200年前の奴隷の逃亡劇が遠未来に重なる『地下鉄道』2018年03月27日

『地下鉄道』(コルソン・ホワイトヘッド/谷崎由衣訳/早川書房)
◎『地下鉄道』はどんなSFか

 『地下鉄道』という翻訳小説を読んだ。2016年刊行の米国の小説で、ピュリッツア賞、全米図書賞など数多くの文学賞を受賞、日本語版の刊行は昨年(2017年)12月だ。

 『地下鉄道』(コルソン・ホワイトヘッド/谷崎由衣訳/早川書房)

 南北戦争以前の米国の奴隷を描いた小説と知り、現代小説にしては変わった題材だと思った。この小説を読もうと思ったきっかけはアーサー・C・クラーク賞も受賞していると知ったからだ。あの高名なSF作家の名を冠した賞があるとは知らなかったが、調べてみると「イギリスで最も名誉あるSF賞」だそうだ。『地下鉄道』という小説がどんなSFなのか興味がわいた。

◎これは米国の「時代小説」か

 この小説は農園から逃亡した奴隷とそれを追跡する奴隷狩りの話だった。緊迫感のある展開で息をつかせない。歴史的事実に基づいたフィクションの趣があり、米国の歴史に不案内な私には、どこからが虚構なのかはよくわからない。日本でいえば江戸末期を描いた時代小説だ。

 多くの黒人の死体が木に吊るされているシーンはビリー・ホリデイの『奇妙な果実』を思い出させる。奇妙な謎の地下鉄道を逃亡に利用するシーンでは、さすがにこれは虚構だと思った。この地下鉄道が出てくるから「広義のSF」と見なされたようだ。

 地下鉄道に関しては「訳者あとがき」に説明があった。当時、奴隷州から自由州への奴隷の逃亡を援助する組織があり、その暗号名が「地下鉄道」だったそうだ。逃亡奴隷を匿う小屋は「駅」、逃亡奴隷の輸送を援助する人を「車掌」と呼んだそうだ。

 作家はこの符牒をそのままの実体として小説にしている。面白い発想だ。実際の地下鉄道が登場することによって、その象徴的な存在に多様なものが反映され、奥行きのある不思議な物語になっている。

 登場人物の人名(コーラ、シーザーなど)も何らかの意味を反映しているのかなと感じたが、私にはよくわからない。

◎『都市と星』と重なる

 アーサー・C・クラーク賞の受賞理由は知らないが、この小説を読んでクラークの『銀河帝国の崩壊』『都市と星』を連想した。この二つはほぼ同じ内容で、前者を改稿したのが後者だ。私はかなり昔に二つとも読んだ。内容の詳細は失念したが、今でも印象深く残っているのは、遠い未来の喪われた都市の地下に眠っていた地下鉄が動き出すシーンだ。主人公はこの地下鉄に乗って未知の世界への旅を始める。

 19世紀初頭の野蛮な米国南部の逃亡奴隷の姿と遠い未来のSF世界が、謎の地下鉄という鮮烈なイメージによって重なって見える。不思議な感覚だ。アーサー・C・クラーク賞の選考者も『地下鉄道』に『都市と星』と共通するものを感じ、通常のSFとは言い難いこの小説をSFと見なしたのではと妄想した。

 それにしても、19世紀初頭の苛酷な黒人差別を扱った『地下鉄道』が21世紀の米国で注目を浴びていることに、いささか暗然とする。人類は進歩していないとの思いがわく。