『パリの王様たち』と『吉本隆明1968』に通底するもの2018年07月28日

『パリの王様たち』(鹿島茂/文春文庫)、『吉本隆明1968』(鹿島茂/平凡社ライブラリー)
◎意外な取り合わせ

 鹿島茂氏の次の本を続けて読んだ。

 『パリの王様たち』(鹿島茂/文春文庫)
 『吉本隆明1968』(鹿島茂/平凡社ライブラリー)

 実はこの著者について私はあまり知らなかった。レ・ミゼラブルの挿絵解説本とバルザックに関する対談本を読んだことがあるものの関心外の人だった。古書好きのディレッタント的フランス文学者というイメージがあるだけだった。

 そんな私だが、19世紀フランス文学への関心から「ユゴー・デュマ・バルザック三大文豪大物くらべ」という面白そうなサブタイトルに惹かれて『パリの王様たち』を古書で入手した。

 『パリの王様たち』を読んでいるとき、たまたま書店に平積みされている『吉本隆明1968』が目に入った。あのフランス文学者が吉本隆明についても書いていると意外に思い、つい購入してしまった。

◎どちらも面白い

 というわけで、やや毛色の違う2冊を続けて読んだ。『パリの王様たち』は軽い面白エッセイと思って読み始めたが、予想外に深く切り込んだ分析的な評論で、三大文豪の行状に圧倒されながら興味深く読了した。

 『吉本隆明1968』という不思議なタイトルの本も吉本隆明に深く切り込んだ分析的な評論で、ナルホドと感心させられる内容だった。

 ユゴー、デュマ、バルザックと吉本隆明はかなりかけ離れた存在だと思う。だが、この2冊を続けて読むと、どこか似た印象を受ける。同じ著者による評伝的解説本だから当然かもしれないが。

◎甲乙つけがたい過剰な欲望の大物たち

 『パリの王様たち』の冒頭、いきなりコンドラチェフ波が出てくる。超長期の景気循環を表すとされる波動である。三大文豪が同時期に登場した「奇跡」を歴史変動のロマンを感じさせる超長期波動で説明しようとする姿勢が壮大だ。

 同時代に活躍したユゴー、デュマ、バルザックの作品は三者三様に面白く、彼らが文豪なのは間違いない。本書を読んでこの三人の常軌を逸した大物ぶりにあらためて圧倒された。

 彼らの作品には破天荒な人物が登場する。登場人物たち以上にブッ飛んでいるのががその作者たちだ。テレビで『バカボンのパパよりバカなパパ』という赤塚不二夫の評伝ドラマをやっているが、あのスケールを何倍にも拡大した世界である。

 バルザックの『従妹ベット』に登場する色ボケの老人貴族の所業に呆れ、多少の誇張を感じたことがあるが、『レ・ミゼラブル』の作者ユゴーのそれを上回る色ボケぶりを知り、呆れるとともに、大文豪たちが紡ぎ出した作品群は19世紀フランスのリアルを反映しているのだと再認識した。

 鹿島茂氏は過剰な欲望が渦巻く大文豪たちの世界を解明するのに、時代背景や歴史変動と共にウェーバー、ケインズ、マルセル・モースなども援用している。本書によって、三大文豪たちが活躍した19世紀世界への興味がさらに増大した。

◎団塊世代の吉本隆明体験

 『吉本隆明1968』は少々身につまされる本である。鹿島茂氏は1949年生まれ。私より1歳下の同じ団塊世代だが、知的レベルは私よりはるかに高い。彼が初めて吉本隆明の著作を読んだのは1966年、高校2年の時で、「これは吉本ファンとしては、かなり晩生(おくて)の部類に属するはずです」と書いている。その通りだと思うが、私が周辺の評判につられて初めて吉本隆明を読んだのは1968年だ。はるかに晩生(おくて)である。

 そんな私も1970年代前半までは吉本隆明をかなり読んだ。十分に理解できたわけではないが論争的で原理的な文章やカッコイイ詩に惹かれた。同世代の多くが似た体験をしたはずだ。

 本書の「はじめに」には著者と若い編集者との会話が紹介されている。そこで鹿島茂氏は「吉本隆明の偉さというのは、ある一つの世代、具体的にいうと一九六〇年から一九七〇年までの十年間に青春を送った世代でないと実感できないということだよ」と述べている。思い切った断定だ。同感である。

 本書は著者の青春時代の読書体験をふまえて『転向論』『芥川龍之介の死』『高村光太郎』『自立の思想的拠点』などを丁寧に読み解き、「大衆の原像の繰り込み」「自立」という「わかりにくい概念」の解説に至っている。私自身「そういうことか」と今になって納得する箇所が多くあり、感銘した。

 著者は本書を『我が「出身階級的吉本論」』と述べている。戦前から戦後の私たちの世代に至るまでの時代を出身階級という視点で解明しているのがユニークだ。

◎ユゴー、デュマ、バルザックそして吉本隆明

 『パリの王様たち』と『吉本隆明1968』に通底するのは、歴史変動の妙が天才を生んだという視点だ。ナポレオン戦争なくして三大文豪なく、太平洋戦争なくして吉本隆明なし、という見方である。人は自分の生まれる時代を選択できないので運命論のようだが、同時期に生れた人がみんな同じに育つわけではない。時代の波を深く鋭敏に感得する個性のうちの一部が「大物」になるのだろう。

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