ローマ帝国末期の女性哲学者ヒュパティアの本が出た2022年01月04日

『ヒュパティア:後期ローマ帝国の女性知識人』(エドワード・J・ワッソ/中西恭子訳/白水社)
 11年前に観た 映画『アレクサンドリア』でヒュパティアという名を知った。ローマ帝国末期のアレクサンドリアで活躍し、キリスト教の暴徒に虐殺された美貌の数学者・天文学者である。衝撃的な映画だった。彼女についてもっと知りたいと思った。

 その後、ローマ史関係の本をいくつか読んできたが、ヒュパティアに触れているのは、私の記憶に残っている限りではギボンの『ローマ帝国衰亡史』と本村凌二氏の『地中海世界とローマ帝国』ぐらいで、さほど詳しいことはわからなかった。

 先月末、小さな新聞広告で『ヒュパティア』という本が出ていると知った。早速入手し、年初に読了した。

 『ヒュパティア:後期ローマ帝国の女性知識人』(エドワード・J・ワッソ/中西恭子訳/白水社)

 著者は米国の研究者で原著の出版は2017年、訳書は2021年11月20日発行、私が入手したのは2021年12月25日発行の2刷である。売れているようだ。

 ヒュパティアの評伝だが、哲学史のやや専門的な話も出てくる。ヒュパティアは新プラトン主義の哲学者の一人だった。新プラトン主義が何たるかを知らない門外漢には当時の学派のアレコレの話は少々難しい。大急ぎで俄か知識を仕入れながら読み進めた。

 映画のヒュパティアは天文学者のイメージが強かったが、本書が描くヒュパティアはエリート男性たちに哲学を講じる学校の学頭である。当時の哲学は数学・天文学・神学などを包摂する学問で、人間や社会や国家のあるべき姿を示す指標だったようだ(現在でも、そうかもしれないが)。

 映画の印象で、伝統宗教とキリスト教が対立するなかで前者に与するヒュパティアが虐殺されたと感じていたが、本書を読むとそんなに単純な構図ではなさそうだ。

 ヒュパティアの教え子にはキリスト教徒も多く、彼らは彼女の教えを糧にして行政や教会の要職についている。彼女の新プラトン主義哲学はキリスト教の神学と対立しない方向性があったようだ。非常に優秀な人で、アレクサンドリアのエリートたちへの影響力も大きかった。女性である故の活動の制約を乗り越えて活躍した知識人である。だから、フェミニズムのアイコンにもなる。

 本書で最も面白かったのは終章の「近代の象徴」である。私は映画を観るまでヒュパティアを知らなかったが、西欧では有名な女性だったようだ。この章では、これまでにヒュパティアがどのように描かれたきたかを紹介し、実像との乖離を検討している。

 あの映画についても「アレハンドロ・アメナーバルの2009年の映画《アゴラ》〔邦題《アレクサンドリア》〕ほど広く一般に影響を与えたものはなかった。」とし、かなり詳しく論じている。彼女の衝撃的な死に着目しすぎると、彼女の業績や歴史の流れへの検討が希薄になり、歴史の実相を見誤る――著者はそう主張しているのだと思う。