中世ヨーロッパと中近東の事情を活写した『十字軍物語』(塩野七生)2021年02月25日

『十字軍物語(1)(2)(3)(4)』(塩野七生/新潮文庫)
 先月(2021年1月)、イスラム史の概説書を何冊か読み、イスラム世界に蛮族のごとく襲来してきた十字軍が印象に残ったので、塩野七生の『十字軍物語』を読んだ。

 『十字軍物語(1)(2)(3)(4)』(塩野七生/新潮文庫)

 1096年にローマ法王が十字軍を提唱してから、1291年に中近東の十字軍国家が消滅するまでの約200年を綴った歴史エッセイである。この間に8回の十字軍遠征があった。第1次十字軍が中近東に4つの十字軍国家を樹立したのが成功と言えるだけで、その後の遠征にもかかわらず十字軍国家は縮小し、最終的にイスラム世界が勝利する。

 この200年間の事情を語る塩野七生は相変わらず明快で面白い。主な人物たちに焦点をあて、人物評を交えながらその行動と思考を追い、戦闘場面になると一段と筆が冴える。同時に政治・経済・外交をくっきりと鳥瞰する。独断的な見解や推測もあるが、この時代の様子がありありと浮かんでくる気がする。

 本書は、第1次から第8次の十字軍遠征を語るだけではなく、遠征の合間の期間にも着目している。中近東において周辺のイスラムと共生せざるを得ない十字軍国家の様子や事情は興味深い。彼らにとって有難迷惑な十字軍あったようだ。

 十字軍の時代を活写した物語ではあるが、少年十字軍への言及はあっさりしている。社会史的な事象であって政治・経済・外交とは無縁だからかもしれない。やはり、塩野七生は人物論の人である。彼女は自身の著作の人物について次のように語っている。

 《書くからには、絶対にその人間を愛します。といってそれは美点だけを愛するという類の愛ではありません》

 その通りだろうとは思うが、登場人物は好印象の人物、悪印象の人物、どちらとも言えない人物にわかれる。

 本書では頑迷固陋な宗教者たち(法王、法王代理)は悪役であり、悪賢く己れの領土拡大だけを目論むフランス王も悪役だ。著者の肯定的な愛が感じられるのは獅子心王リチャードや皇帝フリードリヒ2世であり、イスラムの英雄サラディンである。これらはみな柔軟性のある勇者だ。

 十字軍には壮大な愚行というイメージがある。本書を読み終えても、やはり愚行だったと思える。それだけではなく不条理でもある。2度にわたる遠征に失敗したルイ9世が「聖人」とされ、大きな活躍をしたテンプル騎士団(ルイ9世の身代金も立て替えるた)が帰国後に大弾圧を受けるのは不条理としか言いようがない。

 考えてみれば、愚行と不条理の積み重ねが歴史の常の姿かもしれない。その愚行と不条理から、世の中の変化をうながす力が湧き出てくるのだろうと思えてくる。

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