イタリア人が日本人向けに書いたムッソリーニ伝2020年01月21日

『ムッソリーニ:一イタリア人の物語』(ロマノ・ヴルピッタ/ちくま学芸文庫)
 『ダンヌンツィオ 誘惑のファシスト』を読み、この伝記の後半に登場するムッソリーニについてもう少し知りたくなった。

 私のムッソリーニに関する知識は、ヒトラーやナチス関連の書籍から得た断片的なものに過ぎない。その大雑把なイメージは「ヒトラーの頼りにならない盟友、第二次大戦の脇役」である。

 ムッソリーニといえば、ミラノの広場で遺体が愛人とともに逆さ吊りにされた写真が衝撃的である。極悪非道な独裁者の哀れな末路という印象を強くするが、考えてみれば、そこに至るてんまつをよく知らない。

 ムッソリーニについて一冊にまとまったコンパクトな新書本でもないかと検索したが手頃な本がない。結局、次の本を入手して読んだ。

 『ムッソリーニ:一イタリア人の物語』(ロマノ・ヴルピッタ/ちくま学芸文庫)

 この本は拾い物だった。断片的だったムッソリーニの意外な輪郭が見えてきた気がする。

 2000年に中公叢書として刊行されたものの文庫版で、著者は1939年生まれのイタリア人、元外交官でEUの駐日代表部次席代表も勤め、大学教授に転身している。本書は翻訳書ではなく達意の日本語で書かれた和書である。著者は京都産業大学で「ヨーロッパ企業論」「日欧比較文化論」などを教えていていたそうだ。

 歴史家でない著者が本書を執筆した動機は、ムッソリーニに無関心で彼を二流の人物と見なしている日本人に対して「ムッソリーニ評価の現状」を啓蒙することにあるようだ。なんだか、私向けに書かれた本のように思えた。

 本書を読んで、イタリアにおけるムッソリーニ評価はドイツにおけるヒトラー評価とはかなり違うと知った。イタリアでは、いまでも一般大衆のムッソリーニへの興味は強く、マスメディアは絶えず彼を話題にしているそうだ。彼を非難・憎悪する見解が多いのは確かだが、一般民衆の間での彼への反感はさほどでもないそうだ。

 この伝記を読了して、一定のムッソリーニ人気が持続している理由が少しわかった。単純には断罪しがたい「わかりにくさ」がある陰影に富んだ人物である。彼の運動を、第一次世界大戦の「塹壕の世代」による世代交代運動だという見方に納得した。世代の言葉を語れるリーダーは強い。

 ムッソリーニといえば右翼ファシストというイメージだが、彼の出自は左翼の社会主義運動であり、サンディカリズムに共感していたようだ。ムッソリーニは自分が左から右に転向したと考えていたわけではない。自身の青年時代からの思想と信念を追究し貫いた生涯だったのである。このわかりにくさは、イタリアという国の政治状況・思想状況の混迷の反映に思える。

 本書の序章の末尾には次のような付記がある。

 「日本で「ファッショ」は負の意味での政治用語になっているので、文中ムッソリーニが起こした政治運動を指すのにはイタリア語により近い「ファショ」を使用した。」

 これを読んで、西部邁が自殺の半年前に刊行した『ファシスタたらんとした者』を想起した。ムッソリーニの「ファショ」や西部邁の「ファシスタ」を十全に理解できたわけではないが、「全体主義」として思考停止的に切り捨てることのできないものが潜んでいそうだ。

 本書には日本に関する話題も多い。昭和初期には歌舞伎『ムッソリーニ』が上演され「ムッソリーニ首相の一睨みは千両」と評価されたそうだ。日本参戦に関するヒトラーとムッソリーニの評価の違い(ムッソリーニは思想的に歓迎)の分析も面白い。福田和也、三島由紀夫、保田與重郎を援用した論述もある。

 私たち団塊世代が学生時代に一定の人気があったグラムシ(イタリア共産党創設者の一人)への言及も興味深い。グラムシの日本での人気がムッソリーニの低評価につながっているとし、「ムッソリーニのグラムシ虐待はデマだ」とムッソリーニを擁護しているのは少々微笑ましい。

 驚いたのは、ダンヌンツィオのフィウメ占領に参加した日本人がいたという話である。それは上田敏の弟子にあたる下位春吉という詩人で、ダンヌンツィオの密使としてムッソリーニに書簡を届けたそうだ。

 本書はムッソリーニ殺害の状況も詳しく分析している。謎が多くていまだに事実関係はよくわからないとし、次のように述べている。

 「1945年から今日まで、ムッソリーニの死の謎に関しては多くの推測がなされてきたが、真面目な研究も何の結論にも至っていない。」

 「ムッソリーニはイタリア国民により裁かれるどころか、彼は裁かれないように殺害されたというのが事実である。」

 また、ミラノの広場に遺体が吊るされた衝撃的な光景については次のように述べている。

 「このような事件が二十世紀に起こり得るとは夢にも思えなかったイタリアの人々は衝撃を受け、国民としての恥を感じた。」

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