ダム建設現場が舞台の『沈める瀧』(三島由紀夫)に思わぬ贈り物2021年02月27日

沈める瀧』(三島由紀夫/新潮文庫)
 私は三島由紀夫の書いたモノより三島由紀夫について書いたモノに惹かれやすい。主要な代表作は読んでいるが未読の小説も多い。三島に関する本のみを読んで、彼の小説をなおざりにしておくのも気が引け、学生時代に古書で入手したまま本棚で黄ばんだ次の小説を読んだ。

 『沈める瀧』(三島由紀夫/新潮文庫)

 ダムの建設現場を舞台にした不感症の男女の話ということは読む前から承知していた。さほど長くない長編で、読みだすと小説世界に引き込まれ、一気に読了した。やや奇怪な論理展開とストーリー進行がほどよくミックスした面白い話だ。

 石と鉄を玩具として育った感性の歪んだ頭脳明晰な男と冷感症の女が出会うという図式的な展開は明快とも言える。エリート社員の男は自ら望んで技師としてダム建設現場に赴任する。この舞台設定が秀逸だ。小説には魅力的な舞台すなわち世界の構築が肝要である。

 小説を読み始めて、この舞台は奥只見ダムに思えてきた。調べてみるとその通りで、K町は小出町のようだ。私は1968年の夏、大学のワンゲルで会津朝日岳に登り、奥只見ダムや銀山湖を訪れている。半世紀以上昔のことなので全く失念していたが、この小説を読んでいるうちに、奥只見ダムの記憶のアレコレが徐々に蘇ってきた。

 個人的な体験に重ねて小説の面白さを味わえるのは格別の読書体験である。三島由紀夫から思わぬ贈り物をもらった気分になった。

 『沈める瀧』の発表は1955年、奥只見ダム完成は1961年だから、小説の終章のダム完成後の場面は全くの小説世界(別世界)の話になる。前世紀に書かれた、やや論理オチにも思えるこの小説は、昭和生まれの私にとって、昭和の小説というよりは、19世紀文学の香りが漂う世界に感じられた。

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