中央アジアの通史は複雑で読むのが大変2019年08月29日

『文明の十字路=中央アジアの歴史』(岩村忍/講談社学術文庫)
 『文明の十字路=中央アジアの歴史』(岩村忍/講談社学術文庫)

 300ページほどの文庫本だが読了に思いのほかの時日を要した。タジキスタン旅行の前に読み始め、航空機の中での読書に手頃だと思い機内に持参した。往復の機内で多少は読み進めたが、当然ながら居眠りetcで中断が多く半分ぐらいまでしか読めなかった。

 帰国後も細切れ読書ばかりで1週間以上かけてやっと読み終えた。時間がかかったのは読書環境のせいだけではなく、本書の扱っている時間と地域のせいである。時間は膨大、地域は限定されているからである。

 本書は1977年に講談社から刊行された『世界の歴史12 中央アジアの遊牧民族』を文庫化したものである。私は講談社のこの歴史全集をバラで3冊だけ持っている。著者はこの全集の5人の企画委員の一人で、各巻のオビには次の惹句がある。

 「第三世界にも焦点をあて、人類全史を新視点で体系化した日本で初めての世界歴史全集」

 従来の歴史全集との差別化を謳っているのだ。そんな気合のせいか、本書はユニークな歴史書である。

 扱っている地域は東トルキスタン(中国の新疆ウイグル自治区)と西トルキスタン(カザフスタン、ウズベキスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン)で、かなり限定されている。その歴史記述は紀元前5000年から1950年代までと長い。東西トルキスタンの石器時代から現代までを描いた通史なのである。

 この長い時間を一気に読むにはかなりの気力がいる。地域を限定していても周辺の国々との多様な関係によって歴史は進行する。中国、ロシア(ソ連)、中近東、ヨーロッパの出来事や人物が頻出する。基本的な世界史が頭に入っていないとわけがわからなくなる。だから、人名辞典・用語集・参考書などを参照しながらの読書になってしまう。

 前半の「第4章 シルクロード」あたりまでは私の現在の関心領域なので興味深く読み進められた。「第5章 イスラム勢力の展開」から19世紀、20世紀と時代が進んでくると消化不良になった。私にとって未知の事項が多いからである。勉強にはなった。

 著者の岩村忍氏は1905年生まれ、1988年に没した歴史学者である。遊牧民への否定的イメージの払しょくを主張する歴史学者・杉山正明氏(1952年生まれ)とは世代がかなり隔たっている。本書を読んでいると杉山氏の指摘する「否定的イメージ」を感じる箇所が確かにある。歴史学の変遷という視点であらためて比較検討してみたいと感じた。

 なお、この文庫本で気になったのは「旧ソ連」という言葉である(P29)。著者はソ連崩壊以前に亡くなっているので、文庫化にあたって編集者が書き換えたと思われるが、編集者が手を入れたという記述はどこにもない。本書はあくまで1970年代視点の現代史に連なる歴史を描いているのだから「旧ソ連」はおかしい。他にも後世視点で手を入れている部分があるのではと勘ぐりたくなる。