シーラッハの孫の『犯罪』はとても面白い2023年08月16日

 妙なきっかけで次のミステリー短篇集を読んだ。

 『犯罪』(フェルディナンド・フォン・シーラッハ、酒寄進一訳/創元推理文庫)

 先日、中公新書の『ヒトラー・ユーゲント』を読んだとき、ヒトラー・ユーゲントの指導者として名高いシーラッハを検索して、孫が作家になったと知った。シーラッハの孫がどんな小説を書いているのだろうという野次馬的関心で本書を古書で入手した。

 オビには「2012年本屋大賞翻訳小説部門1位」とある。作者は弁護士として活躍しながら小説を書いているそうだ。冒頭の1篇で坦々とした不思議な味わいに惹かれ、全11篇を面白く読了した。得した気分である。

 犯罪実録集のような短篇集で、どれにも弁護士の「私」が登場する。だから、弁護士が自分が扱った犯罪の記録を語っているように見える。だが、全くのフィクションだと思う(多少は実例がヒントかもしれないが)。犯罪を犯した人物の切なさが伝わってくる話が多い。

 読者を引き込んでいく文体がいい。基本は神の視点の三人称だ。なのに、途中で担当弁護士の「私」が控えめに出てくる。「神の眼の三人称」と「控えめな一人称」がないまぜになった不思議な叙述に独特の魅力がある。

 本書に祖父の影を感じる箇所はない。「正当防衛」という短篇の冒頭に鈎十字(ハーケンクロイツ)の刺青をしたヤクザが登場したので、読者の私はドキッとした。

【以下、ネタバレあり】

 「サマータイム」という短篇のラストが理解できなくて悩んだ。誰が真犯人かが不明瞭なまま幕になる話である。裁判の終盤で、監視カメラの時刻がサマータイムに変更されていなかったことを弁護士が指摘し、容疑者が犯人である可能性が減少して無罪になる。裁判から数カ月後、定年退職した判事がふいに「時間をめぐる真相」に気づくが、再審請求には不十分だと思う。判事が何に気づいたのか、いろいろ考えてもわからない。ネット検索すると判明した。気づかなかった自分の頭を殴りたくなった。サマータイムでずれる方向が逆なのに、弁護士の弁舌に惑わされていたのだ。

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