研究者の世界が覗える『歴史学者という病』(本郷和人)2022年08月27日

『歴史学者という病』(本郷和人/講談社現代新書)
 新聞広告の「歴史学は闇も奥も深い」「歴史学ほど時代に流されやすい学問はない」「古代至上主義&京都至上主義の嫌な感じ」という惹句につられて次の新刊を読んだ。

 『歴史学者という病』(本郷和人/講談社現代新書)

 東大史料編纂所教授・本郷和人氏の姿はテレビで何度か見ているし、書店の店頭に多くの著書が並んでいるのも承知していたが、著書を読むのは初体験である。

 一気に読了できる面白い本だ。著者への関心が高まった。だが、新聞広告で私が想定した内容とは少しズレていた。歴史学の現状を告発する部分もあるが、基本は自身の歴史学者としての半生記であり、妻とのノロケ話も挿入されている。

 私は本書で初めて知ったが、本郷和人氏の妻・本郷恵子氏は東大史料編纂所の所長、つまり彼の上司だそうだ。自分より優秀な東大の同級生で、彼女を追って学者の道に進み、当初は拒まれながらも結婚に至ったらしい。歴史学者の生々しい生態が伝わってくる面白い本だ。

 本郷夫妻の専門は中世である。以前、ある中世史研究者が次のように述べていた。

 〔「頭脳の古代、ロマンの中世、体力の近世・近代」という俗諺があるのをご存じだろうか。(…)近世・近代史研究者が自嘲気味いいだしたことと察せられるが、それにしてもいい得て妙である。〕

 これを読んで「ロマンの中世」が印象に残ったが、本書では、次のようにロマンを否定している。

 〔「歴史学にロマンは要らない」という問題は、歴史好きが高じて歴史学を志そうとする若い人がかなりの確率で乗り越えねばならない壁のようなものではないかと思っている。〕

 また「歴史学は人間の内面には立ち入れないし、軽々と立ち入ってはならない」とも述べている。歴史学と歴史小説の違いである。

 著者は本書で戦後歴史学の推移を要領よく解説していて、私には役立った。マルクス主義史観の第一世代に次ぐ社会史「四人組」の第二世代に対する著者なりの位置づけはわかりやすくて説得的だ。

 「四人組」とは網野善彦、石井進、笠松宏至、勝俣鎭夫だそうだ。著者の師である石井進は網野史学のプロデューサーで、奔放な網野史学の手綱をしっかりと握りつつ、御者的な役割を果たしていたそうだ。私の本籍地・岡山県新見市の「新見庄」に関する網野・石井両氏の文章を読んだことがあり、興味深い指摘だと思った。

 新聞広告にあった「京都至上主義の嫌な感じ」は京大批判かと思ったら全く違っていた。古代史において京都の位置づけが大きすぎるのは皇国史観の「しっぽ」を引きずっているという批判だった。なるほどと思う。

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