『三島由紀夫の世界』(村松剛)は身内視点の評伝2021年02月10日

『三島由紀夫の世界』(村松剛)は身内視点の評伝
 三島由紀夫に関する本をいくつか読んで頭が三島世界に慣れているうちに、未読放置の三島本をかたづけようという気になり、まず次の評伝を読んだ。

 『三島由紀夫の世界』(村松剛/新潮文庫)

 三島由紀夫と親交が深かった村松剛(三島より4歳下)が、死後17年経って『新潮』に連載した900枚を超える評伝である。村松剛と三島由紀夫は母親同士が古くからの友人で、村松剛の 妹・英子 は三島由紀夫が関連した劇団の有名女優だった。

 私が三島作品を初めて読んだのは中学卒業の頃の『金閣寺』だが、村松剛の『ナチズムとユダヤ人』はそれ以前の中学3年の時に読んでいる。このアイヒマン裁判傍聴記の著者紹介に「アルジェリア独立戦争に従軍」とあるのに驚き、「行動する知識人」のカッコよさに惹かれ、彼の『女性的時代を排す』『ユダヤ人』も入手して読んだ。

 少年時代の一時期、私には村松剛は三島由紀夫より大きい存在だった。大学生になり、大学闘争の嵐が吹き荒れた時代、立教大の教授だった村松剛が大衆団交を人民裁判だと非難して辞職したと聞き、敵ながらあっぱれという気分になった。

 閑話休題。『三島由紀夫の世界』は、三島由紀夫の小説やエッセイの分析をベースに小説家の内面史を辿っていく流れがメインである。しかし、興味深く読めるのは、著者と三島由紀夫やその家族との交流に関わるエピソード部分だ。

 著者が三島由紀夫を客観的に捉えようとしているのは確かだが、どうしても身内・家族の視点になっている。三島由紀夫に引きずられているとも言える。初恋の影響を大きく見過ぎ、同性愛者ではないと強調しすぎているように思える。

 ノーベル賞に関して「賞をもらっていたとしても、三島のその後の行動にさほどの変化はなかったのではないか」としているのは炯眼だ。私は以前、ノーベル賞を受賞していれば三島事件はなかったと思っていたが、それは間違いだといまは思っている。

 本書の圧巻は三島事件を描いた終章である。身内の側からの驚愕・放心、そして「やっぱり」――事件直後の家族の混乱した様が伝わってくる。「やっぱり」に、あらためて三島由紀夫という作家の宿命を感じた。

 村松剛は1994年に65歳で亡くなっている。この文庫版は逝去後の1996年刊行である。

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