ヒトラーとの比較を紹介する『ムッソリーニの正体』2021年10月09日

『ムッソリーニの正体:ヒトラーが師と仰いだ男』(舛添要一/小学館新書)
 舛添要一氏が『ヒトラーの正体』に続いて『ムッソリーニの正体』を書いた。

 『ムッソリーニの正体:ヒトラーが師と仰いだ男』(舛添要一/小学館新書)

 この新書は『ヒトラーの正体』と同様に手軽に読める啓蒙的な解説書で、随所でヒトラーとムッソリーニを比較している。国際政治学者から政治家に転じた舛添氏は都知事辞任後の現在は「かつての歴史研究者の立場」に戻り、歴史をわかりやすく語るストーリー・テラーになったそうだ。

 ムッソリーニに関する一般書はさほど多くない。私が読んだのはヴェルビッタの『ムッソリーニ』、戦前に出た『ムッソリニ傳』、山川の世界史リブレットの3冊だけだ。いまひとつイメージを捉えにくい人物なので、本書を興味深く読んだ。

 舛添氏が描出したムッソリーニは融通無碍で変異順応主義(トランスフォクールミズモ)の政治家である。変異順応主義は第二次大戦後のイタリア政治にも継続されていて、日本の自民党の派閥政治も似たようなものらしい。

 つまり、ムッソリーニは硬直狂信のヒトラーに比べれば柔軟で普通の政治家に近く、それがわかりにくさの一因のようだ。といっても一世を風靡した独裁者である。子細に眺めれば興味深い人物に思える。

 ムソリーニは当初、ヒトラーのユダヤ人迫害を嫌悪し非難していた。しかし、ナチス・ドイツに接近するとイタリアでもユダヤ人迫害を始める。変異順応主義である。舛添氏は次のように述べている。

 《もし、ムッソリーニが反ユダヤ法を制定せず、ユダヤ人差別を行わなかったならば、ヒトラーと同列に扱われることはなかったのではないかと思われます。》

 本書に筒井康隆氏の『ダンヌンツイオに夢中』を参照している箇所があるのには驚いた。筒井ファンの私にはうれしい驚きだ。ダヌンツィオに感化されたムッソリーニはバルコニーからの演説を真似、それを三島由紀夫も真似た、というくだりである。

 『ヒトラーの正体』では、同時代の日本人のヒトラー観の紹介に『細雪』(谷崎潤一郎)や斎藤茂吉の短歌を引用していて、そこに面白さを感じた。ムッソリーニに関しても似たような紹介があるのではと思い、二代目市川左團次が演じた歌舞伎『ムッソリーニ』(作・小山内薫)の話題などを期待した。だが、それはなかった。ムッソリーニが「歌舞伎役者も顔負けするくらいの誇張、見栄、仕草」で大衆を沸かせた、との記述はあったが。