古代カルタゴを濃密に描いた小説『サランボオ』2019年09月27日

『サランボオ(上)(下)』(フローベル・神部孝訳/角川文庫)
 最近、続けて読んだ『通商国家カルタゴ』『カルタゴ興亡史』『カルタゴ人の世界』に共通しているのは、3冊いずれもフローベルの小説『サランボオ』に言及していることである。

 私は数年前にカルタゴを題材にしたこの小説の存在を知り、古書で入手したものの、読みにくそうなので未読のまま積んでいた。カルタゴ本がこぞって取り上げているからには読まねばなるまいと思い、ついにこの小説を読んだ。

 『サランボオ(上)(下)』(フローベル・神部孝訳/角川文庫)

 この角川文庫は1989年刊行の4版だが初版は1957年、旧字・旧仮名の小さな活字で、地名の多くは漢字(ギリシア→希臘、ローマ→羅馬、エジプト→埃及など)だ。訳者は1938年に夭折しているから、戦前の訳文である。画数がやたらと多い旧字を小さな活版活字で読むのは老眼には少々つらいが、何とか読了した。

 『ボバリー夫人』で高名なフローベルは、19世紀フランス文学を代表するバルザックとゾラの中間世代の作家だが、この小説から19世紀の雰囲気を読み取るのは難しい。古代カルタゴが舞台の歴史小説に19世紀を求めるのが無理だとしても、「ボバリー夫人は私だ」と述べたフローベルが何ゆえにこの歴史小説を書いたのか、よくわからない。

 『サランボオ』の発表は1862年、日本では幕末だ。発表年を考えれば、古色蒼然たる時代がかった訳文が原作の雰囲気を反映しているようにも思えてくる。

 この小説は、第一次ポエニ戦争直後の紀元前241年にカルタゴで勃発した傭兵戦争(リビア戦争)を扱っている。サランボオは将軍アミルカアル(ハミルカル)の娘である。ということはハンニバルの姉になる。この小説でハンニバルは幼い子供としてチラリと登場するだけである。

 カルタゴ本を何冊か読んだばかりの私は、傭兵戦争について多少の知識が残っていて、この歴史小説を興味深く読むことができた。何の予備知識もないと、この小説世界に入り込むのは難しいかもしれない。

 歴史小説には歴史書にないイメージ喚起力がある。濃密な描写によって古代カルタゴの世界を体験している気分になる。それは小説家が紡ぎ出した世界であって歴史の実相とは言えない。歴史小説は史実をネタにしたフィクションである。だが、小説を読むような疑似体験なしに歴史を把むのは難しい。歴史を知るには、さまざまなイメージを積み重ねていくしかないのである。

 この小説には通商で蓄財したアミルカアル(ハミルカル)が、自身の財を細かく点検して回るシーンがある。歴史書で得た彼のイメージと違い、意外に感じた。だが、よく考えれば有りうるシーンだと気づいた。

 宗教儀式のシーンも多い。問題の「幼児犠牲」も出てくる。だが、全般的にはカルタゴが特殊な世界とは感じられない。古代世界における神への接し方や宗教儀式は、カルタゴもローマも似たり寄ったりだと思える。それを描く小説家は、やはり近代人の目で眺めている。そこに、かすかに19世紀を感じた。

 『サランボオ』読了後、ネット検索をしていて、来月(2019年10月)、岩波文庫で『サラムボー(上)』刊行予定との情報を得た。新訳のようだ。古書でしか入手できない忘れられた小説だと思っていたが、そうでもなさそうである。