豪華キャストの『おちょこの傘もつメリーポピンズ』を堪能2024年06月18日

 花園神社境内の紫テントで新宿梁山泊の『おちょこの傘もつメリーポピンズ』(作:唐十郎、演出:金守珍、出演:中村勘九郎、豊川悦司、寺島しのぶ、風間杜夫、六平直政、他)を観た。豪華キャストによるテント芝居である。

 子供時代に父の故・勘三郎に連れられて紅テントに通っていた勘九郎は、今回のテント芝居出演で「天上の父に嫉妬してほしい」と語っている。豊川悦司が渡辺えりの劇団3〇〇出身だとは今回初めて知った。寺島しのぶは6年前に唐作品『秘密の花園』に出演しているが、テントは今回が初めてだ。3年前に72歳でテント芝居デビューした風間杜夫は、いまや唐十郎テント芝居の常連だ。

 『おちょこの傘もつメリーポピンズ』の初演は1976年10月の状況劇場、私は2年前の劇団唐組の公演を観ている。その後、戯曲を入手したので、今回は観劇前にそれなりの事前準備をした。あらかじめ戯曲を読み、そこに盛り込まれている多様な事柄を自分なりにチェックしたのである。豪華キャストによる芝居を十全に楽しむためだ。

 まず、Prime Videoで『メリーポピンズ』と『終着駅』を観た。この有名映画を私は未見だった。戯曲に登場する音楽はYoutubeで聞き返した。「ハロー、ハロー、ハロー」「チムチムニ、チムチムニ」、森進一の『心の旅』、アダモ(フランスの森進一?)の『バラの花咲く街角』などである。

 そして、1970年代初頭に女性週刊誌で報じられた森進一の事件についてもネットで調べた。森進一が狂信的女性ファンから婚約不履行で告訴された事件である。女性の主張は狂言として退けられ、森進一が全面勝訴したが、この女性と接触があった森進一の母親が裁判中に自殺している。唐十郎は女性週刊誌の記事から妄想を膨らませ、この女性をヒロインにした『おちょこの傘もつメリーポピンズ』を書いたのである。

 事前準備のせいもあり、このテント芝居を十分に楽しむことができた。「よくわからないけれど面白い」のが唐十郎の芝居だが、私にとって今回の公演は、わかりやすくて面白かった。「銀河鉄道の夜」「ハムレット」「ラ・マンチャの男」「アントナン・アルトー」「欲望という名の電車」などの断片をかき混ぜた芝居の時空に演劇への愛を感じた。

 中村勘九郎はハツラツとしている。豊川悦司はアテ書きのようにピッタリとはまっている。ヒロイン・寺島しのぶの比類なき存在感に魅せられた。風間杜夫はお約束のカラオケ・マイクを手に男声バックコーラスを従えて堂々と登場する。六平直政の傍若無人と豹変が交錯する怪演に圧倒される。至福と陶酔の時間だった。

 この戯曲には作者の書き間違いをそのまま台詞にしている不思議な箇所がある。その箇所で、「唐さんがそう書いている」と言いながら勘九郎と豊悦が天国の唐十郎に深く礼をする。執筆当時に追悼場面を想定していたはずはないが、絶妙の演出だ。

 芝居のラスト近くで、元演劇青年の保健所員が『欲望という名の電車』終盤の「この爪は切らなくちゃ」という台詞を引用する。ラストになって『おちょこの傘もつメリーポピンズ』と『欲望という名の電車』のヒロインが重なり、同種の人物に見えてくる。不幸な女性の妄想の果ての悲惨を描いた芝居なのだ。

 ラストの屋台崩しの空中浮遊シーンは戯曲と少し異なる演出だった。勘九郎が豊悦(の死骸)を抱いて浮遊するのではなく、雨のなかを勘九郎だけが浮遊する。この演出の方が豊悦の「犬死に」を強く印象づける。勘九郎がメリーポピンズの傘で飛び去った後、屋台崩しの借景の雨の中から傘を差した寺島しのぶが歩いて来る。戯曲にないシーンだ。これがカーテンコールにつながる。ヒロインの存在感を示す秀逸な演出だ。

 カーテンコールと恒例の役者紹介が終わり、舞台がはねても拍手がいつまでも続いた。席を立つ客はいない。かなりの時間が経って、豊川悦司、寺島しのぶ、中村勘九郎が登場した。舞台衣装からジャージや襦袢姿になっていた。