シュヴァルの理想宮 --- 素人の執念おそるべし2014年08月10日

『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』(岡谷公二/河出文庫)
 キックリ腰のため家で安静にするしかなくなり、酷暑のせいもあり、ミステリー小説にしか手が伸びず、『双頭の悪魔』(有栖川有栖/創元推理文庫)を読んだ。その中に出てくる「シュヴァルの理想宮」が気になり、ネットで検索し、関連本を注文した。

 シュヴァルの理想宮は、フランスのオートリーブという村にある奇怪な宮殿風の建築である。およそ100年前に作られたこの建築は、シュヴァルという一介の郵便配達夫が、たった一人で33年かけて作り上げたもので、材料は自分で拾ってきた石だ。写真で見る限り、そのデザインはガウディ以上に奇怪で、独特の魅力がある。

 注文した本はすぐに届いた。

 『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』(岡谷公二/河出文庫)

 この文庫本が出版されたのは2001年で、単行本は1992年に出ている。私は『双頭の悪魔』でシュヴァルの理想宮を知ったばかりだが、かなり以前から知られていたようだ。

 本書を読んで、シュヴァルという郵便配達夫が成し遂げてしまったことに、あらためてびっくりした。

 ひとつひとつ石を拾い集めるという作業を続けて、巨大な宮殿を作ってしまった執念もすごいが、頭の中で描いた幻想的とも言えるイメージを形にしていく作業を33年間持続させて、何とも形容しがたい物を作り上げてしまったことに驚くしかない。

 小学校を出ただけで海外に行ったことがなく、建築の知識も石工の技術もなかった郵便配達夫が、この宮殿の建築を始めたのは43歳のときだ。そのとき彼の頭の中にあったのは、エキゾチックな光景を伝える雑誌の挿絵や絵葉書などから紡ぎだされた夢の宮殿だった。

 そんな奇怪な夢の宮殿を、財力も専門知識もない人間が独力で作り上げてしまうとは、まさに、素人の執念おそるべし、無知は力なりと思ってしまう。

 この建築がどのように評価されているかが気になるところだ。本書の著者の岡谷氏は「乱暴な言葉を使うならば、ごたまぜである。(中略)それにもかかわらず、宮殿全体には思いがけない統一があり、それが宮殿を価値あるものにしている」と評価している。

 建築後50年を過ぎた頃、この宮殿は素人作業という要因もあり崩壊の危機に瀕していた。この建物を文化財とみなすか否かは議論もあったようだが、1969年、文化担当国務大臣だったアンドレ・マルローは国の重要建造物に指定した。そのため、崩壊をまぬかれて村の観光資源になっている。

 機会があれば訪れてみたい気はするが、おそらく無理だろう。

 本書の終わりの方を読んでいて、私は「シュヴァルの理想宮」を以前から知っていたはずだと気付いた。

 『不思議な建築 --- 甦ったガウディ』(下村純一/講談社現代新書)という本にシュヴァルの理想宮への言及があるそうだ。この本は、6年前の旅行でバルセロナのガウディの建築群を訪問する前に目を通したはずだ。確認してみると、シュヴァルの理想宮について3ページほどの記述があり、カラー図版も数点掲載されていた。しかし、まったく憶えていない。当時は目先のガウディにばかり気をとられ、シュヴァルの理想宮の部分は読み飛ばしたのかもしれない。

 毎度のことではあるが、わが記憶力の持続性のなさにはがっかりする。シュヴァルのように一点集中ではなく、あれやこれやに目移りする生活のせいだろう。

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