『ドン・キホーテ』は物語内物語満載のメタフィクション2023年08月22日

『ドン・キホーテ 前篇(1)(2)(3)』(セルバンテス、牛島信明訳/岩波文庫)
 ジュニア版しか読んでいないドン・キホーテの原作が岩波文庫で全6冊と知って、その長大さに驚いた。この物語は前篇と後篇に分かれている。1605年発表の前篇が評判になり、10年後に後篇を出したようだ。前篇・後篇というよりは正篇・続篇に近い。とりあえず。前篇の3冊を読んだ。

 『ドン・キホーテ 前篇(1)(2)(3)』(セルバンテス、牛島信明訳/岩波文庫)

 騎士物語を読み過ぎて頭がおかしくなったドン・キホーテがサンチョ・パンサを従者に遍歴の旅に出て、奇行を繰り返す。同郷の司祭と床屋がその二人を探しに行き、何とか連れ戻す――要約すればそれだけの話である。それが、なぜ文庫本3冊の長さになるのか。ドン・キホーテ行状記の中に別の物語がいくつも挿入されているからである。

 ドタバタ劇や絵に描いたような偶然の頻出に呆れるが、次々に美女が登場する展開で飽きさせない。不撓不屈のドン・キホーテに感心する。読みやすい古典である。

 作者のセルバンテスはレパントの海戦(1571年)で負傷した戦士で、その後、イスラムの海賊に拉致され、アルジェで5年間の虜囚生活の後、身代金で解放された。そんな体験も物語に反映されている。

 『ドン・キホーテ(前篇)』が出版されたのはセルバンテス58歳の時だった。生年は1547年、信長の弟の茶人・織田有楽斎と同じ、没年は1616年(享年68歳)、シェイクスピア(享年51歳)や徳川家康(享年73歳)と同じ――そんな時代の人だ。

 この小説で驚くのはドン・キホーテのハチャメチャ奇行ではなく、脱線の連続のような物語内物語の繰り返しである。唐突に登場して自分の物語を延々と披露する人物が次々に登場する。ドン・キホーテは遠景にかすみ、読者は「いま私は何の物語を読んでいるのだろうか」と途方に暮れる。重層的な不思議な読書時間である。

 また、騎士物語論や読書論のようなメタフィクション的な記述もある。次のような人を食った記述には笑うしかない。

 「(…)ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャを世に送り出した時代は、何と幸福な喜ばしい時代であったことか。(…)心をなごませるような楽しみの少ないこの時代に、ドン・キホーテの伝記の得もいわれぬ面白さのみならず、その伝記のなかに収められた数々の短い物語や挿話をも楽しむことができるからである。」

 セルバンテスは確信犯的に物語内物語を押し売りしているのだ。

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【後日追記リンク】
『ドン・キホーテ 後篇』

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