謎解きエンタメを超えた香港ミステリー『13・67』2019年06月28日

『13・67』(陳浩基/天野健太郎訳/文藝春秋)
 最近の香港情勢のニュースに接して、昨年、ある人から香港関連の面白いミステリーがあると薦められたのを思い出した。それが次の本である。

 『13・67』(陳浩基/天野健太郎訳/文藝春秋)

 このタイトルは2013年と1967年を表している。オビには「雨傘革命前夜の2013年から反英暴動が勃発した1967年ヘ、逆年代記で語られる名刑事の事件簿から見えてくる香港現代史の闇とは!」とある。

 この惹句を読んで香港現代史を背景にした重厚なハードボルド風ミステリーを予感した。香港現代史の勉強気分でこのミステリーを読もうと思った。2段組み480ページ、そこそこの分量である。

 第1章を読み終えて、大きな勘違いに気づいた。長編のつもりで読み始めたが、これは短編集ではないか。第1章と思ったのは私の早とちりで、単に「1」とあるだけだった。

 冒頭の短編は荒唐無稽スレスレの名探偵謎解きミステリーで、ドンデン返しに近いあざやかな終盤に驚き、面白いとは思った。しかし、私が予感したテイストとはかなり違う。2013年の香港が舞台なのに雨傘運動を予感させる社会背景はあまり感じられず、器用な作家のエンタメ謎解き小説に思えた。

 あらためて目次を確認すると、本書は6編の連作小説で第1編が2013年の話、1編ごとに時代を遡り、最後が1967年の話になっているらしい。期待したような長編ではないので中断しようと思いながらも、もう一つぐらいは読もうと2編目を読んだ。

 2編目の舞台は10年遡って2003年、同じ名探偵(香港警察の刑事)が登場する。これも驚きの謎解きミステリーで、うっちゃりをくらった気分になった。次は騙されないぞと3編目も読み……ということを繰り返して最後の6編目まで読み、毎回うっちゃりをくらった。

 エンタメ謎解きの面白さに引っぱられての読了たが、読み進めるごとに香港社会の時代背景が見えてくる。6編の連作が見事にからみあっていて、全編を読み終えると香港半世紀の社会変動の時代を生き抜いた刑事の半生に立ち会った気分になる。謎解きに驚いた後にジワリと時代と社会が浮かびあがる。そして半世紀という時間への感慨がわく。まさに本書は、私が予感し期待していたような長編だったのである。

 最終編の1967年は文化大革命の頃で、その影響を受けた香港の若者は祖国復帰の理念のもとに反植民地・反英国の武装闘争に走る。それから半世紀、香港の若者は中国支配への抗議運動をしている。これが歴史である。このエンタメ謎解きミステリーには、そんな歴史背景が確かに投影されている。