『満洲暴走』で『地図と拳』が描いた<史実>を確認2022年12月30日

『満洲暴走 隠された構造:大豆・満鉄・総力戦』(安冨歩/角川新書)
 満洲を舞台にした小説『地図と拳』(小川哲)を読んだのを機に次の新書を読んだ。

 『満洲暴走 隠された構造:大豆・満鉄・総力戦』(安冨歩/角川新書)

 本書を読むまで気づかなかったが「まんしゅう」の表記は「満州」でなく「満洲」が適切なようだ。駅前の餃子屋も「ぎょうざの満洲」だ。著者は「満州」だと、その一部にすぎない「関東州」や「錦州」と同格に見えてしまうと述べ、プロローグで満洲を次のように表現している。

 「満洲」――それはユートピアの名であり、血塗られた大地の名でもあります。

 満洲と言えば赤い夕陽に照らされた広大な平原のイメージだが、20世紀初頭までは虎や豹が多く棲息する大森林地帯だったそうだ。この地にロシアや日本が進出して鉄道を敷設、開発を進めたことによって森林は消滅する。

 本書のタイトル『満洲暴走』の「暴走」はポジティブ・フィードバックのことで、物事が幾何級数的に進展していく様を表している。満洲においてはさまざまな事項が暴走し、ついには破局を迎える。本書は、暴走のメカニズムを解明し、暴走の恐ろしさを語っている。暴走を止める手立てがあっても、誰もそれをしなかったのはなぜか、についても分析している。教訓的な本である。

 『地図と拳』では、架空の炭鉱都市でのゲリラ事件を機に日本軍が近辺の村の住民全員を虐殺する話が出てくる。これは平頂山事件などの史実に基づていると、著者の小川哲氏が『文春オンライン』で語っている。私はこの事件を知らなかった。本書では平頂山事件をかなり詳しく紹介し、事件を起こした人物の戦後についても述べている。暗然とする。日本では、1970年代まで忘れ去られていた事件だそうだ。

 満洲で起きた暴走を描いた本書は戦後史にも言及し、現代日本においても暴走が起こるメカニズムが働いていると指摘している。警世の書である。

 本書エピローグには「私が男装をやめたわけ」という一節もある。著者は満洲経済などを研究している東大教授だが、50歳になって自分の中の女性的なものに気づいたそうだ(恋愛対象は女性)。女性の衣服を着用すると「ただならぬ安心感」に満たされると述べている。興味深い人物だ。

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