『三体Ⅲ 死神永生』で「懐かしき驚き」を堪能2021年06月08日

『三体Ⅲ 死神永生(上)(下)』(劉慈欣/大森望、光吉さくら、ワン・チャイ、泊功訳/早川書房)
 中国SF 『三体』の第1部 を読んだのが2年前、 第2部『暗黒森林』 を読んだのが1年前、先月やっと第3部の翻訳が出た。第3部の原著(中国版)の出版は11年前、英語版は6年前と聞くと、日本版の出遅れにコロナ・ワクチンを連想してしまう。

 『三体Ⅲ 死神永生(上)(下)』(劉慈欣/大森望、光吉さくら、ワン・チャイ、泊功訳/早川書房)

 読みだすと止められない巧みなストーリーテリングに引き込まれ、大風呂敷に呆れつつも、十分に堪能できた。ネタバレにならないよう、読後の感慨を記す。

 「訳者あとがき」で大森望氏が小松左京『果しなき流れの果に』、光瀬龍『百億の昼と千億の夜』に言及している。これらの作品をリアルタイムの『SFマガジン』連載(1960年代)で読んだ私のようなオールドSFファンにとって、この長編があの「懐かしき驚き」を思い出させるのは確かだ。

 エイリアンの脅威に晒される未来の地球の物語だったのに、第3部の冒頭は1453年のコンスタンティノープル陥落の場面である。先日、塩野七生『コンスタンティノープルの陥落』を読んだばかりなので、うれしくなった。古代や中世の事件を未来にからめるSFの定番に期待が高まる。

 第3部の随所に『時の外の過去』と題する謎の歴史書からの抜粋が挿入されている。光瀬龍の未来史シリーズに頻出するユイ・アフテングリ『星間文明史』を連想する。また、“わが赴くは星の群れ”計画という名称も楽しい。ベスタ―の『虎よ、虎よ!』の初訳の題が『わが赴くは星の群』だった(英国版は"Tiger! Tiger!"、米国版は"The Stars My Destination")。訳者のサービスかもしれないが…

 この長編SFはショートショートにしかなりそにない法螺ネタを臆面もなく強引に膨らませている。科学技術の知識の裏付けをベースに緻密そうな眩惑理屈で荒唐無稽なネタを膨らませ、壮大な時間と空間の長編に仕立てるのは才能だと思う。科学者のヨタ話のようなものから宇宙論的な大長編を紡ぎ出している。