オーソドックスな魅力の『桜の園』2024年12月16日

 世田谷パブリックシアターでシス・カンパニー公演『桜の園』(作・アントン・チェーホフ、上演台本・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ、出演:天海祐希、井上芳雄、大原櫻子、緒川たまき、峯村リエ、池谷のぶえ、荒川良々、鈴木浩介、山中崇、藤田秀世、山崎一、朝の和之、他)を観た。

 シス・カンパニーとKERA(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)氏はチェーホフの4大戯曲上演に取り組み、『かもめ』(2013年)、『三人姉妹』(2015年)、『ワーニャ伯父さん』(2017年)を上演してきたそうだ。2020年上演予定の『桜の園』はコロナで中止となり、今回はキャストをかなり変更してのリベンジ公演である(中止になった公演には、大竹しのぶ、宮沢りえ、黒木華らが出演予定だった)。

 私はKERA氏のチェーホフを観るのは初めてである。上演台本もKERA氏なので、かなりアレンジした『桜の園』を予想したが、オーソドックスな舞台だった。古典の魅力を感じた。まさにチェーホフを観たという気分だ。

 昨年観たショーン・ホームズ演出の『桜の園』は時代を現代に設定した抽象的で超現実的な舞台空間だった。今回の公演の舞台装置や衣装はリアリズムである。ロシアの大地主の壮麗な屋敷の奥には桜の木が何本もある。入念に制作した舞台装置を眺めていると、なぜか懐かしさを感じ、ワクワクしてきた。終演後に読んだパンフレットで、この舞台装置はモスクワ芸術座での初演時(1904年)のセットがモデルだと知った。ナルホドと思った。

 天海祐希のラネーフスカヤ夫人と荒川良々のロパーヒンは適役である。ラネーフスカヤ夫人は立ち姿が美しい永遠のお譲さんだ。「私、バカだから」と繰り返し、破産を嘆きつつも能天気に毅然としている。農奴の倅から成りあがった商人ロパーヒンは地主一家とのコミュニケーション・ギャップを克服できない。

 チェーホフがあえて「喜劇」と明記したこの芝居は、コミュニケーション・ギャップの喜劇かもしれない。人はみなそれぞれの世界の中で生きているから、異なる世界の人とのコミュニ―ケーションが難しく、そこに喜劇が発生する。普遍的な事象に思える。

 この芝居は「到着」で始まり「出発」で終わる。残される人もいる。出発は到着につながる。チェーホフの芝居は、繰り返しという人の営みの一コマを愛おしく切り取っている。