63年前のベストセラー『にあんちゃん』が今も新本にビックリ2021年05月28日

『にあんちゃん』(安本末子/角川文庫)
 日経新聞の今月(2021年5月)の『私の履歴書』は吉行和子で、彼女が出演した1959年公開の映画『にあんちゃん』(監督:今村昌平)に触れていた。それを読んで、気まぐれでこの古い映画を Amazon Prime Video で検索すると、ちゃんと入っていた。で、このモノクロ映画を視聴した。

 1952年、日本が貧しかった時代の九州の炭鉱町を舞台に、両親を亡くした貧しい4人兄妹が生きていく姿を描いた映画である。1948年生まれの私も、遠い幼少期の風景を眺めている気分にさせられた。

 カッパブックスの『にあんちゃん:10歳の少女の日記』が出版されたのは1958年、私が10歳のときだ(著者は私より5歳上)。このベストセラーを私が何歳で認識したかは定かでないが子供の頃からタイトルは知っていた。高校生になって古本屋巡りをするようになり、この本の背表紙を何度となく目にした。背表紙の色も著者名も記憶に残っているが、高校生の私に10歳の少女の日記は関心外だった。

 それから半世紀以上経過してから映画『にあんちゃん』を観て、昔スルーした本への関心がわき、古本を探すつもりでネット検索した。驚いたことに新本の文庫があった。

 『にあんちゃん』(安本末子/角川文庫)

 入手した文庫本は「平成22年2月25日初版発行 令和3年1月20日4版発行」とある。今年になって出た本である。10代で無関心だったベストセラー本を70歳過ぎて読む気になったのは我ながら酔狂だが、その63年前の本が今年増刷の新品なのに時間感覚が揺らいだ。

 この「10歳の少女の日記」を読んで、ベストセラーになった理由は納得できた。悲惨な貧乏生活を描いているのに不思議なパワーがある。健気なきょうだい愛や向学心が心を打つ。21世紀の現代でもこの本が売れているのは、あの時代に通じるものが現代にもあるのだろう。それは普遍的な魅力だと思う。だが、格差が拡大しつつある社会の反映の可能性もある。