『物語イランの歴史』はイランの独自性を解き明かしている ― 2025年12月17日
中公新書の『イラン現代史』(黒田賢治)を読んだのを機に、23年前に出た次の中公新書も読んだ。
『物語イランの歴史:誇り高きペルシアの系譜』(宮田律/中公新書/2002.9)
紀元前6世紀のアケメネス朝からイラン革命(1979年)後の21世紀初頭まで、約2600年の歴史を概説している。「序章 イラン人の日常生活と文化」は三十数頁、かなりの分量だ。著者の体験をふまえたイランの人々の現状(2002年)を興味深く紹介している。本書は、そんなイランがどのようにして形成されてきたかを解読している。
本書の記述の7割強が18世紀以降の近現代である。アケメネス朝、サーサーン朝からイスラム帝国を経てシーア派のサファヴィ朝に至る近代以前は、歴史教科書的な記述ではなくイランの文化や文明を語るエッセイに近い。わかりやすくて面白い。当然のことながら、近現代のイランは近代以前に形成された文化や文明を基盤としている。
本書のサブタイトル「誇り高きペルシアの系譜」は、まさに本書が描くイラン像のテーマである。アケメネス朝に始まるペルシアの文明に、アラブから押し寄せてきたイスラームが融合、そこにイランの文化や文明が形成された。イランの独自性である。
サーサーン朝以降の前近代のイランはアラブ人やトルコ人に支配された。だが、イラン人から見ればアラブ人は無知な砂漠の遊牧民、トルコ人は武力で優越していても愚鈍で繊細に欠ける人々だった。本書の次の指摘にナルホドと思った。
「こうしたイラン人のみずからの文化に対する優越意識も、彼らがイスラームの少数派であるシーア派信仰に固執する一要因となり、その教義の発展に影響を及ぼしたことはまちがいない。」
本書刊行の2002年は、ハーメネイーがホメイニーに続く第2代最高指導者になって12年目、改革派のハーターミーが大統領の時代である。核開発疑惑問題はまだ発生していない。著者はイランの将来を楽観しているわけではないが、改革派に期待しているように見える。また、イランのナショナリズムの台頭へ言及し、次のように述べている。
「もともと「イスラーム」と「イランの民族主義」は両立しない。(…)ホメイニーや、イスラームの価値を墨守しようとする保守派が、ナショナリズムを否定するのは、それが人々のイスラームへの信仰や信頼を希薄にし、イスラーム共和国のイデオロギーや、革命以来のイランのイスラーム的社会規範を損なうからだ」
興味深い指摘だと思った。
『物語イランの歴史:誇り高きペルシアの系譜』(宮田律/中公新書/2002.9)
紀元前6世紀のアケメネス朝からイラン革命(1979年)後の21世紀初頭まで、約2600年の歴史を概説している。「序章 イラン人の日常生活と文化」は三十数頁、かなりの分量だ。著者の体験をふまえたイランの人々の現状(2002年)を興味深く紹介している。本書は、そんなイランがどのようにして形成されてきたかを解読している。
本書の記述の7割強が18世紀以降の近現代である。アケメネス朝、サーサーン朝からイスラム帝国を経てシーア派のサファヴィ朝に至る近代以前は、歴史教科書的な記述ではなくイランの文化や文明を語るエッセイに近い。わかりやすくて面白い。当然のことながら、近現代のイランは近代以前に形成された文化や文明を基盤としている。
本書のサブタイトル「誇り高きペルシアの系譜」は、まさに本書が描くイラン像のテーマである。アケメネス朝に始まるペルシアの文明に、アラブから押し寄せてきたイスラームが融合、そこにイランの文化や文明が形成された。イランの独自性である。
サーサーン朝以降の前近代のイランはアラブ人やトルコ人に支配された。だが、イラン人から見ればアラブ人は無知な砂漠の遊牧民、トルコ人は武力で優越していても愚鈍で繊細に欠ける人々だった。本書の次の指摘にナルホドと思った。
「こうしたイラン人のみずからの文化に対する優越意識も、彼らがイスラームの少数派であるシーア派信仰に固執する一要因となり、その教義の発展に影響を及ぼしたことはまちがいない。」
本書刊行の2002年は、ハーメネイーがホメイニーに続く第2代最高指導者になって12年目、改革派のハーターミーが大統領の時代である。核開発疑惑問題はまだ発生していない。著者はイランの将来を楽観しているわけではないが、改革派に期待しているように見える。また、イランのナショナリズムの台頭へ言及し、次のように述べている。
「もともと「イスラーム」と「イランの民族主義」は両立しない。(…)ホメイニーや、イスラームの価値を墨守しようとする保守派が、ナショナリズムを否定するのは、それが人々のイスラームへの信仰や信頼を希薄にし、イスラーム共和国のイデオロギーや、革命以来のイランのイスラーム的社会規範を損なうからだ」
興味深い指摘だと思った。
半世紀近く昔のアフガニスタン紀行記を飛んだ ― 2025年12月19日
現在、アフガニスタンは外務省の危険レベル4(退避勧告)である。一般人が行きにくい国だが、1979年のソ連侵攻以前は、かの地に赴く好事家も少なくなかった。高峰秀子・松山善三夫妻も、1978年にアフガニスタンの遺跡巡りをしている。その旅行記を古書で入手して読んだ。
『旅は道づれガンダーラ』(高峰秀子・松山善三/中公文庫)
この文庫本の原著が出たのは1979年5月、ソ連のアフガニスタン侵攻半年前である。シルクロード・ブームの契機となったNHKの『シルクロード』放映開始は、ソ連侵攻後の1980年4月、取材班はアフガニスタンには入れなかった。
本書は、アフガニスタン旅行が可能だったよき時代の貴重な記録である。高峰秀子と松山善三の掛け合いエッセイで、読みやすくて面白い。
松山善三は、井上靖、加藤九祚、樋口隆康らの「クシャーン王朝の旅」に誘われ、すぐに行く気になる。そして、そんな旅には関心のなさそうな女房・高峰秀子を説得して3週間のツアーに参加する。
総勢9名(ガイド、運転手を除く)のツアーである。そのときの主なメンバーの年齢は下記の通りだ。
井上靖(1907-1991) 71歳
加藤九祚(1922-2016)56歳
樋口隆康(1919-2015)59歳
高峰秀子(1924-2010)54歳
松山善三(1925-2016)53歳
みな既に故人だが、いまの私(77歳)から見れば、みんな若い。
アフガニスタンとパキスタンを訪れる旅である。アフガニスタンで発掘調査中の樋口隆康は現地で合流する。
善三のやや思索的で諧謔的な文章と秀子の身辺雑記的ユーモラスな文章が交互にくり返される紀行文である。カラー写真やモノクロ写真も多数収録していて、1978年頃のアフガニスタンの様子がわかる。
本書のタイトルはガンダーラとなっているが、ガンダーラ地方の話は後半の三分の一ぐらいで、メインはアフガニスタンである。やはり、バーミアンの話が興味深い。
善三は秀子のことを「近眼、乱視、斜視で、ほとんど遠景が見えないから、風景には興味を示さない。その点、子供に似ている。自分の周囲、せいぜい三十メートルくらいのことにしか関心と注意がゆきとどかない。」と述べている。
その秀子は次のように語っている。
「バーミアンの巨大な大仏の迫力にはさすがに私も圧倒されました。(…)でも、あくまで現実的にできている私は、八世紀の昔にいったいどんな方法でこの巨大な仏像の面(おもて)をソギ落とした? という方が気になってしかたない。」
7世紀に玄奘が見た大仏は、8世紀頃にはイスラムの侵攻を受け、その頃に顔面が削ぎ落とされた。でも、その迫力ある威容は20世紀までは保たれていたのだ。タリバンによってダイナマイトで粉々に破壊されたのは2001年3月である。
秀子は上記の文章に続いて、次のように綴っている。
「当時、ダイナマイトなんてものが存在したとは、いくらアホの私でも考えられないし、(…)」
この文章を書いたとき、23年後には現実にダイナマイトが使われることになろうとは夢にも考えなかったはずだ。ため息が出る。
『旅は道づれガンダーラ』(高峰秀子・松山善三/中公文庫)
この文庫本の原著が出たのは1979年5月、ソ連のアフガニスタン侵攻半年前である。シルクロード・ブームの契機となったNHKの『シルクロード』放映開始は、ソ連侵攻後の1980年4月、取材班はアフガニスタンには入れなかった。
本書は、アフガニスタン旅行が可能だったよき時代の貴重な記録である。高峰秀子と松山善三の掛け合いエッセイで、読みやすくて面白い。
松山善三は、井上靖、加藤九祚、樋口隆康らの「クシャーン王朝の旅」に誘われ、すぐに行く気になる。そして、そんな旅には関心のなさそうな女房・高峰秀子を説得して3週間のツアーに参加する。
総勢9名(ガイド、運転手を除く)のツアーである。そのときの主なメンバーの年齢は下記の通りだ。
井上靖(1907-1991) 71歳
加藤九祚(1922-2016)56歳
樋口隆康(1919-2015)59歳
高峰秀子(1924-2010)54歳
松山善三(1925-2016)53歳
みな既に故人だが、いまの私(77歳)から見れば、みんな若い。
アフガニスタンとパキスタンを訪れる旅である。アフガニスタンで発掘調査中の樋口隆康は現地で合流する。
善三のやや思索的で諧謔的な文章と秀子の身辺雑記的ユーモラスな文章が交互にくり返される紀行文である。カラー写真やモノクロ写真も多数収録していて、1978年頃のアフガニスタンの様子がわかる。
本書のタイトルはガンダーラとなっているが、ガンダーラ地方の話は後半の三分の一ぐらいで、メインはアフガニスタンである。やはり、バーミアンの話が興味深い。
善三は秀子のことを「近眼、乱視、斜視で、ほとんど遠景が見えないから、風景には興味を示さない。その点、子供に似ている。自分の周囲、せいぜい三十メートルくらいのことにしか関心と注意がゆきとどかない。」と述べている。
その秀子は次のように語っている。
「バーミアンの巨大な大仏の迫力にはさすがに私も圧倒されました。(…)でも、あくまで現実的にできている私は、八世紀の昔にいったいどんな方法でこの巨大な仏像の面(おもて)をソギ落とした? という方が気になってしかたない。」
7世紀に玄奘が見た大仏は、8世紀頃にはイスラムの侵攻を受け、その頃に顔面が削ぎ落とされた。でも、その迫力ある威容は20世紀までは保たれていたのだ。タリバンによってダイナマイトで粉々に破壊されたのは2001年3月である。
秀子は上記の文章に続いて、次のように綴っている。
「当時、ダイナマイトなんてものが存在したとは、いくらアホの私でも考えられないし、(…)」
この文章を書いたとき、23年後には現実にダイナマイトが使われることになろうとは夢にも考えなかったはずだ。ため息が出る。
『焼肉ドラゴン』は賑やかで哀切 ― 2025年12月21日
新国立劇場中劇場で『焼肉ドラゴン』(作・演出:鄭義信、出演:千葉哲也、村川絵梨、智順、北野秀気、イ・ヨンソク、コ・スヒ、、チョン・スヨン、他)を観た。日韓国交正常化60周年記念公演の凱旋公演と銘打った公演である。
私は鄭義信の舞台は『てなもんや三文オペラ』、『パラサイト』、『泣くロミオと怒るジュリエット 2025』を観ているが、代表作とも言える『焼肉ドラゴン』(初演は2008年)を観るのは初めてである。
時代は1970年、場所は大阪の在日韓国人・在日朝鮮人たちが集まる焼肉屋『焼肉ドラゴン』である。猥雑で騒々しい世界を描いた舞台で、鄭義信の原点のような芝居に思えた。
上演時間は3時間10分(休憩20分を含む)。開演の20分前(開場後10分)から舞台上の焼き肉屋『焼肉ドラゴン』では宴会が始まっている。賑やかな舞台は、テンポよく進行し、哀切なシーンで幕切れとなる。
1970年は大阪万博の年であり、三島由紀夫が自決した年である。この芝居には、これらのイベントをはじめ、あの頃のCMフレーズ(「男は黙ってサッポロビール」「Oh! モーレツ」「クリープを入れないコーヒーなんて」など)や昭和歌謡がふんだんに盛り込まれている。当時学生だった私にとっては懐かしさあふれる舞台である。
この芝居で身につまされるのは、焼き肉屋の長女とその夫が、幕切れ近くで北朝鮮への帰還船に乗ってしまうことだ。「地上の楽園」とうたわれた北への帰還運動は1967年頃までだそうだが、1970年頃も続いていたのだろうか。芝居では「地上の楽園」を疑う台詞もあるが、あの頃の北朝鮮にはまだ独特の幻想があった。よど号ハイジャック事件も1970年だった。
この舞台を観て、人は、時代という時空の制約のなかでもがいて生きていくしかない存在だとの感慨にとらわれた。
私は鄭義信の舞台は『てなもんや三文オペラ』、『パラサイト』、『泣くロミオと怒るジュリエット 2025』を観ているが、代表作とも言える『焼肉ドラゴン』(初演は2008年)を観るのは初めてである。
時代は1970年、場所は大阪の在日韓国人・在日朝鮮人たちが集まる焼肉屋『焼肉ドラゴン』である。猥雑で騒々しい世界を描いた舞台で、鄭義信の原点のような芝居に思えた。
上演時間は3時間10分(休憩20分を含む)。開演の20分前(開場後10分)から舞台上の焼き肉屋『焼肉ドラゴン』では宴会が始まっている。賑やかな舞台は、テンポよく進行し、哀切なシーンで幕切れとなる。
1970年は大阪万博の年であり、三島由紀夫が自決した年である。この芝居には、これらのイベントをはじめ、あの頃のCMフレーズ(「男は黙ってサッポロビール」「Oh! モーレツ」「クリープを入れないコーヒーなんて」など)や昭和歌謡がふんだんに盛り込まれている。当時学生だった私にとっては懐かしさあふれる舞台である。
この芝居で身につまされるのは、焼き肉屋の長女とその夫が、幕切れ近くで北朝鮮への帰還船に乗ってしまうことだ。「地上の楽園」とうたわれた北への帰還運動は1967年頃までだそうだが、1970年頃も続いていたのだろうか。芝居では「地上の楽園」を疑う台詞もあるが、あの頃の北朝鮮にはまだ独特の幻想があった。よど号ハイジャック事件も1970年だった。
この舞台を観て、人は、時代という時空の制約のなかでもがいて生きていくしかない存在だとの感慨にとらわれた。
倒木の始末で汗をかいた ― 2025年12月23日
久々に八ヶ岳南麓の山小屋に来た。冬は農作業などはない。薪ストーブを焚いて、のんびりゆったりとした読書時間を過ごす目論見だった。
山小屋の前のささやかな畑はびっしりと枯れ草におおわれている。裏手に回ってみると、倒木がある。わが家の敷地の樹木が隣の空き地に倒れているではないか。少し前から、この木が枯れているのは気づいていた。いずれ伐採せねばと思っていたのだ。
隣の敷地に倒れた枯れ木は10メートル以上ありそうだ。このまま放っておくわけにはいかないが、人間一人の力で動かせる大きさではない。チェーンソーで切り刻んで、運搬できるサイズにするしかない。
この作業、かなり大変である。太い木をチェンソーで切るときは、木の重量が切り口を圧迫してチェンソーに食い込まないよう工夫しなければならない。横倒しの樹木を切りやすい位置に据えるのは重労働である。切った木の運搬もかなりの労働になる。
冬晴れのなかでの予定外の屋外作業で汗をかくはめになった。
山小屋の前のささやかな畑はびっしりと枯れ草におおわれている。裏手に回ってみると、倒木がある。わが家の敷地の樹木が隣の空き地に倒れているではないか。少し前から、この木が枯れているのは気づいていた。いずれ伐採せねばと思っていたのだ。
隣の敷地に倒れた枯れ木は10メートル以上ありそうだ。このまま放っておくわけにはいかないが、人間一人の力で動かせる大きさではない。チェーンソーで切り刻んで、運搬できるサイズにするしかない。
この作業、かなり大変である。太い木をチェンソーで切るときは、木の重量が切り口を圧迫してチェンソーに食い込まないよう工夫しなければならない。横倒しの樹木を切りやすい位置に据えるのは重労働である。切った木の運搬もかなりの労働になる。
冬晴れのなかでの予定外の屋外作業で汗をかくはめになった。
アリョーシャは「現代のキリスト」という見立て ― 2025年12月25日
江川卓の『謎とき『カラマーゾフの兄弟』』を再々読した。
『謎とき『カラマーゾフの兄弟』』(江川卓/新潮選書/1991.6)
最初に読んだのは、30年以上昔の刊行時だと思う。2回目に読んだのは13年前、亀山郁夫の新訳で『カラマーゾフの兄弟』を再読したときだ(最初は、学生時代に米川正夫訳で読んだ)。江川卓の論考でぼんやり記憶に残っている事項もあるが大半は失念している。
だが、はっきり憶えている点がある。13年前に本書を読了したとき、今度は『カラマーゾフの兄弟』を江川卓訳で読もうと思ったのだ。
江川卓訳『カラマーゾフの兄弟』は集英社の世界文学全集に収録されている。ネット古書店で容易に入手できるだろうと思った。だが、それが困難だった。ほとんど出品されていない。数少ない古書は異常に高価だ。なぜ江川卓訳の文庫版がないのか不思議だった。
昨年の夏、『カラマーゾフの兄弟』をベースにした野田秀樹の『正三角関係』を観劇する際は、新潮文庫の原卓也訳でこの長編を再々読した。
そして今年の夏、待望の江川卓訳『カラマーゾフの兄弟』が中公文庫(全4巻)で刊行された。刊行と同時に入手したが、すぐに読んだわけではない。『カラマーゾフの兄弟』はくり返し読みたくなる小説だが、読み始めるには多少の心の準備と覚悟が必要だ。
年末が迫り、この夏に入手した江川卓訳『カラマーゾフの兄弟』を年内に読もうと覚悟した。年を越すといつ挑戦できるかわからない。
この長編を読む前に『謎とき『カラマーゾフの兄弟』』を再々読するのが筋だと考え、本書を読んだのである。
本書の読者の大半はすでに『カラマーゾフの兄弟』を読んでいるだろうが、本書を読み終えると、あらためて江川卓訳で『カラマーゾフの兄弟』を読み返したいと思うはずだ。著者の指摘を小説の本文で確認したくなるのだ。
本書は、アリョーシャを「現代のキリスト」としている。それは「黒いキリスト」である。それに対してスメルジャコフは「白いキリスト」だが、それは「白いキリスト」の僭称者であり、実は「臆病なユダ」だという見立てである。
本書が解き明かすカラマーゾフの世界は13年後の「幻の第二部」に照射されている。第一部終盤の「カラマーゾフ万歳!」という12人の少年たちの叫びは唐突だが、これは13年後の第二部に呼応している。13年後、キリストの没年と同じ33歳になったアリョーシャは皇帝暗殺事件の黒幕「黒いキリスト」として処刑される。暗殺の実行犯は元少年の12使徒のなかの一人である。
『カラマーゾフの兄弟』は現存の「第一部」だけで十分に傑作だろうが、「幻の第二部」を視野に入れて読み解く方がはるかに面白い。
江川卓はこの小説の「語り手」と「作者」は別だとしているようだが、その点については詳しく論じていない。次に『カラマーゾフの兄弟』を読むときは、その点も気にしながら読み進めたい。
『謎とき『カラマーゾフの兄弟』』(江川卓/新潮選書/1991.6)
最初に読んだのは、30年以上昔の刊行時だと思う。2回目に読んだのは13年前、亀山郁夫の新訳で『カラマーゾフの兄弟』を再読したときだ(最初は、学生時代に米川正夫訳で読んだ)。江川卓の論考でぼんやり記憶に残っている事項もあるが大半は失念している。
だが、はっきり憶えている点がある。13年前に本書を読了したとき、今度は『カラマーゾフの兄弟』を江川卓訳で読もうと思ったのだ。
江川卓訳『カラマーゾフの兄弟』は集英社の世界文学全集に収録されている。ネット古書店で容易に入手できるだろうと思った。だが、それが困難だった。ほとんど出品されていない。数少ない古書は異常に高価だ。なぜ江川卓訳の文庫版がないのか不思議だった。
昨年の夏、『カラマーゾフの兄弟』をベースにした野田秀樹の『正三角関係』を観劇する際は、新潮文庫の原卓也訳でこの長編を再々読した。
そして今年の夏、待望の江川卓訳『カラマーゾフの兄弟』が中公文庫(全4巻)で刊行された。刊行と同時に入手したが、すぐに読んだわけではない。『カラマーゾフの兄弟』はくり返し読みたくなる小説だが、読み始めるには多少の心の準備と覚悟が必要だ。
年末が迫り、この夏に入手した江川卓訳『カラマーゾフの兄弟』を年内に読もうと覚悟した。年を越すといつ挑戦できるかわからない。
この長編を読む前に『謎とき『カラマーゾフの兄弟』』を再々読するのが筋だと考え、本書を読んだのである。
本書の読者の大半はすでに『カラマーゾフの兄弟』を読んでいるだろうが、本書を読み終えると、あらためて江川卓訳で『カラマーゾフの兄弟』を読み返したいと思うはずだ。著者の指摘を小説の本文で確認したくなるのだ。
本書は、アリョーシャを「現代のキリスト」としている。それは「黒いキリスト」である。それに対してスメルジャコフは「白いキリスト」だが、それは「白いキリスト」の僭称者であり、実は「臆病なユダ」だという見立てである。
本書が解き明かすカラマーゾフの世界は13年後の「幻の第二部」に照射されている。第一部終盤の「カラマーゾフ万歳!」という12人の少年たちの叫びは唐突だが、これは13年後の第二部に呼応している。13年後、キリストの没年と同じ33歳になったアリョーシャは皇帝暗殺事件の黒幕「黒いキリスト」として処刑される。暗殺の実行犯は元少年の12使徒のなかの一人である。
『カラマーゾフの兄弟』は現存の「第一部」だけで十分に傑作だろうが、「幻の第二部」を視野に入れて読み解く方がはるかに面白い。
江川卓はこの小説の「語り手」と「作者」は別だとしているようだが、その点については詳しく論じていない。次に『カラマーゾフの兄弟』を読むときは、その点も気にしながら読み進めたい。
19世紀のロシアの牡蠣 ― 2025年12月27日
昨日(2025.12.26)の日経新聞の春秋がチェーホフの「牡蠣」という小説に触れていた。短篇だと思うが、私はこの小説を読んでいない。いつか読んでみたいと思った。
このコラムによると、19世紀のロシアで牡蠣は西欧から輸入する高級珍味だったそうだ。ナルホドと思った。
現在、私は江川卓訳の『カラマーゾフの兄弟』を読書中である。この長編を読むのは4回目だ。「第8編 ミーチャ」の「5 突然の決心」に牡蠣が登場する。長男ドミートリイが散財を決意し、モークロエへの出発準備中の場面である。
「旦那さま方、牡蠣はいかがでございます、入荷しましたばかりの最上等の牡蠣でございますが」と店の者がすすめた。
この場面を読んだ直後に日経のコラムを読み、19世紀ロシアの牡蠣の事情を知った。コラムが私の読書の後押しをしてくれている気分になった。
このコラムによると、19世紀のロシアで牡蠣は西欧から輸入する高級珍味だったそうだ。ナルホドと思った。
現在、私は江川卓訳の『カラマーゾフの兄弟』を読書中である。この長編を読むのは4回目だ。「第8編 ミーチャ」の「5 突然の決心」に牡蠣が登場する。長男ドミートリイが散財を決意し、モークロエへの出発準備中の場面である。
「旦那さま方、牡蠣はいかがでございます、入荷しましたばかりの最上等の牡蠣でございますが」と店の者がすすめた。
この場面を読んだ直後に日経のコラムを読み、19世紀ロシアの牡蠣の事情を知った。コラムが私の読書の後押しをしてくれている気分になった。
江川卓訳『カラマーゾフの兄弟』を読んだ ― 2025年12月29日
中公文庫の『カラマーゾフの兄弟』は池田健太郎訳だと思っていたが、すでに絶版になっていて、今年の夏、江川卓(1927-2001)訳で『カラマーゾフの兄弟』が刊行された。すぐに入手した。江川卓訳にこだわった経緯は、先日再々読した『謎とき『カラマーゾフの兄弟』』(江川卓)の読後感に書いた。年末になり、その文庫本をやっと読了した。
『カラマーゾフの兄弟(1)(2)(3)(4)』(ドストエフスキー/江川卓訳/中公文庫)
それなりの読書時間が確保できると目論んで読み始めたが、読了に9日を要した。この長編を読むのは4回目で、訳者はすべて違う。20歳頃に初めて読んだのは米川正夫訳、13年前に読んだのは亀山郁夫訳、昨年の夏に読んだのは原卓也訳だった。
やはり『カラマーゾフの兄弟』を読むと疲れる。登場人物たちの異常に過剰な迫力と熱量に圧倒され、ぐったりする。
この長編は、殺人事件→裁判という展開の犯罪小説・心理小説的なストーリーをベースに、劇中劇のような宗教的・哲学的な議論や物語がふんだんに上乗せされている。この多重構造は有機的に絡み合っているので、現実世界を超えた異次元世界を旅している気分になる。
江川卓訳の中公文庫版は1979年の集英社版世界文学全集が底本で、訳者によるかなり詳しい注解と後記がついている。『謎とき『カラマーゾフの兄弟』』が出たのは訳書より10年程後の1991年だが、この注解と後記は『謎とき』に重なっている。注解を参照しつつ小説を読むと『謎とき』の復習になる。小説に登場する事項のシンボル性や聖書との関連に「へぇー」と思いながら読み進めた。
この小説には「私」という語り手がいる。私は昨年の再々読時に、語り手は13年後のアリョーシャではないかと思って読んだ。今回、この「私」を気にしながら読み、アリョーシャを語り手と見なすには無理があると思った。
『謎とき『カラマーゾフの兄弟』』のなかに「ここで作者自身(語り手でない)が突然顔を出し(…)」という部分があり、江川卓は作者と語り手が別だと述べているのだと思った。だが、それは私の早とちりだったようだ。この小説は全編「私」という語り手が記述した物語であり、「私」は作者ドストエフスキイの分身だと思う。
「私」は神様の視点で登場人物たちの行動や心理を語るのではない。「私」は自分の感想や印象を述べるし、詠嘆したり興奮したりする。まるで登場人物である。作者自身が物語世界に引きずり込まれている不思議な「語り」に思える。江川卓の指摘は、作者の分身である語り手が、ときに分身であることを忘れて作者自身になっていると述べているのだと思う。
4回目の『カラマーゾフの兄弟』であらためて感じたのはアリョーシャという人物の不可解性である。妙な自己確信と予言力があり、神を信じていないフシもある。イノセントな教祖風でもあり、自らを好色で衝動的なカラマーゾフの一人と認識している。「第7編 4 ガリラヤのカナ」終盤の次の記述が印象的だ。
「彼が大地に身を投げたときは、まだ弱々しい少年にすぎなかったが、ふたたび立ちあがったとき、彼はすでに生涯を通じて、変わらぬ不屈の闘士となっていた。」
この不可解なアリョシャ像は、幻の第二部から照射しなければ明確なイメージを結ばない。その第二部はエピローグの「カラマーゾフ万歳」で予告されている。アリョーシャに心酔している少年コーリャは「ああ、ぼくもいつか正義のために自分を犠牲にできたらなあ」と述べる。13年後のテロリストを予感させる台詞だ。皇帝暗殺の黒幕はアリョーシャ、実行犯はコーリャ――そんスリリングな将来がぼんやり浮かぶ。
『カラマーゾフの兄弟(1)(2)(3)(4)』(ドストエフスキー/江川卓訳/中公文庫)
それなりの読書時間が確保できると目論んで読み始めたが、読了に9日を要した。この長編を読むのは4回目で、訳者はすべて違う。20歳頃に初めて読んだのは米川正夫訳、13年前に読んだのは亀山郁夫訳、昨年の夏に読んだのは原卓也訳だった。
やはり『カラマーゾフの兄弟』を読むと疲れる。登場人物たちの異常に過剰な迫力と熱量に圧倒され、ぐったりする。
この長編は、殺人事件→裁判という展開の犯罪小説・心理小説的なストーリーをベースに、劇中劇のような宗教的・哲学的な議論や物語がふんだんに上乗せされている。この多重構造は有機的に絡み合っているので、現実世界を超えた異次元世界を旅している気分になる。
江川卓訳の中公文庫版は1979年の集英社版世界文学全集が底本で、訳者によるかなり詳しい注解と後記がついている。『謎とき『カラマーゾフの兄弟』』が出たのは訳書より10年程後の1991年だが、この注解と後記は『謎とき』に重なっている。注解を参照しつつ小説を読むと『謎とき』の復習になる。小説に登場する事項のシンボル性や聖書との関連に「へぇー」と思いながら読み進めた。
この小説には「私」という語り手がいる。私は昨年の再々読時に、語り手は13年後のアリョーシャではないかと思って読んだ。今回、この「私」を気にしながら読み、アリョーシャを語り手と見なすには無理があると思った。
『謎とき『カラマーゾフの兄弟』』のなかに「ここで作者自身(語り手でない)が突然顔を出し(…)」という部分があり、江川卓は作者と語り手が別だと述べているのだと思った。だが、それは私の早とちりだったようだ。この小説は全編「私」という語り手が記述した物語であり、「私」は作者ドストエフスキイの分身だと思う。
「私」は神様の視点で登場人物たちの行動や心理を語るのではない。「私」は自分の感想や印象を述べるし、詠嘆したり興奮したりする。まるで登場人物である。作者自身が物語世界に引きずり込まれている不思議な「語り」に思える。江川卓の指摘は、作者の分身である語り手が、ときに分身であることを忘れて作者自身になっていると述べているのだと思う。
4回目の『カラマーゾフの兄弟』であらためて感じたのはアリョーシャという人物の不可解性である。妙な自己確信と予言力があり、神を信じていないフシもある。イノセントな教祖風でもあり、自らを好色で衝動的なカラマーゾフの一人と認識している。「第7編 4 ガリラヤのカナ」終盤の次の記述が印象的だ。
「彼が大地に身を投げたときは、まだ弱々しい少年にすぎなかったが、ふたたび立ちあがったとき、彼はすでに生涯を通じて、変わらぬ不屈の闘士となっていた。」
この不可解なアリョシャ像は、幻の第二部から照射しなければ明確なイメージを結ばない。その第二部はエピローグの「カラマーゾフ万歳」で予告されている。アリョーシャに心酔している少年コーリャは「ああ、ぼくもいつか正義のために自分を犠牲にできたらなあ」と述べる。13年後のテロリストを予感させる台詞だ。皇帝暗殺の黒幕はアリョーシャ、実行犯はコーリャ――そんスリリングな将来がぼんやり浮かぶ。
挫折した巨大プロジェクトの現場の空気を感じた ― 2025年12月31日
『イラン現代史』と『物語イランの歴史』に触発されて、次の小説を古書で入手して読んだ。
『バンダルの塔』(高杉良/講談社文庫/1984.3)
IJPC(イラン・ジャパン石油化学)を題材にした小説である。1979年のイラン革命の直後、新聞の見出しでIJPCという文字を何度も見た。三井物産を中心に日本の化学メーカー(東洋曹達、三井東圧、三井石油化学、日本合成ゴム)がイランに石油化学コンビナートを建設する壮大なプロジェクトだった。イラン革命の勃発で暗雲が立ち込め、巨額の損失を出してIJPCは清算される。
この小説の単行本が出たのはイラン革命から2年後の1981年、きわものに近い小説だ。文庫版が出たのはイラン革命後のイラン・イラク戦争中、1984年だ。文庫版の解説で、佐高信は「新しい形で、日本はイランに協力することになって、現在、百名を超える日本人が現地に行き、数回に及ぶ爆撃による被害の調査を行なっている。」と希望的見解を述べている。しかし、文庫版が出た5年後の1989年、三井物産はIJPCの清算を発表する。6000億円以上をつぎ込んだプロジェクトは潰えた。
77歳の私には久々の高杉良の経済小説だった。現役時代、企業の現場を生々しく描く高杉良の企業人小説に身につまされる思いをしたこともある。この小説を読んで、昔のそんな気分が甦った。
この小説、企業名は実名だが、主人公らの登場人物は複数のモデルを合成したフィクションらしい。パーレビ体制の安定を疑う人はほとんどいなかったが、巨大プロジェクト推進のリスクを懸念する人はいた。さまざまな困難をひとつずつ乗り越えて奮闘する姿は感動的でもある。日本の高度成長末期の企業現場の元気な雰囲気が伝わってくる。
イランに赴任して一年八カ月の日本人がイラン人について「狡猾で、狡知にたけてるが、自分のことしか考えない人種です」と述懐する場面が印象に残った。一部の人間から全体を論じるのは乱暴だとは思うが、文化や考え方の違いを克服する困難を感じた。
イラン革命勃発時、コンビナートは完成目前だった。工事現場で約5千人が働いていた。日本人は3千人以上いた。だが、イラン側のトップがいち早く海外へ脱出するなど事態は急展開する。総引きあげとなった現場の無念に思いを馳せた。
P.S.
実は、私は来年2月下旬からイラン観光旅行をすることになった。『イラン現代史』や『物語イランの歴史』を読んだときは、まだ旅行検討中だった。これから、イランについて情報収集せねばと思い、その一環でこの小説を読んだ。
『バンダルの塔』(高杉良/講談社文庫/1984.3)
IJPC(イラン・ジャパン石油化学)を題材にした小説である。1979年のイラン革命の直後、新聞の見出しでIJPCという文字を何度も見た。三井物産を中心に日本の化学メーカー(東洋曹達、三井東圧、三井石油化学、日本合成ゴム)がイランに石油化学コンビナートを建設する壮大なプロジェクトだった。イラン革命の勃発で暗雲が立ち込め、巨額の損失を出してIJPCは清算される。
この小説の単行本が出たのはイラン革命から2年後の1981年、きわものに近い小説だ。文庫版が出たのはイラン革命後のイラン・イラク戦争中、1984年だ。文庫版の解説で、佐高信は「新しい形で、日本はイランに協力することになって、現在、百名を超える日本人が現地に行き、数回に及ぶ爆撃による被害の調査を行なっている。」と希望的見解を述べている。しかし、文庫版が出た5年後の1989年、三井物産はIJPCの清算を発表する。6000億円以上をつぎ込んだプロジェクトは潰えた。
77歳の私には久々の高杉良の経済小説だった。現役時代、企業の現場を生々しく描く高杉良の企業人小説に身につまされる思いをしたこともある。この小説を読んで、昔のそんな気分が甦った。
この小説、企業名は実名だが、主人公らの登場人物は複数のモデルを合成したフィクションらしい。パーレビ体制の安定を疑う人はほとんどいなかったが、巨大プロジェクト推進のリスクを懸念する人はいた。さまざまな困難をひとつずつ乗り越えて奮闘する姿は感動的でもある。日本の高度成長末期の企業現場の元気な雰囲気が伝わってくる。
イランに赴任して一年八カ月の日本人がイラン人について「狡猾で、狡知にたけてるが、自分のことしか考えない人種です」と述懐する場面が印象に残った。一部の人間から全体を論じるのは乱暴だとは思うが、文化や考え方の違いを克服する困難を感じた。
イラン革命勃発時、コンビナートは完成目前だった。工事現場で約5千人が働いていた。日本人は3千人以上いた。だが、イラン側のトップがいち早く海外へ脱出するなど事態は急展開する。総引きあげとなった現場の無念に思いを馳せた。
P.S.
実は、私は来年2月下旬からイラン観光旅行をすることになった。『イラン現代史』や『物語イランの歴史』を読んだときは、まだ旅行検討中だった。これから、イランについて情報収集せねばと思い、その一環でこの小説を読んだ。








最近のコメント