『虐殺器官』は惜しい「議論SF」2022年11月30日

『虐殺器官』(伊藤計劃/ハヤカワ文庫)
 いずれ読もうと積んでいた気がかりなSFを、やっと読んだ。

 『虐殺器官』(伊藤計劃/ハヤカワ文庫)

 この文庫本を購入したのは7年前だ。それ以前から夭折した伊藤計劃の『虐殺器官』が傑作だとの評判は聞いていた。2006年の小松左京賞最終候補になったが受賞に至らず、大幅に加筆訂正して2007年に刊行、高い評価を受けた。その2年後、作者は癌で亡くなった。享年34歳。

 ハードボイルドなサイバーパンクと思っていたが、私の想定とはやや趣の異なる議論小説だった。その議論に魅力があれば大傑作になったかもしれないが、私にはやや浅薄に感じられた。より深い思弁SFの可能性を秘めているので、惜しいと感じた。

 2011年の同時多発テロ後の世界を描いた近未来SFである。一人称小説で主人公は米国の特殊部隊の大尉、小説の舞台は中欧アジア、中欧、アフリカなどで日本人は登場しない。サラエボに核爆弾が投下されたのを機に「核を使える時代」になっている。米国人視点の展開に違和感があったがラストで納得した。

 この小説の魅力はディティールにある。近未来の異形な軍事システムや監視システムの描写が秀逸だ。2007年時点での近未来は私が今生きている2022年頃かもしれないが、異世界と現代(私の)が二重写しになり、不思議な気分になる。

 軍事SF的ディティールだけでなく、カフカ、ナボコフ、バラードなどの文学的小道具も魅力的だ。「啓蒙はヨーロッパの特産物ですからね。」などの科白に才を感じた。

 ディティールが素晴らしく、物語の骨格も面白いが、それを支える思弁がイマイチ説得力がない。この作品が小松左京賞(小松左京が選考する賞)を逃したとき、当時75歳だった小松左京は選評で次のように述べている。

 「肝心の「虐殺の言語」とは何なのかについてもっと触れて欲しかったし、虐殺行為を引き起こしたいる男の動機や主人公のラストの行動などにおいて説得力、テーマ性に欠けていた」

 私が読んだのは加筆訂正バージョンになるが、小松左京の評に同感できる。70代の私が若い作家の作品に説得力を感じることができないのは、世代間ギャップだろうか。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
ウサギとカメ、勝ったのどっち?

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://dark.asablo.jp/blog/2022/11/30/9544669/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。