光州事件を描いた『少年が来る』は生々しい2024年12月04日

『少年が来る』(ハン・ガン/井出俊作訳/クオン)
 今年のノーベル文学賞受賞者ハン・ガンの『菜食主義者』に続いて『少年が来る』を読んだ。これも慄然とする小説だった。

 『少年が来る』(ハン・ガン/井出俊作訳/クオン)

 光州事件を扱った小説だとは聞いていたが、想定以上に生々しい内容だった。そして、沈沈たる空気をたたえた文学作品だった。

 光州事件とは、軍事政権下で民主化を求める学生・市民を軍が武力で制圧した事件である。武器を携えた学生・市民もいて、多数の死傷者が出た。死者の数は170人と発表されたが、その数倍とも言われている。この小説にも多くの死体が登場する。死者が主人公とも言える。先日観た映画『シヴィル・ウォー』を連想した。

 この小説は記録に基づいているのだと思う。登場人物にモデルがいるのかもしれない。エピローグには、著者を思わせる「私」が登場人物の縁者から執筆の許可を得る場面もある。だが、この小説は記録文学というよりは内面の物語である。

 本書からは、軍事政権から民主化へ転換してきた韓国現代史の壮絶な面が伝わってくる。安保闘争や全共闘の日本の戦後史がヤワに見えてしまう。壮絶な同時代史の当事者がその体験を文学に昇華するのは容易でない。語り得ぬこと、伝え難きことの一人称での言語化は難しい。

 光州事件が起きたのは1980年5月、著者が10歳のときである。10歳の「私」の見聞も語られているが、著者は当事者ではない。同時代の空気を知っている「後世の人」だ。本書の「5章 夜の瞳」は、当時の体験の証言を求められた当事者が何度も拒絶しつつ逡巡する話である。死を賭した闘争・革命・熱狂・熱情の後の虚脱・諦観に人の世の酷薄を感じる。光州事件の現場と当事者のその後を描いた『少年が来る』は二人称を多用している。作者が「後世の人」だからこそ描き得た物語に思える。

 本書のエピローグの印象に残った一節を引用する。

「その経験は放射能被曝と似ています、と語る拷問を受けた生存者のインタビュー読んだ。骨と筋肉に付着した放射性物質が数十年間、体内にとどまって染色体を変形させる。細胞をがんにして生命を攻撃する。」

P.S.
 この読後感をポストするとき、「韓国で戒厳令発令」のニュースが流れ、目を疑った。タイムスリップ感覚だった。すぐに解除されたようだが。

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