『シルクロード全史』はバランスが奇妙な世界史概説書2021年03月13日

『シルクロード全史:文明と欲望の十字路(上)(下)』(ピーター・フランコパン/須田綾子訳/河出書房新社)
 私はシルクロードや中央ユーラシア史に関心がある。だから、本屋の店頭で次の書名を目にしたとき、すぐに手が伸びた。

 『シルクロード全史:文明と欲望の十字路(上)(下)』(ピーター・フランコパン/須田綾子訳/河出書房新社)

 著者は1971年生まれの英国の歴史学者である。「はじめに」に目を通すと、歴史を西洋中心で見ることに批判的で、アジアを重視しなければならないと述べている。面白そうだと食指が動いたが、ためらう気持もあった。その理由は以下の通りだ。

 ・分厚い2巻本で読むのが大変そう。
 ・著者も訳者も未知の人。
 ・訳者の「あとがき」も、識者の「解説」もなく、本書の評価が不明。

 かなり迷ったすえに購入し、やっと読了した。そして、タイトルから想像した内容とは全く異なる本だったので驚いた。

 本書の原題は「THE SILK ROADS:A NEW HISTORY OF THE WORLD」で、著者は「シルクロード」を「人が東へ西へ(あるいは南へ北へ)行き交う場」といった意味に拡大解釈している。従って、本書は中央ユーラシアの東西交渉史ではなく世界史の概説書になっている。

 本書の「はじめに」と「おわりに――新たなシルクロード」では、本来のシルクロードや中国の一帯一路を総括的に概説しているのだが、「はじめに」と「おわりに」の間に挟まる膨大な本文は、この総括からかなりはみ出している――私には、そう思えた。

 本書の上巻はアレクサンドロスの遠征に始まり、仏教・キリスト教・イスラム教の伝播、十字軍、ペスト、モンゴルの侵攻、コロンブスらの航海を経て、オランダや英国の覇権拡大までを述べている。まさに人の移動を視点にした世界史概説である。

 下巻になると近現代史で、二つの大戦を経た冷戦時代から、ソ連崩壊、湾岸戦争、9.11に至る関係国の動向を述べている。イラン革命やソ連のアフガニスタン侵攻、イラン・イラク戦争あたりの記述はかなり詳しい。歴史書というより、ジャーナリストかノンフィクション作家のレポートを読んでいる気分になる。

 著者は西欧中心の見方に批判的だが、著者の言う「アジア」や「東」はトルコからイランに至る地域を指す場合が多く、それより東はあまり登場しない。バランスが奇妙な西欧中心の世界史概説書に見える。英国人から見た一つの世界史像なのだろう。

 本書によって教えられる事項も多く、興味深く読めたとは言えるが、寿司屋に入ってステーキを食べさせられた気分である。それもまた一興か。

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