スエトニウスの『ローマ皇帝伝』はゴシップ集?!2022年01月19日

『ローマ皇帝伝(上)』(スエトニウス/国原吉之助訳/岩波文庫)
 昨年夏、SF作家アシモフの ローマ史解説本を面白く読んだ。そのなかで歴史家スエトニウスの『ローマ皇帝伝』に関する次の記述が印象に残った。

 『これは(…)11人の皇帝に関するゴシップ風の伝記であった。スエトニウスは醜聞に属する話を繰り返すのが好きで、いまの歴史家なら単なる噂ばなしとして省いてしまうような記述がかなり含まれている。しかし、彼の文体は平易であり、そのこまごまと語り伝える暴露記事は、当時はもちろん今でもこの本を人気のある読み物にしている。』

 この記述で、いずれスエトニウスを読んでみたいと思った。年が明けて、やっとひもといた。

 『ローマ皇帝伝(上)』(スエトニウス/国原吉之助訳/岩波文庫)

 この上巻が取り上げるのはカエサル、アウグストゥス、ティベリウスの3人、帝政ローマを確立した大立者カエサル、帝国の統治を盤石にした初代皇帝アウグストゥス、それを受け継いだ二代目皇帝ティベリウスの皇帝伝である。ただし、「皇帝」という言葉はタイトルにあるだけで、本文には出てこない。主に「元首」を使っている。実態は皇帝でも「皇帝」という概念が言葉や概念が歴史的に後付けだからだ。

 この「皇帝伝」は確かにゴシップ集の趣がある。現在の週刊誌の皇室記事以上にあけすけで、性癖の話題も多い。皇帝についてここまで書いていいのかと感嘆するが、スエトニウスの時代の人々にとって、皇帝とはそういう存在だったのだとも思える。

 スエトニウスが生まれたのは70年頃で、トライヤヌス帝やハドリアヌス帝の時代の歴史家である。彼にとってカエサルは170年前の人であり、ティベリウスでも110年以上前の人だ。1948年生まれの私が江戸時代の人物を語っているような時間感覚だ。

 だが、この皇帝伝を読んでいると同時代のルポライターの週刊誌記事を読んでいる気分になる。皇帝周辺の人々から仕入れた噂ばなしを披露するような趣もある。そんな噂が後世にまで伝わっていたのだろうが、100年以上昔の話となると、どれほど尾ひれがついているのか判然としない。でも、面白いのは確かだ。

 本書を読んでいてナルホドと思ったのは、ローマの聖なる炉床を守るウェスタの聖女に関する次の記述である。

 「ウェスタ聖女が亡くなって代わりの処女を採用せねばならなくなったとき、多くの親が自分の娘に籤があたらぬように、いろいろと裏で工作していた」

 特権的な女性神官職の実態が垣間見え、スエトニウスの率直な記述に親しみがわく。

 本書が取り上げるカエサル、アウグストゥス、ティベリウスと並べると、時代が下がるに従って皇帝の性格が陽から陰に移っていくのが興味深い。陽気大胆から周到沈着を経て陰鬱残酷へと移ろっていく。皇帝の性格であって時代相ではないのだが。

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