岩波新書の新刊『ヒトラー』はブックガイドにもなる2021年09月25日

『ヒトラー:虚像の独裁者』(芝健介/岩波新書)
 岩波新書の新刊でヒトラーの本が出た。ヒトラーとナチスは私の関心分野なので早速購入して読んだ。

 『ヒトラー:虚像の独裁者』(芝健介/岩波新書)

 全6章で、1章から5章までがヒトラーの評伝、最終章が「ヒトラー像の変遷をめぐって」というタイトルの総括である。私には、この最終章が非常に面白かった。

 ヒトラーやナチスに関する本は汗牛充棟、その上っ面のほんの一部を撫でただけの私にさほどの知識はないが、歴史学者の新刊本には新たな史料に基づいた知見を期待してしまう。本書にも私の知らない「新情報」がいろいろあった。

 本書は、ユダヤ人迫害と独ソ戦にかなりウエイトを置いていて、それが従来の類書と違って現代的だと感じた。

 ユダヤ人大虐殺を指す「ホロコースト」という用語が定着したのは米国のテレビドラマ「ホロコースト」が放映された1979年以降で、ホロコースト研究が本格化したのは1990年代になってからだそうだ(「ホロコースト」より「ショア」が適切との意見もある)。昔のヒトラー本は、ユダヤ人迫害の扱いが相対的に低かったようだ。本書は、映画『シンドラーのリスト』(1993年)や『戦場のピアニスト』(2002年)が果たした役割にも触れている。

 最終章では、これまでに出版された『ヒトラー最後の日』(トレヴァー=ローパー)、『ヒトラー』(アロン・ブロック)、『ヒトラー』(フェスト)、『ヒトラー (上) (下)』(カーショー)などの史書を時代の変遷をふまえて比較検討していて、ブックガイドとしても面白い。すべて、わが書架にあるが、読了したのは最近刊のカーショーだけで、他は拾い読みしただけだ。

 私が読んだトーランドの『アドルフ・ヒトラー (上) (下)』に関しては、ヒトラーの青年期を記述した箇所に引用があるが、最終章の検討対象にはなっていない。史書ではなく伝記読み物と見なしているのだろう。小説 『帰ってきたヒトラー』に言及しているのは、社会的影響が大きかったからである。

 著者はカーショーの研究を従来の研究成果を乗り越えて統合したものと高く評価している。次の指摘が面白い。

 《20世紀末に刊行された彼の上下2巻の浩瀚な『ヒトラー』では、安倍政権全盛時代の日本よりも早く「忖度」という構図に着目して、ヒトラーの独裁を支えた社会の歴史を再構成してみせた。》

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