装戦線は「狼」「大地の牙」「さそり」の三グループから成る。メンバーの大半は1975年5月に一斉逮捕された。「さそり」の一員だった宇賀神寿一と桐島聡は一斉逮捕を免れて逃走。指名手配される。宇賀神寿一は7年後の1982年に逮捕された。
そして、昨年(2024年)1月、驚きのニュースが流れた。末期ガンで入院している内田洋という男が、自分は桐島聡だと名乗り出たのである。その4日後、男は入院中の病院で死亡した。享年70歳。警視庁はDNA鑑定などから、死亡した男は桐島聡本人と断定した。
このニュースに接してすぐに映画化を考えた足立正生監督(85歳)は、1年足らずで公開にこぎつけた。老監督のフットワークに感心する。
桐島聡の近年の生活については周辺から取材できるが、49年に及ぶ逃走生活には不明の部分が多い。映画『逃走』は、事実をベースにしたフィクションである。桐島聡が抱いたかもしれない心象風景や妄想も織り込んでいる。
よくできた面白い映画だった。桐島聡の後半生を、逃走=闘争ととらえている。末期の病床での名乗りは、逃走貫徹=闘争貫徹を仲間たち伝えるメッセージだった。明解な解釈である。と言っても、49年の逃走人生には悲哀も葛藤もある。日常的な実生活に、妄想世界での別の自分との自問自答や時間を超えた仲間との会話のシーンが重なり、逃走=闘争の日々の姿が重層的に浮かび上がってくる。
桐島聡の指名手配写真は印象的な笑顔だ。逃走を開始した直後、指名手配写真を見た桐島聡は「笑顔禁止」だと自分に言い聞かせる。その滑稽な決意が面白い。「日本中にいつも笑顔をありがとう」という台詞には笑えた。
連続企業爆破事件のリーダたちは私とほぼ同世代で、桐島聡は6歳下だ。往時茫々の思いにとらわれる。だが、私より9歳上の足立正生監督は現役で活躍している。
私たちの学生時代(半世紀以上昔)、足立正生はある種のスター映画人だった。映画を撮るためにパレスチナに行き、日本赤軍の創設に関わり、国際指名手配される。22年に及ぶ海外生活の後、レバノンで逮捕・収監され、3年の禁固刑を終えて帰国(強制送還)する。表現者と実践者が融合した特異な人だ。そんな人が85歳になっても意気軒高なのである。当方も背筋を伸ばさねばという気になる。
連続企業爆破事件(1974~1975年)を起こした東アジア反日武装戦線は「狼」「大地の牙」「さそり」の三グループから成る。メンバーの大半は1975年5月に一斉逮捕された。「さそり」の一員だった宇賀神寿一と桐島聡は一斉逮捕を免れて逃走。指名手配される。宇賀神寿一は7年後の1982年に逮捕された。
そして、昨年(2024年)1月、驚きのニュースが流れた。末期ガンで入院している内田洋という男が、自分は桐島聡だと名乗り出たのである。その4日後、男は入院中の病院で死亡した。享年70歳。警視庁はDNA鑑定などから、死亡した男は桐島聡本人と断定した。
このニュースに接してすぐに映画化を考えた足立正生監督(85歳)は、1年足らずで公開にこぎつけた。老監督のフットワークに感心する。
桐島聡の近年の生活については周辺から取材できるが、49年に及ぶ逃走生活には不明の部分が多い。映画『逃走』は、事実をベースにしたフィクションである。桐島聡が抱いたかもしれない心象風景や妄想も織り込んでいる。
よくできた面白い映画だった。桐島聡の後半生を、逃走=闘争ととらえている。末期の病床での名乗りは、逃走貫徹=闘争貫徹を仲間たち伝えるメッセージだった。明解な解釈である。と言っても、49年の逃走人生には悲哀も葛藤もある。日常的な実生活に、妄想世界での別の自分との自問自答や時間を超えた仲間との会話のシーンが重なり、逃走=闘争の日々の姿が重層的に浮かび上がってくる。
桐島聡の指名手配写真は印象的な笑顔だ。逃走を開始した直後、指名手配写真を見た桐島聡は「笑顔禁止」だと自分に言い聞かせる。その滑稽な決意が面白い。「日本中にいつも笑顔をありがとう」という台詞には笑えた。
連続企業爆破事件のリーダたちは私とほぼ同世代で、桐島聡は6歳下だ。往時茫々の思いにとらわれる。だが、私より9歳上の足立正生監督は現役で活躍している。
私たちの学生時代(半世紀以上昔)、足立正生はある種のスター映画人だった。映画を撮るためにパレスチナに行き、日本赤軍の創設に関わり、国際指名手配される。22年に及ぶ海外生活の後、レバノンで逮捕・収監され、3年の禁固刑を終えて帰国(強制送還)する。表現者と実践者が融合した特異な人だ。そんな人が85歳になっても意気軒高なのである。当方も背筋を伸ばさねばという気になる。
映画『敵』の影の主役は屋敷 ― 2025年02月09日
テアトル新宿で映画『敵』(原作:筒井康隆、監督・脚本:吉田大八、主演:長塚京三)を観た。この監督の映画を観るのは『美しい星』、『騙し絵の牙』に続いて3本目である。映画を観る直前に筒井氏の原作を再読したので、原作の雰囲気と比較しつつの映画鑑賞になった。
上映後にはトークイベンがあった。吉田大八監督に若手の奥山由之氏(映画監督、写真家)がインタビューする形のトークだった。吉田監督は「原作にかなり忠実な映画です。スピリットでは…」と語っていた。その通りだとは思うが、当然ながら映画表現は小説表現とは異なる。
10年前に退職した元大学教授・渡辺儀助の生活を描いたこの映画はモノクロである。儀助が一人で暮らしている古い屋敷がモノクロにマッチしている。冒頭、儀助の起床、朝食の支度、朝食、歯磨き、洗濯、掃除、講演依頼電話への対応、パソコンを使った原稿執筆などの場面が坦々と流れる。原作小説の端正な世界引き込まれて行く心地よさを感じた。
原作の小説では、薄い膜を通した回想のような世界を感じた。映画は即物的表現がメインである。映像からは具体的でリアルな感触が伝わってくる。米を研ぐ手慣れた様子に感心し、朝食の咀嚼に美味を感じた。この映画に出てくる食べ物は美味しそうに見える。儀助が自身の生活演出に満足しているように見えるからだろう。
原作で75歳だった儀助が映画では77歳である。小説の儀助は私より1つ年下だが映画では1つ上だ。何故か得心する。この二十数年の社会の高齢化シフトを反映しているのだろう。
原作を改変した箇所はいくつかあり、それぞれに納得できて面白い。儀助の従兄弟の長子・渡辺槙男が最後に登場するのには驚いた。原作では名前が出てくるだけの人物である。渡辺槙男を登場させたのは、儀助の屋敷の相続人に指定されたからである。
吉田監督がトークでも述べていたが、この映画では屋敷のウエイトが高い。古い屋敷には記憶が多重的に刻み込まれている。畳み込まれた時間が錯綜的に流れる不思議な空間である。映画『敵』はそんな時空を表現した作品になっている。
上映後にはトークイベンがあった。吉田大八監督に若手の奥山由之氏(映画監督、写真家)がインタビューする形のトークだった。吉田監督は「原作にかなり忠実な映画です。スピリットでは…」と語っていた。その通りだとは思うが、当然ながら映画表現は小説表現とは異なる。
10年前に退職した元大学教授・渡辺儀助の生活を描いたこの映画はモノクロである。儀助が一人で暮らしている古い屋敷がモノクロにマッチしている。冒頭、儀助の起床、朝食の支度、朝食、歯磨き、洗濯、掃除、講演依頼電話への対応、パソコンを使った原稿執筆などの場面が坦々と流れる。原作小説の端正な世界引き込まれて行く心地よさを感じた。
原作の小説では、薄い膜を通した回想のような世界を感じた。映画は即物的表現がメインである。映像からは具体的でリアルな感触が伝わってくる。米を研ぐ手慣れた様子に感心し、朝食の咀嚼に美味を感じた。この映画に出てくる食べ物は美味しそうに見える。儀助が自身の生活演出に満足しているように見えるからだろう。
原作で75歳だった儀助が映画では77歳である。小説の儀助は私より1つ年下だが映画では1つ上だ。何故か得心する。この二十数年の社会の高齢化シフトを反映しているのだろう。
原作を改変した箇所はいくつかあり、それぞれに納得できて面白い。儀助の従兄弟の長子・渡辺槙男が最後に登場するのには驚いた。原作では名前が出てくるだけの人物である。渡辺槙男を登場させたのは、儀助の屋敷の相続人に指定されたからである。
吉田監督がトークでも述べていたが、この映画では屋敷のウエイトが高い。古い屋敷には記憶が多重的に刻み込まれている。畳み込まれた時間が錯綜的に流れる不思議な空間である。映画『敵』はそんな時空を表現した作品になっている。
『シビル・ウォー』は米国の内戦を追う戦場カメラマンの話 ― 2024年11月28日
映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』を那覇市のシネマパレットで観た。現代の米国が内戦に突入した世界を描いた架空の同時代戦争映画だ。
カリフォルニアとテキサスを中心とするWF(西部勢力)と政府軍の内戦状況のなか、女性戦場カメラマンら4人のジャーナリストが大統領インタビューというスクープのために車でワシントンDCを目指す話である。内戦で荒廃した世界のロードームービーの趣がある。
戦闘場面だけでなく無政府状態での私刑や大量虐殺が描かれていて、現代世界で内戦が勃発したときの悲惨さが伝わってくる。
内戦の原因などは語られていない。半世紀以上昔に筒井康隆氏が描いた『東海道戦争』の開戦理由は「東京が攻めてくるから」「大阪が攻めてくるから」だった。内戦とは防衛と攻撃がないまぜになりやすいのかもしれない。
この映画で面白いと思ったのは、内戦下にあって「あえて内戦を見ない」という態度をとる人や町が存在することだ。中立や無関心とは少し違うように思う。積極的に殻にこもるという生き方であり、そのためには殻が頑丈でなければならない。現代的な態度のひとつかもしれない。
映画を観ながら、戦場カメラマンとは不思議な仕事だとあらためて思った。大きな成果をあげた戦場カメラマンは多いし、戦場で命を落としたカメラマンも少なくない。戦場の実情を伝え、平和に資するのが彼らの使命だと思うが、過酷な仕事である。戦場カメラマンという仕事がなくなる世界になればいいはずだが、当分は無理だろう。戦場カメラマンがいなくなり、戦場だけが残る――そんな世界になると恐ろしい。
カリフォルニアとテキサスを中心とするWF(西部勢力)と政府軍の内戦状況のなか、女性戦場カメラマンら4人のジャーナリストが大統領インタビューというスクープのために車でワシントンDCを目指す話である。内戦で荒廃した世界のロードームービーの趣がある。
戦闘場面だけでなく無政府状態での私刑や大量虐殺が描かれていて、現代世界で内戦が勃発したときの悲惨さが伝わってくる。
内戦の原因などは語られていない。半世紀以上昔に筒井康隆氏が描いた『東海道戦争』の開戦理由は「東京が攻めてくるから」「大阪が攻めてくるから」だった。内戦とは防衛と攻撃がないまぜになりやすいのかもしれない。
この映画で面白いと思ったのは、内戦下にあって「あえて内戦を見ない」という態度をとる人や町が存在することだ。中立や無関心とは少し違うように思う。積極的に殻にこもるという生き方であり、そのためには殻が頑丈でなければならない。現代的な態度のひとつかもしれない。
映画を観ながら、戦場カメラマンとは不思議な仕事だとあらためて思った。大きな成果をあげた戦場カメラマンは多いし、戦場で命を落としたカメラマンも少なくない。戦場の実情を伝え、平和に資するのが彼らの使命だと思うが、過酷な仕事である。戦場カメラマンという仕事がなくなる世界になればいいはずだが、当分は無理だろう。戦場カメラマンがいなくなり、戦場だけが残る――そんな世界になると恐ろしい。








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