西域旅行記(1)――タクラマカン砂漠縦断 ― 2025年09月22日
「西域シルクロード紀行」というツアーに参加し、本日(2025.9.22)午後帰国した。広州、ウルムチを経由してクチャまでが空路、クチャからはバスでアラール、ホータン、カシュガルと巡る旅だった。
クチャは往年の亀慈で、近くにはキジル千仏洞がある。アラールはタクラマカン砂漠の西北部にある比較的新しい農業生産都市である。ゴビ(礫が広がる乾燥地)を八路軍の湖南省旅団が開拓したそうだ。屯田兵が建設した都市である。
アラールに一泊し、翌日はホータンまで1日がかりでタクラマカン砂漠をバスで縦断した。100年以上昔、大谷探検隊の橘瑞超が32日を要して生死の境をさまよいながらラクダで踏破したタクラマカン砂漠縦断である。タクラマカン砂漠の面積は32万平米、日本の面積(37.8万平米)に近い巨大な流動砂漠である。タクラマカンはウイグル語で死を意味する。古来「空には飛ぶ鳥なく、地には走獣なし」と言われた砂漠だ。
今回の旅行は、このタクラマカン砂漠縦断が目玉だと思っていた。だが、やや期待外れだった。砂丘が連なる荒涼たる光景を思い描いていたが、車窓から眺める砂漠は意外に緑が多い。道路の両脇は流砂を防ぐために植林されているのだ。葦を格子状に植えた流砂止めの向こうにはタマリスク、ソウソウ、胡楊などの灌木を植林している。考えてみれば、道路が流砂で埋まらないための当然の措置である。
縦断道路の所々には駐車スペースがある。靴の上から防砂用オーバーシューズを履き、しばしの砂漠見物ができた。砂紋のある砂丘を眺めることができたが、植林による防風措置のためか、さほど雄大ではない。砂漠らしい砂漠を眺めるには、四駆かラクダで奥地に入らなけらばならないのかもしれない。
道路わきの砂漠の多くには低い柵が延々と続いている。立ち入り禁止だそうだ。現在のところ、タクラマカン砂漠の光景を観光資源にするという発想はあまりなさそうだ。
アラールを出発した直後、タリム河を渡った。意外に大きな河なので驚いた。天山山脈の西方を水源にタリム盆地を西から東にロプノールまで流れる大河である。ロプノールの湖はすでに涸れていると思っていたが、ガイドの話では、ロプノールの水量は増加しているそうだ。
地図を見ると、タクラマカン縦断道路はホータン河に沿っている。崑崙山脈を水源に南から北に流れて砂漠に消える尻なし河である。タクラマカン砂漠縦断中、車窓からホータン河を確認することはできなかった。道路からは多少の距離があるようだ。ホータンに近づいたあたりでホータン河を渡った。玉(ぎょく)の採取で有名なこの河も大河である。
タクラマカン砂漠は砂嵐が発生する流動砂漠である。砂の流動を抑えることができれば、砂漠を緑地に変えることも可能らしい。砂漠と言っても地下水はあるのだ。中国は遠い将来のタクラマカン砂漠農地化を見据えているのかもしれない。
タクラマカン環状鉄道は、3年前のホータン、チャルクリク間の開通で完成した。ガイドは、ディーゼルで走るこの鉄道について「車掌の数が乗客より多い」と述べていた。目先の採算を度外視した開発にチャレンジする中国の姿は不気味でもある。
西域旅行記(2)
クチャは往年の亀慈で、近くにはキジル千仏洞がある。アラールはタクラマカン砂漠の西北部にある比較的新しい農業生産都市である。ゴビ(礫が広がる乾燥地)を八路軍の湖南省旅団が開拓したそうだ。屯田兵が建設した都市である。
アラールに一泊し、翌日はホータンまで1日がかりでタクラマカン砂漠をバスで縦断した。100年以上昔、大谷探検隊の橘瑞超が32日を要して生死の境をさまよいながらラクダで踏破したタクラマカン砂漠縦断である。タクラマカン砂漠の面積は32万平米、日本の面積(37.8万平米)に近い巨大な流動砂漠である。タクラマカンはウイグル語で死を意味する。古来「空には飛ぶ鳥なく、地には走獣なし」と言われた砂漠だ。
今回の旅行は、このタクラマカン砂漠縦断が目玉だと思っていた。だが、やや期待外れだった。砂丘が連なる荒涼たる光景を思い描いていたが、車窓から眺める砂漠は意外に緑が多い。道路の両脇は流砂を防ぐために植林されているのだ。葦を格子状に植えた流砂止めの向こうにはタマリスク、ソウソウ、胡楊などの灌木を植林している。考えてみれば、道路が流砂で埋まらないための当然の措置である。
縦断道路の所々には駐車スペースがある。靴の上から防砂用オーバーシューズを履き、しばしの砂漠見物ができた。砂紋のある砂丘を眺めることができたが、植林による防風措置のためか、さほど雄大ではない。砂漠らしい砂漠を眺めるには、四駆かラクダで奥地に入らなけらばならないのかもしれない。
道路わきの砂漠の多くには低い柵が延々と続いている。立ち入り禁止だそうだ。現在のところ、タクラマカン砂漠の光景を観光資源にするという発想はあまりなさそうだ。
アラールを出発した直後、タリム河を渡った。意外に大きな河なので驚いた。天山山脈の西方を水源にタリム盆地を西から東にロプノールまで流れる大河である。ロプノールの湖はすでに涸れていると思っていたが、ガイドの話では、ロプノールの水量は増加しているそうだ。
地図を見ると、タクラマカン縦断道路はホータン河に沿っている。崑崙山脈を水源に南から北に流れて砂漠に消える尻なし河である。タクラマカン砂漠縦断中、車窓からホータン河を確認することはできなかった。道路からは多少の距離があるようだ。ホータンに近づいたあたりでホータン河を渡った。玉(ぎょく)の採取で有名なこの河も大河である。
タクラマカン砂漠は砂嵐が発生する流動砂漠である。砂の流動を抑えることができれば、砂漠を緑地に変えることも可能らしい。砂漠と言っても地下水はあるのだ。中国は遠い将来のタクラマカン砂漠農地化を見据えているのかもしれない。
タクラマカン環状鉄道は、3年前のホータン、チャルクリク間の開通で完成した。ガイドは、ディーゼルで走るこの鉄道について「車掌の数が乗客より多い」と述べていた。目先の採算を度外視した開発にチャレンジする中国の姿は不気味でもある。
西域旅行記(2)
西域旅行記(2)――新疆ウイグル自治区という観光地 ― 2025年09月22日
今回の西域旅行では他の日本人グループに会うことはなかった。9月は抗日戦争勝利80周年記念行事などもあり、日本人旅行者が少なかったのかもしれない。カシュガルに着いた9月18日は柳条湖事件(満州事変)の日で、日本大使館から日本人は外出を控えるようにとの要請も出ていた。そんな理由もあるだろうが、この地域にまで足を伸ばす日本の観光客はまだ少ないようだ。
だが、中国人の観光客は非常に多かった。近年、豊かな中国人が増え、国内旅行をする人が増加している。今年は新疆ウイグル自治区発足70周年だそうで、いたる所に「新疆ウイグル自治区成立70周年を心から祝う」という意味の表示があった。新疆ウイグル自治区の人々にとってどれほど目出たいかは微妙だが、中国全体にとっては記念すべき年だそうだ。
クチャのキジル千仏洞は中国人観光客で混雑していた。各堂には中国人のガイドがいて、中国語で解説をしている。敦煌は中国人観光客で混雑していると聞いたことがあり、敦煌を敬遠しているのだが、キジル千仏洞にもそれなりの集客力があるようだ。
中国最西端のカシュガル地区の人口は480万人で、その9割はウイグル族だそうだ。トルコ系コーカソイドのウイグル族は漢族や日本人とはあきらかに風貌が異なる。このカシュガルにも中国人(漢族)観光客が押し寄せている。車で何日もかけて来る人も少なくない。中国人(漢族)にとってウイグル族の多い新疆ウイグル地区は疑似海外旅行のようなエキゾチックで魅力的な観光地なのかもしれない。
私たち日本人も観光客なので、行く先々で中国人(漢族)観光客と一緒になり、ウイグル族の地域なのに漢族が多いな、という印象をいだいてしまう。京都を訪れた西洋人が着物姿で練り歩くように、ウイグルの民族衣装で嬉々として闊歩している漢族の若い女性観光客もいる。現地の人と混同してしまう。
クチャ、ホータン、カシュガルでは博物館をいくつか訪れた。いずれも比較的最近になってオープンした博物館で設備は立派だ。CG映像などを駆使した展示も多く、見せる工夫をしている。だが、魅力的な現物はさほど多くない。レプリカや写真の展示が多い。約百年前、英国、フランス、ドイツ、日本などの探検隊が目ぼしい文物を持ち出したせいだろうと思った。
西域旅行記(1)
だが、中国人の観光客は非常に多かった。近年、豊かな中国人が増え、国内旅行をする人が増加している。今年は新疆ウイグル自治区発足70周年だそうで、いたる所に「新疆ウイグル自治区成立70周年を心から祝う」という意味の表示があった。新疆ウイグル自治区の人々にとってどれほど目出たいかは微妙だが、中国全体にとっては記念すべき年だそうだ。
クチャのキジル千仏洞は中国人観光客で混雑していた。各堂には中国人のガイドがいて、中国語で解説をしている。敦煌は中国人観光客で混雑していると聞いたことがあり、敦煌を敬遠しているのだが、キジル千仏洞にもそれなりの集客力があるようだ。
中国最西端のカシュガル地区の人口は480万人で、その9割はウイグル族だそうだ。トルコ系コーカソイドのウイグル族は漢族や日本人とはあきらかに風貌が異なる。このカシュガルにも中国人(漢族)観光客が押し寄せている。車で何日もかけて来る人も少なくない。中国人(漢族)にとってウイグル族の多い新疆ウイグル地区は疑似海外旅行のようなエキゾチックで魅力的な観光地なのかもしれない。
私たち日本人も観光客なので、行く先々で中国人(漢族)観光客と一緒になり、ウイグル族の地域なのに漢族が多いな、という印象をいだいてしまう。京都を訪れた西洋人が着物姿で練り歩くように、ウイグルの民族衣装で嬉々として闊歩している漢族の若い女性観光客もいる。現地の人と混同してしまう。
クチャ、ホータン、カシュガルでは博物館をいくつか訪れた。いずれも比較的最近になってオープンした博物館で設備は立派だ。CG映像などを駆使した展示も多く、見せる工夫をしている。だが、魅力的な現物はさほど多くない。レプリカや写真の展示が多い。約百年前、英国、フランス、ドイツ、日本などの探検隊が目ぼしい文物を持ち出したせいだろうと思った。
西域旅行記(1)


最近のコメント