『カルタゴ人の世界』は歴史学者の論点が覗える本2019年09月25日

『カルタゴ人の世界』(長谷川博隆/筑摩書房)
 『通商国家カルタゴ』(栗田伸子・佐藤育子/講談社学術文庫)、『カルタゴ興亡史』(松谷健二/中公文庫)に続いて次の本を読んだ。

 『カルタゴ人の世界』(長谷川博隆/筑摩書房)

 著者はローマ史研究家で、モムゼンの『ローマの歴史』(第2回ノーベル文学賞)の翻訳者でもある。2017年に89歳で亡くなっている。1991年刊行の本書はカルタゴに関するエッセイ集である。論文を一般向けに再編集した文章がメインなので、やや煩瑣な学者の議論が多い。読みやすくはないが、学者がどんな事を論点にしているのかを覗うことができて、それなりに面白い。

 本書を読んでいると、カルタゴに関してはギリシア・ローマ側の史料しかないことのもどかしさが伝わってくる。ローマ側の史料はローマにとっての不都合を隠蔽している可能性が高く、限られた史料から何が隠蔽されているかを探らねばならないのある。

 通商国家カルタゴの文化は貧弱だっとの指摘は多く、著者も「カルタゴ文化」の影の薄さを検討している。ローマはカルタゴの農業書を翻訳し、カルタゴの農業技術や農業経営を取り入れたが、哲学や文学はほとんど受け継いでいない。著者は次のように述べている。

 「ローマをして受容しかねるなにものかがあった、否、端的には吸収を促すような文化的オリジナリティがそこには欠落していたからといえないだろうか」

 と言っても、カルタゴが文化後進地帯だったわけではない。かのハンニバルはヘレニズム的な教養人であり、ヘレニズム文化はカルタゴを通してヌミディアに伝わっている。

 また、カルタゴに関してよく話題になる「幼児犠牲」についても論じている。それが本当に行われたかについては、行われただろうと推測している。ただし、あまり歯切れはよくない。

 いずれにしても、カルタゴは多くの謎を残して消えていった都市国家だったのである。