マッサゲタイの女王を描いた小説があった! ― 2026年06月22日
史上最初の世界帝国は前550年にオリエントを統一したアケメネス朝ペルシアだと思う。建国者キュロス2世は、メディア、リュディア、バビロニアを征服し、エジプトに赴く前にカスピ海東岸の騎馬民族マッサゲタイに遠征し、その地で戦死する。マッサゲタイを率いていたのは女王トミリュスである。
マッサゲタイや女王トミリュスに関する史料は少ない。ヘロドトスが『歴史』でキュロス2世のマッサゲタイ遠征と戦死の経緯を述べているが、岩波文庫版で10頁ほど(巻1、201-216)に過ぎない。
5年前、この女王を描いたカザフスタン映画『女王トミリュス』の存在を知り、プライムビデオで視聴した。世界史ではマイナーな存在の映画化に驚いたが、最近になって、そのマッサゲタイ女王を描いた日本人女性作家の小説『マッサゲタイの戦女王』があると知り、もっと驚いた。小説の刊行は2010年、映画制作の2019年より前だ。その小説の文庫版を入手して読んだ。文庫化の際に改題している。
『夢の王国 彼方の楽園:マッサゲタイの戦女王』(篠原悠希/光文社文庫/2024.4)
この小説は、映画と同様に少女が女王へと成長し、キュロス2世を倒す強い存在になっていく姿を描いている。しかし、トミュリスの人物造型や状況設定は映画とはまったく異なる。小説の方が深くて広い。
小説に登場する実在の地名や人名は原音に近い表記になっている。以下のような具合だ。
トミュリス→タハーミラィ
キュロス→クルシュ
ペルシア→ファールス
アケメネス→ハカーマニシュ
一般に馴染みのある表記(ギリシア語)ではない表記によって、歴史小説というよりは異世界物語の雰囲気になった気がする。
ヘロドトスは、キュロス2世のマッサゲタイ遠征の発端を次のように描いている。
「当時マッサゲタイでは、夫に先立たれたトミュリスという名の女が女王であった。キュロスは使者を通じ、自分の妻に迎えたいと称してこの女王に求婚した。しかしトミュリスは、キュロスが求めているのは自分ではなくて、マッサゲタイの王位であることを見抜き、彼の来訪を拒絶したのである。」(松平千秋訳)
その後、トミュリスの若い息子がキュロスの謀略によって自死に追い込まれるなどの経緯があり、両軍の会戦となり、キュロスは戦場で落命する。トミュリスはキュロスの首を切り落とし「私は生き永らえ戦いにはそなたに勝ったが、所詮はわが子を謀略にかけて捕えたそなたの勝ちであった」(松平千秋訳)と嘆く。
小説はヘロドトスの記述を踏まえている。しかし、その背後に奇想天外とも言える壮大な物語を盛り込んでいる。
クルシュ(キュロス)の戦死は前529年だが、その二十数年前、クルシュ24歳、タハーミラィ(トミュリス)15歳のとき、二人はメディアの首都エクバ―タナの宮殿で出会っていた。メディアの属国ファールス(ペルシア)の王子で客分の人質のような立場だったクルシュは、タハーミラィとの密会の場で自分が構想する楽園のような国の姿を語る。文庫版のタイトル『夢の王国 彼方の楽園』はそれを表している。二人は互いに意識し合う仲だったのだ。
二十数年を経て「諸王の王」と呼ばれるようになったクルシュの「求婚」は領土的野心によるのもではなくクルシュの本心だったかもしれない――それが、この小説の眼目だと思う。人間の成長譚と愛憎劇に国家興亡と建国物語を絡めた歴史ロマンである。
マッサゲタイや女王トミリュスに関する史料は少ない。ヘロドトスが『歴史』でキュロス2世のマッサゲタイ遠征と戦死の経緯を述べているが、岩波文庫版で10頁ほど(巻1、201-216)に過ぎない。
5年前、この女王を描いたカザフスタン映画『女王トミリュス』の存在を知り、プライムビデオで視聴した。世界史ではマイナーな存在の映画化に驚いたが、最近になって、そのマッサゲタイ女王を描いた日本人女性作家の小説『マッサゲタイの戦女王』があると知り、もっと驚いた。小説の刊行は2010年、映画制作の2019年より前だ。その小説の文庫版を入手して読んだ。文庫化の際に改題している。
『夢の王国 彼方の楽園:マッサゲタイの戦女王』(篠原悠希/光文社文庫/2024.4)
この小説は、映画と同様に少女が女王へと成長し、キュロス2世を倒す強い存在になっていく姿を描いている。しかし、トミュリスの人物造型や状況設定は映画とはまったく異なる。小説の方が深くて広い。
小説に登場する実在の地名や人名は原音に近い表記になっている。以下のような具合だ。
トミュリス→タハーミラィ
キュロス→クルシュ
ペルシア→ファールス
アケメネス→ハカーマニシュ
一般に馴染みのある表記(ギリシア語)ではない表記によって、歴史小説というよりは異世界物語の雰囲気になった気がする。
ヘロドトスは、キュロス2世のマッサゲタイ遠征の発端を次のように描いている。
「当時マッサゲタイでは、夫に先立たれたトミュリスという名の女が女王であった。キュロスは使者を通じ、自分の妻に迎えたいと称してこの女王に求婚した。しかしトミュリスは、キュロスが求めているのは自分ではなくて、マッサゲタイの王位であることを見抜き、彼の来訪を拒絶したのである。」(松平千秋訳)
その後、トミュリスの若い息子がキュロスの謀略によって自死に追い込まれるなどの経緯があり、両軍の会戦となり、キュロスは戦場で落命する。トミュリスはキュロスの首を切り落とし「私は生き永らえ戦いにはそなたに勝ったが、所詮はわが子を謀略にかけて捕えたそなたの勝ちであった」(松平千秋訳)と嘆く。
小説はヘロドトスの記述を踏まえている。しかし、その背後に奇想天外とも言える壮大な物語を盛り込んでいる。
クルシュ(キュロス)の戦死は前529年だが、その二十数年前、クルシュ24歳、タハーミラィ(トミュリス)15歳のとき、二人はメディアの首都エクバ―タナの宮殿で出会っていた。メディアの属国ファールス(ペルシア)の王子で客分の人質のような立場だったクルシュは、タハーミラィとの密会の場で自分が構想する楽園のような国の姿を語る。文庫版のタイトル『夢の王国 彼方の楽園』はそれを表している。二人は互いに意識し合う仲だったのだ。
二十数年を経て「諸王の王」と呼ばれるようになったクルシュの「求婚」は領土的野心によるのもではなくクルシュの本心だったかもしれない――それが、この小説の眼目だと思う。人間の成長譚と愛憎劇に国家興亡と建国物語を絡めた歴史ロマンである。

最近のコメント