ブログは衰退しつつあるそうだが… ― 2025年10月03日
昨日(2025.10.2)の朝日新聞の「天声人語」がブログの栄枯盛衰に触れていた。2000年代初頭に広まったブログは衰退期にあり、googleブログが11月で閉鎖、LINE やYahoo!はすでにサービスをやめているという。
そんな話を聞くと、このアサブロがいつまで続くか心配になる。利用者としては、当分は続けてほしいのだが…。
私はブログを情報発信や公開日記とは考えていない。自分自身のための備忘録である。この何年か、読了した本の読後感をブログに書いている。読了したすべての本について書いているわけではないが、なるべく書こうと努力している。
読後感を書く理由は忘却への抵抗である。年を取ってから読んだ本の内容はすぐに忘れてしまう。読んだことさえ忘れることも多い。だから、十数年前から読了した本の書名、著者名、読了日などをEXCELに記録している。これで、読んだか否かは確認できるが、書名を思い出してもその内容が甦ってくるわけではない。
内容を思い出せない本でも、読後感の文章が残っていれば助かる。何を書いた憶えていない読後感を読み返すと、その本の内容がある程度甦ってくる。読後感に書いていないことまで思い出すこともある。
読後感ブログを書くようになってからは、何年か前の読後感を読み返して「そうだ、そうであった」と記憶の底をさらう体験を何度もしてきた。読後感を書いてもその本の内容はすぐに忘れてしまう。だが、読後感が内容を思い出すキーになるのは確かであり、それは私にとって有効で有益なキーである。
芝居を観た記録をできる限りブログに残しているのも、思い出すキーになるからである。
そんなわけで、私は私自身のためにブログを書いている。ならば、ブログでなくて私的な文書として残せばいいのだが、それがなかなか難しい。他人に読んでもらうのが目的でないと言いつつも、ブログの方がモチベーションが多少上がるのは確かだ。だから、ブログサービスはいつまでも続けてほしいと思う。
そんな話を聞くと、このアサブロがいつまで続くか心配になる。利用者としては、当分は続けてほしいのだが…。
私はブログを情報発信や公開日記とは考えていない。自分自身のための備忘録である。この何年か、読了した本の読後感をブログに書いている。読了したすべての本について書いているわけではないが、なるべく書こうと努力している。
読後感を書く理由は忘却への抵抗である。年を取ってから読んだ本の内容はすぐに忘れてしまう。読んだことさえ忘れることも多い。だから、十数年前から読了した本の書名、著者名、読了日などをEXCELに記録している。これで、読んだか否かは確認できるが、書名を思い出してもその内容が甦ってくるわけではない。
内容を思い出せない本でも、読後感の文章が残っていれば助かる。何を書いた憶えていない読後感を読み返すと、その本の内容がある程度甦ってくる。読後感に書いていないことまで思い出すこともある。
読後感ブログを書くようになってからは、何年か前の読後感を読み返して「そうだ、そうであった」と記憶の底をさらう体験を何度もしてきた。読後感を書いてもその本の内容はすぐに忘れてしまう。だが、読後感が内容を思い出すキーになるのは確かであり、それは私にとって有効で有益なキーである。
芝居を観た記録をできる限りブログに残しているのも、思い出すキーになるからである。
そんなわけで、私は私自身のためにブログを書いている。ならば、ブログでなくて私的な文書として残せばいいのだが、それがなかなか難しい。他人に読んでもらうのが目的でないと言いつつも、ブログの方がモチベーションが多少上がるのは確かだ。だから、ブログサービスはいつまでも続けてほしいと思う。
『義経千本桜』のAプロは若手俳優が活躍 ― 2025年10月04日
10月の歌舞伎座は3部制で『義経千本桜』の通し狂言。演目は以下の通りである。
第1部
鳥居前
渡海屋
大物浦
第2部
木の実
小金吾討死
すし屋
第3部
吉野山
川連法眼館
できれば全段を観たいと思ったが、都合がつかず第1部と第2部を観た。今回の公演はAプロとBプロに分かれていて、第2部のBプロでは仁左衛門がいがみの権太を演ずる。その公演は即完売で、チケットを取れなかった。私が観たのはAプロである。
私は『義経千本桜』の各段を何度か観ているはずだが記録を整理していないので、詳しくはわからない。12年前の通し狂言で昼の部、9年前の通し狂言で第3部を観ているのはメモで判明した。後者では狐忠信を演じる猿之助(4代目)の宙乗りを観た。他にもいくつか観ていると思う。菊五郎の知盛や狐忠信も記憶にある。
今回の第1部、第2部では若手の活躍が目立った。鳥居前の佐藤忠信(源九郎狐)を演ずるのは21歳の市川團子である。立派だった。第3部の宙乗りも観たかったが、いずれまた機会があるだろう。知盛を演じた中村隼人は31歳。見栄えがよく堂々としていた。歌舞伎はヴェテランの老優が若い役を自然に演じることができる不思議な世界だ。今回の公演で、若い役者が年輩の役を演じることも可能なのだとあらためて認識した。ヴェテランと若手が絡み合いながら世代交代していくのだろう。
いがみの権太を演じた尾上松緑は若い役者だと思っていたが、今回はどっしりした年輩役者に感じられた。
第1部
鳥居前
渡海屋
大物浦
第2部
木の実
小金吾討死
すし屋
第3部
吉野山
川連法眼館
できれば全段を観たいと思ったが、都合がつかず第1部と第2部を観た。今回の公演はAプロとBプロに分かれていて、第2部のBプロでは仁左衛門がいがみの権太を演ずる。その公演は即完売で、チケットを取れなかった。私が観たのはAプロである。
私は『義経千本桜』の各段を何度か観ているはずだが記録を整理していないので、詳しくはわからない。12年前の通し狂言で昼の部、9年前の通し狂言で第3部を観ているのはメモで判明した。後者では狐忠信を演じる猿之助(4代目)の宙乗りを観た。他にもいくつか観ていると思う。菊五郎の知盛や狐忠信も記憶にある。
今回の第1部、第2部では若手の活躍が目立った。鳥居前の佐藤忠信(源九郎狐)を演ずるのは21歳の市川團子である。立派だった。第3部の宙乗りも観たかったが、いずれまた機会があるだろう。知盛を演じた中村隼人は31歳。見栄えがよく堂々としていた。歌舞伎はヴェテランの老優が若い役を自然に演じることができる不思議な世界だ。今回の公演で、若い役者が年輩の役を演じることも可能なのだとあらためて認識した。ヴェテランと若手が絡み合いながら世代交代していくのだろう。
いがみの権太を演じた尾上松緑は若い役者だと思っていたが、今回はどっしりした年輩役者に感じられた。
75歳のヘディンの精力的な外交活動に驚いた ― 2025年10月06日
スウェーデンの高名な探検家・地理学者ヘディンとヒトラーをはじめとするナチス幹部たちとの交流・交渉を描いた次の本を読んだ。
『秘められたベルリン使節:ヘディンのナチ・ドイツ日記』(金子民雄/中公文庫/1990.10)
私がヘディンとナチスの関係を知ったのは、10年ほど前に『ヒトラーの秘密図書館』を読んだときだった。若い頃からヘディンのファンだったヒトラーは、総統になってヘディンを賓客として招待し、ヘディンはヒトラーの言説を代弁するような著作を出版した、といった内容だった。
今年8月、NHK BSが『世界のドキュメンタリー ヒトラーの本棚:ナチズムの源を読み解く』という番組を放映した。2023年にドイツ/ベルギーで制作したこの番組に『ヒトラーの秘密図書館』の著者ライバックも解説者の一人として登場した。番組では、世界的な有名人ヘディンが『大陸の戦争におけるアメリカ』という著作でナチスの代弁者のように語った、と紹介していた。
2年前に読んだ『ナチスと隕石仏像』もヘディンとナチスの関係に言及していた。この本では、親衛隊長官ヒムラーがアーリア人の痕跡追求のためチベット探検に注力し、ヘディンとも交流があったと紹介している。だが、ヘディンにとっては祖国スウェーデンの中立維持のための交流であり、「親ナチス」という批判を見直すべきだと述べている。
私は、最近になってヘディンの『馬仲英の逃亡』と『さまよえる湖』を読み、この胆力ある探検家への興味がわき、ヘディンとナチスの関係が気になってきた。ヒトラーやナチスは私の関心領域なので関連書を何冊か読んできたが、上記の2冊以外にヘディンに触れた本は記憶にない。カーショーの大著『ヒトラー』にもヘディンは登場しない。
で、ネットを検索して30年以上前に出た本書『秘められたベルリン使節』を見つけた。著者は最近読んだ『西域 探検の世紀』の金子民雄氏である。
本書は1935年から1943年1月まで、ヘディン70歳から77歳までのベルリンでの活動の記録である。400頁を越えるこの文庫本の読了には思いのほかの時間を要した。ヘディンの日記をベースに、歴史上のひとつの時期を緻密に記録している。彼の交流関係が広範なため登場人物が多い。後世の眼で俯瞰する歴史書ではなく、同時代進行の記録である。登場人物たちが情勢を語るさまざまな言説によって、先行き不透明な時代をヘディンと共に模索している気分になる。
本書で驚いたのは、ヘディンがかなりの大物で、政治にも大いなる関心を抱いていたことだ。高名な探検家ヘディンはスウェーデン国王や政府関係者とも交流があり、ノーベル賞の選考委員も務めている。ヒトラーと個人的友人関係にあったと言われるが、それ以前からドイツ皇帝やヒンデンブルグらとも交友があった。ゲーリングとは無名時代から親しかった。
また、ヘディンが克明な日記を残しているのも感嘆に値する。人と会談したときは、その内容を会話体で記録している。交友関係が驚くほど広いから日記は膨大である。ヘディンは探検費用を捻出するために膨大な探検記や戦記(第一次大戦)を書いているが、それらの著作のベースには克明な日記があったのだ。
70歳を過ぎてもベルリンを何度も訪問しているヘディンは、ナチスの要人と会談を重ねている。ヒトラーとの会談は新聞報道もされる。ヘディンは、そんな会談を個人的な活動と述べているが、実際にはスウェーデン国王や政府の意を受けた外交活動と情報収集(ナチス政府の意図確認)だった。当時、ナチスの要人と容易に会える外国人はヨーロッパ中でもヘディンしかいなかった。
ヘディンがそんな立場にいたのは、若いときからの親独派であり、ゲルマン人の優位性を信じていたからである。だが、全面的にナチスに共感していたわけではない。ユダヤ人や教会へのナチスの政策には批判的だった。ヘディンの著作『ドイツと世界平和』のドイツ語版は、ナチスからの修正要求に応じなかったため出版できなかった。そんな事情にもかかわず、ヒトラーはこの高名は老探検家を友人として遇した。
本書によって、北欧三国(フィンランド、スウェーデン、ノルウェー)とナチス・ドイツとの微妙な関係を垣間見ることができた。ヘディンが自らに課していた使命はスウェーデンの中立維持である。結果的にその使命は果たされ、スウェーデンは第二次世界大戦において中立を維持できた。たが、スウェーデンのナチス批判派は戦後、親ナチスだったヘディンを批判する。
ヘディンがゲッベルスやヒムラーとも何度か会見し、友好関係を結んでいたのは事実だ。そのため、ナチスから迫害されている団体や要人の関係者からは、改善の嘆願依頼がヘディンのもとに殺到した。ヘディンはそのいくつかをゲッベルスやヒムラーに取りつぎ、改善が実現したものもある。ナチスにとって、ヘディンは無視できない大物だったようだ。
本書には、探検の成果を元に地図を作製・出版する作業の紹介もある。かなりの費用を要する作業だったらしい。20世紀前半の探検の時代、探検と政治の関係はかなり近かったのだと思う。
『秘められたベルリン使節:ヘディンのナチ・ドイツ日記』(金子民雄/中公文庫/1990.10)
私がヘディンとナチスの関係を知ったのは、10年ほど前に『ヒトラーの秘密図書館』を読んだときだった。若い頃からヘディンのファンだったヒトラーは、総統になってヘディンを賓客として招待し、ヘディンはヒトラーの言説を代弁するような著作を出版した、といった内容だった。
今年8月、NHK BSが『世界のドキュメンタリー ヒトラーの本棚:ナチズムの源を読み解く』という番組を放映した。2023年にドイツ/ベルギーで制作したこの番組に『ヒトラーの秘密図書館』の著者ライバックも解説者の一人として登場した。番組では、世界的な有名人ヘディンが『大陸の戦争におけるアメリカ』という著作でナチスの代弁者のように語った、と紹介していた。
2年前に読んだ『ナチスと隕石仏像』もヘディンとナチスの関係に言及していた。この本では、親衛隊長官ヒムラーがアーリア人の痕跡追求のためチベット探検に注力し、ヘディンとも交流があったと紹介している。だが、ヘディンにとっては祖国スウェーデンの中立維持のための交流であり、「親ナチス」という批判を見直すべきだと述べている。
私は、最近になってヘディンの『馬仲英の逃亡』と『さまよえる湖』を読み、この胆力ある探検家への興味がわき、ヘディンとナチスの関係が気になってきた。ヒトラーやナチスは私の関心領域なので関連書を何冊か読んできたが、上記の2冊以外にヘディンに触れた本は記憶にない。カーショーの大著『ヒトラー』にもヘディンは登場しない。
で、ネットを検索して30年以上前に出た本書『秘められたベルリン使節』を見つけた。著者は最近読んだ『西域 探検の世紀』の金子民雄氏である。
本書は1935年から1943年1月まで、ヘディン70歳から77歳までのベルリンでの活動の記録である。400頁を越えるこの文庫本の読了には思いのほかの時間を要した。ヘディンの日記をベースに、歴史上のひとつの時期を緻密に記録している。彼の交流関係が広範なため登場人物が多い。後世の眼で俯瞰する歴史書ではなく、同時代進行の記録である。登場人物たちが情勢を語るさまざまな言説によって、先行き不透明な時代をヘディンと共に模索している気分になる。
本書で驚いたのは、ヘディンがかなりの大物で、政治にも大いなる関心を抱いていたことだ。高名な探検家ヘディンはスウェーデン国王や政府関係者とも交流があり、ノーベル賞の選考委員も務めている。ヒトラーと個人的友人関係にあったと言われるが、それ以前からドイツ皇帝やヒンデンブルグらとも交友があった。ゲーリングとは無名時代から親しかった。
また、ヘディンが克明な日記を残しているのも感嘆に値する。人と会談したときは、その内容を会話体で記録している。交友関係が驚くほど広いから日記は膨大である。ヘディンは探検費用を捻出するために膨大な探検記や戦記(第一次大戦)を書いているが、それらの著作のベースには克明な日記があったのだ。
70歳を過ぎてもベルリンを何度も訪問しているヘディンは、ナチスの要人と会談を重ねている。ヒトラーとの会談は新聞報道もされる。ヘディンは、そんな会談を個人的な活動と述べているが、実際にはスウェーデン国王や政府の意を受けた外交活動と情報収集(ナチス政府の意図確認)だった。当時、ナチスの要人と容易に会える外国人はヨーロッパ中でもヘディンしかいなかった。
ヘディンがそんな立場にいたのは、若いときからの親独派であり、ゲルマン人の優位性を信じていたからである。だが、全面的にナチスに共感していたわけではない。ユダヤ人や教会へのナチスの政策には批判的だった。ヘディンの著作『ドイツと世界平和』のドイツ語版は、ナチスからの修正要求に応じなかったため出版できなかった。そんな事情にもかかわず、ヒトラーはこの高名は老探検家を友人として遇した。
本書によって、北欧三国(フィンランド、スウェーデン、ノルウェー)とナチス・ドイツとの微妙な関係を垣間見ることができた。ヘディンが自らに課していた使命はスウェーデンの中立維持である。結果的にその使命は果たされ、スウェーデンは第二次世界大戦において中立を維持できた。たが、スウェーデンのナチス批判派は戦後、親ナチスだったヘディンを批判する。
ヘディンがゲッベルスやヒムラーとも何度か会見し、友好関係を結んでいたのは事実だ。そのため、ナチスから迫害されている団体や要人の関係者からは、改善の嘆願依頼がヘディンのもとに殺到した。ヘディンはそのいくつかをゲッベルスやヒムラーに取りつぎ、改善が実現したものもある。ナチスにとって、ヘディンは無視できない大物だったようだ。
本書には、探検の成果を元に地図を作製・出版する作業の紹介もある。かなりの費用を要する作業だったらしい。20世紀前半の探検の時代、探検と政治の関係はかなり近かったのだと思う。
評判の『バヤガヤの夜』を読んだが…… ― 2025年10月08日
世界的なミステリー文学賞である英国のダガー賞を日本人で初めて受賞した作品として話題になっている次の小説を読んだ。
『バヤガヤの夜』(王谷晶/河出文庫)
私には未知の作家の作品である。翻訳されて海外でも高く評価されているのだから傑作だろうと期待して手に取った。女性作家による女性バイオレンス小説である。
読み始めて、「なんじゃ、これは」と思った。テンポがよくて読みやすいが、話の流れについていけない。雑なマンガを読まされている気分で、話の展開に違和感を抱いたまま読了した。
面白くないわけではないが、高く評価される理由が私にはよくわからない。私とは波長が合わない。高齢者(76歳)の私の感性が時代からかけ離れつつあるのだろうと思う。
バイオレンス小説と言えば私の世代にとっては大藪春彦や西村寿行であり、彼らのバイオレンスには時代精神のようなものが反映されていたと思う。『バヤガヤの夜』にも何かが反映されているのだろうが、私にはその「何か」がわからない。あきらめるしかない。
バヤガヤとは西洋の鬼婆のようなものらしい。この小説の主人公は日本人だが色々な血が混じっている。それが現代的なのかもしれない。歯切れのいい文体が受け入れられているのかなとも思う。小説の骨格は歌舞伎などの「道行」に近い。それがいいのだろうか。
『バヤガヤの夜』(王谷晶/河出文庫)
私には未知の作家の作品である。翻訳されて海外でも高く評価されているのだから傑作だろうと期待して手に取った。女性作家による女性バイオレンス小説である。
読み始めて、「なんじゃ、これは」と思った。テンポがよくて読みやすいが、話の流れについていけない。雑なマンガを読まされている気分で、話の展開に違和感を抱いたまま読了した。
面白くないわけではないが、高く評価される理由が私にはよくわからない。私とは波長が合わない。高齢者(76歳)の私の感性が時代からかけ離れつつあるのだろうと思う。
バイオレンス小説と言えば私の世代にとっては大藪春彦や西村寿行であり、彼らのバイオレンスには時代精神のようなものが反映されていたと思う。『バヤガヤの夜』にも何かが反映されているのだろうが、私にはその「何か」がわからない。あきらめるしかない。
バヤガヤとは西洋の鬼婆のようなものらしい。この小説の主人公は日本人だが色々な血が混じっている。それが現代的なのかもしれない。歯切れのいい文体が受け入れられているのかなとも思う。小説の骨格は歌舞伎などの「道行」に近い。それがいいのだろうか。
『南洋標本館』は読みごたえがある現代史小説 ― 2025年10月10日
新聞の書評(日経2025.8.25、朝日2025.9.13)で気になった次の小説を読んだ。
『南洋標本館』(葉山博子/早川書房)
主な舞台は日本領土だった台湾であり、主人公たちの活動範囲は南洋諸島やインドネシアにまで広がる。台湾で生まれ育った二人の植物学者の運命を軸に、大正末期から日本の敗戦までの時代を描いている。重厚で読みごたえがある小説だ。
主人公は福建省にルーツをもつ本島人で、名前は劉偉→陳永豊→永山豊吉と変遷する。この変遷の経緯もひとつの物語だが、ここでは陳と呼ぶ。成績優秀な陳は台湾の高等学校から東大医学部に進学するも、農学部林学科へ転部する。
高等学校時代からの陳の友人である生田琴司は台湾生まれの内地人である。総督府官吏の父は琴司を内地の大学に進ませようとするが、台湾から離れたくない琴司は台北帝大理農学部に進学する。
陳も琴司も植物学者を目指している。植物学は林学や農学などの実学とは異なり「道楽」と見なされていた。二人は手分けして「南洋標本館」を作るのが夢である。本島人と内地人の二人の人生は、満州事変、日中戦争、太平洋戦争、そして敗戦に至る時代の波に翻弄される――という物語である。
この小説には実在の人物が何人か登場する。巻末の参考文献や謝辞から推測すると琴司のモデルとなった植物学者は細川隆英という学者のようだ。陳にモデルがいるか否かは不明だ。フィクションの人物のように思えるが、その造形は陰影に富んでいて魅力的だ。
日本の植民地だった台湾の姿をかなり詳しく書き込んでいるのもこの小説の魅力の一つだ。著者の情報収集力に感心した。と言うのは、1988年生まれという著者の若さに驚いたからである。
著者より40歳上の戦後生まれの私は、当然ながら当時の台湾の様子を知らない。だが、かの地に多少の思い入れがある。私の祖父は台湾総督府病院の医者だった時期があり、母は台湾生まれだ。私は子供の頃、祖母や母から台湾時代の話をいろいろ聞かされた。私より40歳若い著者の描写を読んでいて、遠い昔に祖母や母から聞かされた情景に重なり、不思議な気分になった。
この小説を読んでいて、あらためて台湾の現代史の変転の激しさを感じた。この地に暮らし、時代の奔流のなかを生きねばならない人々には多様なドラマがある。不謹慎な言い方だが、面白い物語が生まれる。
この小説の第二の舞台とも言えるインドネシアについて私はほとんど知らない。オランダの植民地から日本の占領地になり、民族主義が生まれる時代を背景に物語は展開する。これも興味深い現代史である。かなり以前に読んだ『想像の共同体』がインドネシアのナショナリズムに言及していたのを想起した。
『南洋標本館』(葉山博子/早川書房)
主な舞台は日本領土だった台湾であり、主人公たちの活動範囲は南洋諸島やインドネシアにまで広がる。台湾で生まれ育った二人の植物学者の運命を軸に、大正末期から日本の敗戦までの時代を描いている。重厚で読みごたえがある小説だ。
主人公は福建省にルーツをもつ本島人で、名前は劉偉→陳永豊→永山豊吉と変遷する。この変遷の経緯もひとつの物語だが、ここでは陳と呼ぶ。成績優秀な陳は台湾の高等学校から東大医学部に進学するも、農学部林学科へ転部する。
高等学校時代からの陳の友人である生田琴司は台湾生まれの内地人である。総督府官吏の父は琴司を内地の大学に進ませようとするが、台湾から離れたくない琴司は台北帝大理農学部に進学する。
陳も琴司も植物学者を目指している。植物学は林学や農学などの実学とは異なり「道楽」と見なされていた。二人は手分けして「南洋標本館」を作るのが夢である。本島人と内地人の二人の人生は、満州事変、日中戦争、太平洋戦争、そして敗戦に至る時代の波に翻弄される――という物語である。
この小説には実在の人物が何人か登場する。巻末の参考文献や謝辞から推測すると琴司のモデルとなった植物学者は細川隆英という学者のようだ。陳にモデルがいるか否かは不明だ。フィクションの人物のように思えるが、その造形は陰影に富んでいて魅力的だ。
日本の植民地だった台湾の姿をかなり詳しく書き込んでいるのもこの小説の魅力の一つだ。著者の情報収集力に感心した。と言うのは、1988年生まれという著者の若さに驚いたからである。
著者より40歳上の戦後生まれの私は、当然ながら当時の台湾の様子を知らない。だが、かの地に多少の思い入れがある。私の祖父は台湾総督府病院の医者だった時期があり、母は台湾生まれだ。私は子供の頃、祖母や母から台湾時代の話をいろいろ聞かされた。私より40歳若い著者の描写を読んでいて、遠い昔に祖母や母から聞かされた情景に重なり、不思議な気分になった。
この小説を読んでいて、あらためて台湾の現代史の変転の激しさを感じた。この地に暮らし、時代の奔流のなかを生きねばならない人々には多様なドラマがある。不謹慎な言い方だが、面白い物語が生まれる。
この小説の第二の舞台とも言えるインドネシアについて私はほとんど知らない。オランダの植民地から日本の占領地になり、民族主義が生まれる時代を背景に物語は展開する。これも興味深い現代史である。かなり以前に読んだ『想像の共同体』がインドネシアのナショナリズムに言及していたのを想起した。
ヘレニズム期の宗教融合がテーマの『辺境の王朝と英雄』 ― 2025年10月12日
ローマ史家・本村凌二氏がメソポタミアからローマ帝国まで4000年の文明史を書き下す『地中海世界の歴史(全8巻)』の第4巻を読んだ。
『辺境の王朝と英雄:ヘレニズム文明(地中海世界の歴史4)』(本村凌二/講談社選書メチエ)
このシリーズの第1巻『神々のささやく世界』と第2巻『沈黙する神々の帝国』はオリエント、第3巻『白熱する人間たちの都市』はギリシアの歴史であり、それぞれの時代に生きた人々の心性の変遷という視点で語る文明史だった。
第4巻はオリエントとギリシアの文明が交錯するヘレニズムが主題である。著者は「はじめに」で次のように語っている。
「ヘレニズム文化とは、オリエントのギリシア化であるとともに、ギリシア文化のオリエント化でもある。非ギリシア系の人々に受け入れられたヘレニズム文化は、それだけに普遍的な性格をもっている。このために、ヘレニズム文化というよりもヘレニズム文明とよぶべきだろう。」
本書は全4章から成り、前半の1、2章はマケドニアのフィリッポス2世と息子のアレクサンドロス大王の事績概要である。類書や映画などで取り上げられてきたアレクサンドロス大王の物語を復習する気分で読んだ。
3章はアレクサンドロス死後の後継者戦争(ディアドコイ)の話がメインだ。私の知らない話が多く、勉強になった。アレクサンドロスは「民族の融合」ということを考えていたかもしれないが、後継者である部下たちにはそんな意図がなかったそうだ。したがって、各地にできたギリシアの植民都市において支配層のギリシア人と土着の人々との融合が進展したとは言えない。
本村氏の『地中海世界の歴史』シリーズの主題である心性の変遷は、最後の「第4章 共通語は新しい神を生む」になって展開される。
ヘレニズムというグローバル化が空前絶後といえるほどの規模で宗教融合(シンクレティズム)をもたらし、各地の固有の神が集約されて普遍的な神が生まれたと指摘している。この話の大筋は、本村氏の『多神教と一神教』のテーマに通じている。あの本を復習している気分になった。
アレクサンドロスやヘレニズムがテーマなら、攻め込んだギリシア視点だけでなく攻め込まれたオリエント視点での歴史記述も期待したが、そんな記述はなかった。バクトリアなどユーラシア西部のヘレニズムには軽く触れているだけだ。『地中海世界の歴史』だから当然なのかもしれないが…。
『辺境の王朝と英雄:ヘレニズム文明(地中海世界の歴史4)』(本村凌二/講談社選書メチエ)
このシリーズの第1巻『神々のささやく世界』と第2巻『沈黙する神々の帝国』はオリエント、第3巻『白熱する人間たちの都市』はギリシアの歴史であり、それぞれの時代に生きた人々の心性の変遷という視点で語る文明史だった。
第4巻はオリエントとギリシアの文明が交錯するヘレニズムが主題である。著者は「はじめに」で次のように語っている。
「ヘレニズム文化とは、オリエントのギリシア化であるとともに、ギリシア文化のオリエント化でもある。非ギリシア系の人々に受け入れられたヘレニズム文化は、それだけに普遍的な性格をもっている。このために、ヘレニズム文化というよりもヘレニズム文明とよぶべきだろう。」
本書は全4章から成り、前半の1、2章はマケドニアのフィリッポス2世と息子のアレクサンドロス大王の事績概要である。類書や映画などで取り上げられてきたアレクサンドロス大王の物語を復習する気分で読んだ。
3章はアレクサンドロス死後の後継者戦争(ディアドコイ)の話がメインだ。私の知らない話が多く、勉強になった。アレクサンドロスは「民族の融合」ということを考えていたかもしれないが、後継者である部下たちにはそんな意図がなかったそうだ。したがって、各地にできたギリシアの植民都市において支配層のギリシア人と土着の人々との融合が進展したとは言えない。
本村氏の『地中海世界の歴史』シリーズの主題である心性の変遷は、最後の「第4章 共通語は新しい神を生む」になって展開される。
ヘレニズムというグローバル化が空前絶後といえるほどの規模で宗教融合(シンクレティズム)をもたらし、各地の固有の神が集約されて普遍的な神が生まれたと指摘している。この話の大筋は、本村氏の『多神教と一神教』のテーマに通じている。あの本を復習している気分になった。
アレクサンドロスやヘレニズムがテーマなら、攻め込んだギリシア視点だけでなく攻め込まれたオリエント視点での歴史記述も期待したが、そんな記述はなかった。バクトリアなどユーラシア西部のヘレニズムには軽く触れているだけだ。『地中海世界の歴史』だから当然なのかもしれないが…。
ガジュマルの巨木が命を守る『木の上の軍隊』 ― 2025年10月14日
いま、沖縄に来ている。映画『木の上の軍隊』(原案:井上ひさし、脚本・監督:平一紘、出演:堤真一、山田裕貴、他)を那覇市のシネマパレットで観た。
舞台は沖縄の伊江島。1945年の終戦を知らずに2年間、ガジュマルの木の上で生き抜いた二人の日本兵の実話をベースにした物語である。以前にこまつ座が上演した芝居を沖縄出身の監督が映画化した。井上ひさしは、この芝居の原案メモを残して逝去。娘の井上麻矢(こまつ座社長)がメモを蓬莱竜太と影山民也に託して戯曲化、上演したそうだ。私はその芝居を観ていない。
芝居を観ていないので映画と芝居との相違点はわからないが、映画を観ながら芝居よりは映画に向いた題材だと感じた。映画的な切り口で題材を料理した作品だから、そう感じるのが当然で、芝居を観れば芝居向きの題材だと感じるかもしれない。
木の上で2年間も暮らした話だと聞いたとき、ファンタジーかと思った。実際には、人目を忍んで時々は地上に降りて食料などを調達する過酷な樹上生活の話だった。
この映画は全編沖縄ロケで、伊江島に茂るガジュマルを使っている。本物のガジュマルの映像が、木の上と地上を行き来する生活の危うさをリアルに映し出す。地上から見つからないための樹上生活だから小屋掛けなどはできない。巨木とは言え、枝の上で寝起きし食事をとるのは容易でない。油断して地上に落下することもある。主人公たちにとっては極限状態であり、呑気なおとぎ話などではないのだが、緑豊かな映像がガジュマルの巨木に守られた生活のようにも感じられた。
この映画で印象に残るもうひとつの光景は、南の島の青い海と白い砂浜である。その美しい映像も映画ならではの魅力だ。
主人公二人は本土出身の上官と伊江島出身の朴訥な若い兵士である。当初、兵士にとって上官は恐ろしい存在だったが、月日とともに二人の関係が変化していく。そこに悲惨な戦争を背景にしたヒューマン・コメディが生まれる。人の生き抜く力を讃えた作品だ。
舞台は沖縄の伊江島。1945年の終戦を知らずに2年間、ガジュマルの木の上で生き抜いた二人の日本兵の実話をベースにした物語である。以前にこまつ座が上演した芝居を沖縄出身の監督が映画化した。井上ひさしは、この芝居の原案メモを残して逝去。娘の井上麻矢(こまつ座社長)がメモを蓬莱竜太と影山民也に託して戯曲化、上演したそうだ。私はその芝居を観ていない。
芝居を観ていないので映画と芝居との相違点はわからないが、映画を観ながら芝居よりは映画に向いた題材だと感じた。映画的な切り口で題材を料理した作品だから、そう感じるのが当然で、芝居を観れば芝居向きの題材だと感じるかもしれない。
木の上で2年間も暮らした話だと聞いたとき、ファンタジーかと思った。実際には、人目を忍んで時々は地上に降りて食料などを調達する過酷な樹上生活の話だった。
この映画は全編沖縄ロケで、伊江島に茂るガジュマルを使っている。本物のガジュマルの映像が、木の上と地上を行き来する生活の危うさをリアルに映し出す。地上から見つからないための樹上生活だから小屋掛けなどはできない。巨木とは言え、枝の上で寝起きし食事をとるのは容易でない。油断して地上に落下することもある。主人公たちにとっては極限状態であり、呑気なおとぎ話などではないのだが、緑豊かな映像がガジュマルの巨木に守られた生活のようにも感じられた。
この映画で印象に残るもうひとつの光景は、南の島の青い海と白い砂浜である。その美しい映像も映画ならではの魅力だ。
主人公二人は本土出身の上官と伊江島出身の朴訥な若い兵士である。当初、兵士にとって上官は恐ろしい存在だったが、月日とともに二人の関係が変化していく。そこに悲惨な戦争を背景にしたヒューマン・コメディが生まれる。人の生き抜く力を讃えた作品だ。
劇評を読んだ半世紀後に『狂人なおもて往生をとぐ』を観た ― 2025年10月18日
水道橋のIMM THEATERで清水邦夫の初期作品『狂人なおもて往生をとぐ――昔、僕達は愛した』(演出:稲葉賀恵、出演:木村達成、岡本玲、酒井大成、橘花梨、伊勢志摩、堀部圭亮)を観た。
私はこの数年、清水作品の再演をいくつか観ている。シニアによる『鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』、パルコ劇場の『タンゴ・冬の終わりに』、渡辺えり演出の『ぼくらが大河をくだる時』などだ。
『狂人なおもて往生をとぐ』の再演をこれらの再演と異質に感じるのは、私が知った最初の清水作品だからである。この芝居の初演は56年前の1969年3月、私は大学生だった。その舞台を観ていないが記憶に強く残っている。当時、私が傾倒していた安部公房が高く評価した新進の劇作家が清水邦夫だった。安部公房の紹介で32歳の清水邦夫が俳優座に初めて書き下ろしたのが『狂人なおもて往生をとぐ』である。そのときの朝日新聞の劇評は、いまも手元のある。
その劇評の冒頭が記憶に残った。「俳優座の定期公演がついに新しい鉱脈をさぐりあてた。」とある。この若手劇作家はこれからは俳優座に戯曲を提供していくのだろうと思った。だが、時代はそのようには推移しなかった。アングラ劇の台頭によって新劇の魅力は色あせ、清水邦夫は蜷川幸雄と組んだ「現代人劇場」の新宿アートシアター公演に邁進する。私は、この劇団を新劇とアングラの中間劇団と感じていた。
『狂人なおもて往生をとぐ』の舞台は観ていないが、翌年(1970年1月)出版された戯曲を読んだ。それから半世紀以上が経過し、清水邦夫の孫世代による公演があると知り、すぐにチケットを入手した。観劇前に大半を失念している戯曲を再読し、思った以上に1960年代後期の空気を反映した台詞が多いなと感じた。
この芝居は、大学教授一家の家庭劇である。大学教授夫妻と三人の子供(長男、長女、次男)の話であり、長男は狂人である。デモで機動隊に頭の殴られて精神異常になり、自分の家庭を娼家だと思い込んでいる。母と妹は娼婦、父と弟は客である。
教育学の教授である父親の発案で、家族は狂人の長男に合わせて娼婦や客を演じる。その芝居の中で、娼婦や客は家族ゴッコというゲームを始める。そこに、次男の婚約者である若い女性も参入し、ゴッコと現実が錯綜する「芝居」が展開する――という芝居である。
戯曲を再度したとき「トルコ風呂」「電話交換手」などの死語が気になり、上演では言い換えるかなと思った。だが、そのまま使っていた。と言っても、1960年代の昭和風俗劇ではない。舞台は抽象的で衣装も現代風だ。
この芝居は、狂気と常識のせめぎあいのなかで狂気が新たな時代を切り拓くというメッセージを秘めているようだ。だが、そのメッセージ性がさほど強いとは感じられない。むしろ、家族のアレコレを盛り込んだ物語によって、父性の崩壊を描いているようにも思えた。
私はこの数年、清水作品の再演をいくつか観ている。シニアによる『鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』、パルコ劇場の『タンゴ・冬の終わりに』、渡辺えり演出の『ぼくらが大河をくだる時』などだ。
『狂人なおもて往生をとぐ』の再演をこれらの再演と異質に感じるのは、私が知った最初の清水作品だからである。この芝居の初演は56年前の1969年3月、私は大学生だった。その舞台を観ていないが記憶に強く残っている。当時、私が傾倒していた安部公房が高く評価した新進の劇作家が清水邦夫だった。安部公房の紹介で32歳の清水邦夫が俳優座に初めて書き下ろしたのが『狂人なおもて往生をとぐ』である。そのときの朝日新聞の劇評は、いまも手元のある。
その劇評の冒頭が記憶に残った。「俳優座の定期公演がついに新しい鉱脈をさぐりあてた。」とある。この若手劇作家はこれからは俳優座に戯曲を提供していくのだろうと思った。だが、時代はそのようには推移しなかった。アングラ劇の台頭によって新劇の魅力は色あせ、清水邦夫は蜷川幸雄と組んだ「現代人劇場」の新宿アートシアター公演に邁進する。私は、この劇団を新劇とアングラの中間劇団と感じていた。
『狂人なおもて往生をとぐ』の舞台は観ていないが、翌年(1970年1月)出版された戯曲を読んだ。それから半世紀以上が経過し、清水邦夫の孫世代による公演があると知り、すぐにチケットを入手した。観劇前に大半を失念している戯曲を再読し、思った以上に1960年代後期の空気を反映した台詞が多いなと感じた。
この芝居は、大学教授一家の家庭劇である。大学教授夫妻と三人の子供(長男、長女、次男)の話であり、長男は狂人である。デモで機動隊に頭の殴られて精神異常になり、自分の家庭を娼家だと思い込んでいる。母と妹は娼婦、父と弟は客である。
教育学の教授である父親の発案で、家族は狂人の長男に合わせて娼婦や客を演じる。その芝居の中で、娼婦や客は家族ゴッコというゲームを始める。そこに、次男の婚約者である若い女性も参入し、ゴッコと現実が錯綜する「芝居」が展開する――という芝居である。
戯曲を再度したとき「トルコ風呂」「電話交換手」などの死語が気になり、上演では言い換えるかなと思った。だが、そのまま使っていた。と言っても、1960年代の昭和風俗劇ではない。舞台は抽象的で衣装も現代風だ。
この芝居は、狂気と常識のせめぎあいのなかで狂気が新たな時代を切り拓くというメッセージを秘めているようだ。だが、そのメッセージ性がさほど強いとは感じられない。むしろ、家族のアレコレを盛り込んだ物語によって、父性の崩壊を描いているようにも思えた。








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