昭和3年刊行の『ムッソリニ傳』を読む2020年01月25日

『ムッソリニ傳』(澤田謙/大日本雄辯會講談社)
 ダンヌンツィオやムッソリーニの伝記を読み、書架の奥に戦前に出版されたムッソリーニ伝があったことを思い出した。

 『ムッソリニ傳』(澤田謙/大日本雄辯會講談社/昭和3年1月15日発行)

 この本は中学生の頃(1960年代初頭)に祖父の家の本棚から拝借したものである。そのときにパラパラと拾い読みしただけで通読していない。ヴルピッタの『ムッソリーニ』(ちくま学芸文庫)を読んだのを機に、この戦前の本も読んでみた。

 澤田謙という人は戦前から戦後にかけて多くの伝記を書いた作家で、私はこの人が昭和9年に出した『ヒットラー傳』を5年前に読んだ。そのとき、感想をブログに書いた。

 『ムッソリニ傳』の刊行は『ヒットラー傳』の6年前の1928年(昭和3年)で、ムッソリーニは首相になって6年目の44歳だった。本書にヒトラーは登場しない。当時ヒトラーは39歳、ナチスはまだ低迷期だった。ナチスの党勢が上向くのは本書刊行の翌年の1929年からである。

 ヴルピッタの『ムッソリーニ』によれば、昭和初期の日本でムッソリーニは「忠君愛国」の首相として大きな人気があり、彼に関する本が多数刊行されたそうだ。歌舞伎『ムッソリニ』が人気役者・二代目市川左團次によって上演されたのも『ムッソリニ傳』刊行と同じ年である。

 『ムッソリニ傳』は講談調の立志伝、痛快な勧善懲悪の英雄譚である。悪玉は優柔不断で怯懦な既成政党や共産党、善玉はムッソリーニ率いるファシストである。国民は暴戻の共産党を懲らしめてくれたムッソリーニを歓呼と感謝で迎える……大雑把にいえばそんなストーリーになっている。

 歴史書などではさほど存在感のない当時のイタリア国王を賢王として目いっぱい持ち上げているのは、天皇を神格化した当時の日本の状況を反映しているのだろうか。

 当初、ムッソリーニは社会党の活動家で、機関紙の編集長も務めている。彼の父親も社会党の活動家だった。社会党はもちろん左翼であり、そのメンバーの一部が後にイタリア共産党を創設する。

 『ムッソリニ傳』は、そんなムッソリーニの出自をどう描いているのか。父親については「日本でも地方の田舎にはよくある無学な政治狂い」としてかたづけている。

 ムッソリーニ自身を政治狂いにするわけにはいかないので、ムッソリーニが活躍していた頃の社会党には正義があったが、その後堕落して人心が離れたとしている。さすが、伝記作家だと感心した。

 この伝記の基調はムッソリーニのファシズム称揚である。ファシズムに対して「自由を否定」「暴力的」「哲学がない」などの批判があるとしたうえで、そんな見解への反論を展開している。

 本書の序では、作者自身の見解として「ファッシズムに至つては、或る點に熱烈なる共鳴を覺ゆると共に、或る點については極端なる反意を表さねばならぬ。」と述べている。その反意の内容には触れていない。昭和初期日本におけるファシズム観の雰囲気が垣間見える。

 本書にはダンヌンツィオ(本文表記はダヌンチオ)に言及した箇所もいくつかあるが、さほど詳しくはない。それはダンヌンツィオの活躍を読者衆知のこととしているからである。当時のダンヌンツィオはそんな大きな存在だったようだ。

 本書の扉にはムッソリーニの肖像写真をはじめ5葉の写真を掲載している。その1枚がガルダ湖畔のムッソリーニとダンヌンツィオのツー・ショットである。本文にこの場面への言及はない。

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