43年前を追体験した『鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』2014年11月29日

さいたまゴールドシアター『鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』のパンフ。43年前のガリ版刷り台本
 彩の国さいたま芸術劇場芸術監督に就任した蜷川幸雄が、高齢者だけの演劇集団「さいたまゴールド・シアター」を立ちあげたというニュースを読んだのは何年か前で、酔狂なことをするものだと驚いた。昨年、その高齢者演劇集団が『鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』を上演するとの記事を読んで、ぜひ観たいと思った。

 私はこの芝居を初演時(1971年)に観たので、内容は分かっている。老婆の集団が活躍する芝居だから高齢者にピッタリだと言える。しかし、この芝居には高齢者が演ずるには無理な仕掛けがある。それをどうクリアしているのが気になり、舞台で確認したいと思ったのだ。だが、昨年は観劇の機会を逸っしてしまった。

 その『鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』(さいたまゴールド・シアター)が再演され、東京公演があり、先日、ついに観ることができた。

 清水邦夫作・蜷川幸雄演出の舞台を最後に観たのが1971年の『鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』だから、実に43年ぶりにこのコンビの舞台を観た。長い年月を経て再演を観たわけだが、舞台の印象は43年前とほとんど同じだった。これは、当然というよりは、むしろ不思議なことだと思う。

 前回は新宿のアートシアターで上演され、石橋蓮司、緑魔子らが出演していた。当然ながら、彼らは若かったし、観客の私は大学生だった。今回の俳優は私の知らない老人たち(平均年齢75歳だそうだ)で、観客の私は65歳になっている。時代は変わり、当方も齢を重ねてきた。しかし、この芝居を観ていると43年前の感興がそのまま甦ってきて、学生時代の空気を追体験した気分になった。

 昔、この芝居を観たときの私の気分は「7分の共感、3分の反発」だった。43年後の再演を観ても、その気分は同じだ。43年前、新劇とアングラの中間のような位置にあった清水・蜷川コンビの舞台に過剰な熱気があったのは確かだが、ややうさん臭い違和感もあった。

 初演当時の新聞劇評で、『鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』は三里塚闘争を色濃く反映していると書かれていた。それは、あまりに空々しいマスコミ的なとらえ方だと思えた。三里塚闘争がアジプロ演劇を求めているとは思えなかったし、そんな演劇が面白いはずがないと思った。この芝居にそんな要素があるとすれば、それがこの芝居の瑕疵だと思った。

 今回、この芝居を観て、43年前のそんな思いがそのまま甦ってきた。ただし、当時は、この芝居が半世紀先の遠い未来に再演されるだろうとは夢にも思わなかった。今回は、この不可思議な時間感覚が追加されている点が43年前とは異なる。

 それはさておき、私が気がかりだった「高齢者には無理な仕掛け」はどうだったか。この芝居の主役は老婆の集団だが、クライマックスで老婆たちは一瞬にして若者に変身するのである。手元にある上演台本には、このシーンを次のように書いてある。

「銃声がやむ。
 と、世界が一変する。
 そして、天井から細いキラキラしたガラス状のものがいっぱいに降ってくる。
 その中で、老婆たち全員が、屈強の若者あるいはりりしい美青年に変身していく。
 立ち上がる若者たち。
 全員、素手で前方に向かって怒りと憎しみの敵意を燃やす。」

 実は奇妙な事情から、私は劇団現代人劇場の最後の公演となったこの芝居のガリ版刷り台本を保有している。上記はその台本から引用した。清水邦夫の単行本に収録されている戯曲では、この部分にかなりの書き加えがある。変身についても「その変身は幻想的で甘美なものではない。日常の真只中の非日常としての変身…」と、より詳しく記述されている。当然ながら、この芝居で最も大事なシーンなのである。

 43年前の初演では、腰の曲がった老婆を演じていた女優や男優たちが、薄汚い老婆の衣裳を一瞬で脱ぎ捨て、セミヌードの若者に変身して立ちつくす。つまり、役者たちの実年齢に戻るのだ。老婆が「りりしい美青年」に変身すると台本にあるのは、女優だけでなく男優も老婆を演ずることを想定していたからだろう。

 このクライマックスは実に印象的な見せ場だ。若い役者が老婆を演ずることで可能なシーンである。平均75歳の演劇集団は、老婆の姿は見事に演じられても、この変身をどうするのか。それが気になって「さいたまゴールド・シアター」を観たかったのだ。

 私は、科白などは台本通りでも、変身シーンは別の形で昇華するのだろうと想像していた。肉体の若がえりを使わなくても、別の仕掛けで永久革命的な精神の若さの永続性の表現が可能だろうと思っていた。高齢者演劇集団を率いる蜷川幸雄の新たな試みを期待していたのだ。

 しかし、その期待は裏切られた。上演前に配布された「さいたまゴールド・シアター」のパンフには、なぜか「さいたまネクスト・シアター」のメンバーも紹介されていた。こちらは次世代を担う若者演劇集団である。上演前の座席でこのパンフを眺めたとき、ある予感がよぎった。その予感は的中し、老婆たちは一瞬にして見事に若者に変身した。私の目の前で、43年前とそっくり同じシーンが再現されたのだ。

 そして、43年前と同じ感興が甦ってきた。

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