筒井康隆世界彷徨は至福の読書時間 ― 2015年05月13日
先月末、筒井康隆氏の新たな短篇集『世界はゴ冗談』(新潮社)が刊行された。昨年9月には短篇集『繁栄の昭和』(文藝春秋)が出ている。この2冊で、2011年以降の4年間に発表された19篇の小説と2篇のエッセイが単行本にまとまったことになる。
私は筒井康隆ファンなので大半の作品は雑誌発表時に読んでいる。しかし、単行本になった時点で収録作品はあらためてすべて味読する。それは、数年おきにしか体験できない至福の読書時間である。
そんな読書時間を過ごしていると、半世紀前の十代後半の頃、新進作家・筒井康隆の新刊短篇集をむさぼるように読んだ時間がよみがえってくる。あの頃、SF評論家の石川喬司氏が、めざましい活躍を開始した筒井康隆氏を評して「その手に触れるものはすべて黄金になる」と述べたことがある。それを読んだ私は、うまい表現をするものだと同感した。筒井康隆氏の発表する新作のすべてが特別の輝きを放っているように見えていたからだ。
それから半世紀、筒井康隆氏の作品世界は大きく広がり、多様な変貌を遂げてきた。かつての新進作家はオン年80歳の老大家になり、いまだに新作を発表し続けている。その新作が過去のくり返しではなく進化と変貌を遂げつつ依然として輝き続けているのは驚異である。いや、驚異という言葉では足りない。脅威・驚愕・恐怖・呆然・感嘆が混じった何かだ。
かつて「その手に触れるものはすべて黄金になる」と評された作家は、いまや怖いものなしの恐ろしさをたたえた大家になり、何をどう書いても独特の世界を紡ぎ出してしまう自由奔放な仙人のような存在になった。読者は名人芸に陶酔するような気分でその恐ろしさを堪能することになる。
12年前に刊行された『対談 笑いの世界』(朝日新聞社)は、筒井康隆氏と先日亡くなった桂米朝氏との対談をまとめたものだが、その中で筒井康隆氏は次のような発言をしている。
「ぼくは、歳とったらね、ボケてくるでしょ。そのボケてくるのをネタにするというか、ボケ老人を主人公にして、読者が「これはいったい主人公がボケているのか作者がボケているのか」(笑)わからん。非常にモダンな文学になると思うんですよ(笑)。そのためには本人がもうちょっとボケんといかん(笑)。そういうものを書いてやろうと思う。」
筒井康隆氏の新作は、この12年前の発言を実践しているようにも見えるが、もちろん、作家がボケてきたわけではない。ボケのふりをして異様な世界を駆け巡りながら現実世界への回路も見え隠れするところが凄い。その現実世界とは、原発・国会・北朝鮮などなどだ。また、『あなたは今この文章を読んでいる:パラフィクションの誕生』(佐々木敦/慶應義塾大学出版会)などの最近の評論家の成果を自らの作品に取り込んでしまうなど、老大家とは思えない旺盛な意欲も健在だ。
半世紀以上にわたって多彩な光芒を放ち続けてきた筒井康隆世界ではあるが、その近作には寂寥感と終末観がにじみ出ているようにも思われる。
私は筒井康隆ファンなので大半の作品は雑誌発表時に読んでいる。しかし、単行本になった時点で収録作品はあらためてすべて味読する。それは、数年おきにしか体験できない至福の読書時間である。
そんな読書時間を過ごしていると、半世紀前の十代後半の頃、新進作家・筒井康隆の新刊短篇集をむさぼるように読んだ時間がよみがえってくる。あの頃、SF評論家の石川喬司氏が、めざましい活躍を開始した筒井康隆氏を評して「その手に触れるものはすべて黄金になる」と述べたことがある。それを読んだ私は、うまい表現をするものだと同感した。筒井康隆氏の発表する新作のすべてが特別の輝きを放っているように見えていたからだ。
それから半世紀、筒井康隆氏の作品世界は大きく広がり、多様な変貌を遂げてきた。かつての新進作家はオン年80歳の老大家になり、いまだに新作を発表し続けている。その新作が過去のくり返しではなく進化と変貌を遂げつつ依然として輝き続けているのは驚異である。いや、驚異という言葉では足りない。脅威・驚愕・恐怖・呆然・感嘆が混じった何かだ。
かつて「その手に触れるものはすべて黄金になる」と評された作家は、いまや怖いものなしの恐ろしさをたたえた大家になり、何をどう書いても独特の世界を紡ぎ出してしまう自由奔放な仙人のような存在になった。読者は名人芸に陶酔するような気分でその恐ろしさを堪能することになる。
12年前に刊行された『対談 笑いの世界』(朝日新聞社)は、筒井康隆氏と先日亡くなった桂米朝氏との対談をまとめたものだが、その中で筒井康隆氏は次のような発言をしている。
「ぼくは、歳とったらね、ボケてくるでしょ。そのボケてくるのをネタにするというか、ボケ老人を主人公にして、読者が「これはいったい主人公がボケているのか作者がボケているのか」(笑)わからん。非常にモダンな文学になると思うんですよ(笑)。そのためには本人がもうちょっとボケんといかん(笑)。そういうものを書いてやろうと思う。」
筒井康隆氏の新作は、この12年前の発言を実践しているようにも見えるが、もちろん、作家がボケてきたわけではない。ボケのふりをして異様な世界を駆け巡りながら現実世界への回路も見え隠れするところが凄い。その現実世界とは、原発・国会・北朝鮮などなどだ。また、『あなたは今この文章を読んでいる:パラフィクションの誕生』(佐々木敦/慶應義塾大学出版会)などの最近の評論家の成果を自らの作品に取り込んでしまうなど、老大家とは思えない旺盛な意欲も健在だ。
半世紀以上にわたって多彩な光芒を放ち続けてきた筒井康隆世界ではあるが、その近作には寂寥感と終末観がにじみ出ているようにも思われる。
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