『愛の渇き』(三島由紀夫)は怖い話2021年03月03日

『愛の渇き』(三島由紀夫/新潮文庫)
 半世紀以上前の学生時代に古書で購入し黄ばんでいた三島由紀夫の文庫本2冊(『沈める瀧』『獣の戯れ』)を続けて読んだ余勢で、駅前の本屋で新たな文庫本を購入して読んだ。三島の小説には中毒性があるかもしれない。

 『愛の渇き』(三島由紀夫/新潮文庫)

 三島由紀夫の新潮文庫はカバーを刷新した新版が増えているが、本書は半世紀前と同じデザインのカバーだ。本文の活字が大きくなっているのが、私にはありがたい。

 奥野健男が『三島由紀夫伝説』で本書を強く推していたので、いずれ読まねばと思っていた小説である。1950年、三島25歳のときの書き下ろし作品で、1952年には新潮文庫になっている。私が購入したのは2017年4月の122刷、ロングセラーだ。

 評伝などで取り上げられることの多い小説なので粗筋を承知のうえで読んだが、引き込まれた。主人公・悦子の感性は私には了解しがたい不自然さがあり、感情移入は難しい。装飾的とも言える比喩の連発には目がくらみそうになる。悦子が思いを寄せる若い使用人・三郎のイメージは不明瞭だ。にもかかわらず引き込まれるのは、郊外の農園に暮らすこの大家族が織りなす世界の不思議な魅力、いや魔力のせいである。

 小説の進行にともなって悦子の魔性が亢進していく怖い話である。奥野健男も指摘していたが、この主人公は女性である必要はない。作者の分身とも見なせる。殺人事件の後の「恩寵のように襲った眠り」を描いたラストシーンが秀逸だ。本当に怖い。