中央アジアに残るトルコ系とイラン系……タジキスタン紀行記(1)2019年08月21日

 8月中旬、「幻のソグディアナ タジキスタン紀行8日間」というツァーに参加した。最近のわが関心事が「ソグド商人」で、「ソグディアナ」という言葉に反応して参加を決めた。

 タジキスタンがメインのツァーだが、日本からの往復にはタシケント空港(ウズベキスタン)を利用する。だから、ウズベキスタンも少し周遊できた。ウズベキスタンもタジキスタンも以前はソ連の一部で、ソ連崩壊によって独立した国である。これら中央アジアの国への旅行は私には初体験である。

 ウズベキスタンはトルコ系のウズベク人の国、タジキスタンはイラン系のタジク人の国である。だが、ウズベキスタンのサマルカンドやブハラにはタジク人も多く住んでいる。そんな事前知識はあったが、現地を訪れて国、民族、言語が絡んだ状況を少し実感できた。

 民族の定義は難しい。タジク語を話す人がタジク人、ウズベキ語を話す人がウズベク人と見なすのがわかりやすい。タジク語は印欧語系、ウズベキ語はアルタイ語系で、まったく異なる言語である。

 現地での日本語ガイドは日本留学の経験があるウズベキスタン人だった。彼はウズベキスタンに住むタジク人で、ウズベク語もタジク語も話せる。学校ではウズベク語、家庭ではタジク語という環境で育ち、どちらも同等に話せる完全なバイリンガルである。かつてはソ連の一部だったのでロシア語もわかるし、もちろん日本語も堪能である。

 その日本語ガイドは全行程に同道したが、タジキスタンではタジキスタン人の英語ガイド(米国留学経験者)が加わった。タジキスタン各地では彼がタジク語で説明し、それを聞いたウズベキスタン人のガイドが日本語に翻訳する。タジキスタンには日本語ガイドが少ないのでこんな形になったのだと思う。ウズベキスタンのタジク人はタジキスタン人のタジク語を完全に理解できるわけではなく、一部意味不明のこともあるそうだ。

 タジキスタンもウズベキスタンも旧ソ連である。ソ連時代には主要な町の中央にレーニン像が建っていたが、独立後レーニン像は撤去された。それに替わって建てられたのはウズベキスタンではティムール(トルコ系)像、タジキスタンではサーマーニー(イラン系)像である。現在のウズベキスタンにレーニン像はないそうだ。タジキスタンでは町の中央から郊外に移設されたレーニン像が残っている所もあり、観光資源になっている。

 独立後に返り咲いたティムールもサーマーニーもかなり昔の人物だ。14、15世紀に栄えたティムール帝国はトルコ化したモンゴル人のイスラム王朝である。サーマーニーが創始者とされるサーマーン朝は9、10世紀のイラン系イスラム王朝で、首都はブハラ(現在はウズベキスタン)だった。

 中央アジアに残るトルコ系、イラン系の姿が少し見えてくるような気がした。

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